第22話 暫しの別れ
ブレットとペレがギルドに到着するのと入れ替わりでリオがギルドから出てきた。
ちなみに到着日はビキニアーマーを脱いで私服を着ている。ココットの配慮をブレットが許可した。
「あ、ブレットさん! ペレ!」
「リオ!」
ペレとリオがお互いに駆け寄って「お疲れ様」と労い合う。
ブレットがその様子を嬉しそうに眺めていると、リオがサッとブレットの前に出て頭を下げる。
「ブレットさん、今回は貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました!」
そう言って勢いよく頭を上げると、彼女の大きな胸がたゆんと弾む。ペレはそれを歯痒そうに見ていた。
「まぁ、よくやったと思うぞ。討伐に活かせるようになったら戻ってくるのもいいだろう。それと、騎士団から追加で報酬が出る。紹介の件と合わせて話をするからまた明日──いや、まずは休め。明後日だ。明後日また来てくれ」
自分の感覚で話を進めかけて途中で気付き訂正する。
さすがに慣れない旅の直後だ。今夜眠るとしばらく起きないだろうと一日開けた。
「わかりました。ご配慮感謝します」
「また明後日会いましょう、リオ」
ペレはしばらくブレットにべったりの予定だ。その日もギルドで会うことになるとペレは別れの挨拶をする。
「うん! またね、ペレ!」
リオも挨拶を返して去っていく。
二人はリオの姿が人混みに消えたのを確認し、ギルドに入った。
「あっ! ブレットさん! おかえりなさい!」
出迎えたのはココット。今日は報告する側なのでカウンターの外側の椅子に座っていたが、ブレット達が入ってきたのと同時に立ち上がって振り向いた。嗅覚で気付いていたのだろう。
そして、なにやら人が多い。
「今戻った。それにしてもなんでこんな人が多いんだ?」
「ギルドマスター達が戻ったって聞いて」
「ペレさん成分を補充しに」
「ミーナさんに振られる仕事ってちょうどいい感じで早く終わるんスよ」
「そうそう。ギリギリよりちょっと余裕ある感じなんだよな」
集まっている理由は様々なようだが、変なことを言った奴には拳骨を落とした。
「い、いってぇ……」
「まぁ、ちょうどいい。全員聞け! 詳細は省くが、俺はしばらく国を離れる。その間のギルドマスター代行はミーナに任せる。俺がいない間はミーナをギルドマスターだと思って言うことを聞くように」
「「ええっ!!?」」
ギルド中に全員の声が響いた。中でもミーナの驚きっぷりが一番激しかった。
「ってわけで、ミーナ。執務室に」
「わ、わかりました!」
「ペレも来い」
「は、はい!」
さすがにペレも引き継ぎに自分は不要だとそこで待つつもりだった。
ミーナとペレも返事をしてブレットに続いて執務室に入っていった。
「まずはミーナ。一年だ。一年代行を続けて俺が業務に戻れないようなら正式にお前が継げ。いいな?」
執務机に腰掛けると、ミーナに今後の話をする。
「わかりました。それほどの事態なのですね?」
元々ミーナには後任として考えていることを告げていた。ギルドマスターとしての業務の他、色街の件も教えてある。
なのでミーナが驚いたのは指名されたことではなく、今このタイミングだということだった。
「ああ。正直終わりが見えてねぇ。最悪大陸中を回ることになる」
「そ、そこまでですか……」
「騎士団長のレオンと連携がとれるようにしておく。周辺の魔物の数には気を付けておけ」
「はい。ところで……」
ブレットの指示を心に留めたあと、チラリとペレを見る。
「私もお聞きしたかったのですが、何故私もここに?」
ペレもその意図に気付き、自ら尋ねる。
「ペレをランク5……中級に上げようと思う。ココットとの協力でだが、ワイバーンも一体仕留めてるから実績はそれで足りる。とはいえギルド入りのときも俺の贔屓だと思われねぇようにしたからな。お前の評価も聞きたい」
中級だとサンドリアや他の国へ行ったときに扱いが大きく変わる。だが、それをブレットの独断でやると身内贔屓と言われかねない。
ドラギーユではそんなことを思う者は一人もいないのだが。
「ココットから聞いています。信じられないものを見たと言っていましたよ。普段の仕事ぶりも十分ランク5に相応しいと言えます。ですので私も異論はありません」
「あ、ありがとうございます!」
ミーナが同意すると、ペレは嬉しそうに頭を下げた。
「じゃあ、承認と手続きはミーナに任せる。とりあえずどこまで聞いてるか教えてくれ。残りを補足する。二人とも座れ」
二人をソファーに促すと、ミーナがココットたちから聞いていることを確認し、ブレットだけが知る部分を補足していった。
「あとは……ミーナにこれを渡しておく」
「これは……収納袋ですか。中身はなんでしょう?」
「色街に配ってる解毒薬と避妊薬だ。【舞姫】って店のキャリーに渡せば周りに配ってくれる。数年分は作って入れてあるから都度必要な分だけ渡してやってくれ」
「私が……行くんですか?」
「ジギンが面識あるんだが、しばらくは戻れねぇだろうしな。あいつが戻るまでは我慢してくれ」
「はぁ、わかりましたよぉ。もうっ」
両手を腰に当てて頬を膨らませるミーナ。普段は怒ったとしてもこんな姿は見せない。
「なんだ、それが素か? 可愛いけど、もちっと早く見たかったな」
「……なに言ってるんですか。こーんな可愛い子連れてるくせに」
「へっ?」
急に話を振られた上に、ミーナからは可愛いなどと言われたことのないペレが変な声を上げる。
「安心して。この人は平気でこんなこと言うけど、あんたと一緒に居るようになってから他の女は抱いてないみたいだから」
「……知ってます」
「ふふっ、愛されてるのね。羨ましいわ」
「その素、ダンには見せんじゃねぇぞ。あいつガッカリすんぞ」
職員の男達の間ではダンが真面目でクールなミーナに気があるのはかなり前から知れている。
「知ってますよ。でも早く見せないと……私もいい歳なんで……」
「なんだ。それなら早くしとけ。後悔するぞ」
「どうしたんですか? 珍しいですね」
「なんでもねぇ。ただ思い合ってるなら一緒になるべきだ」
「そうですね。そうなれるようやってみます」
「ああ。それがいい」
「ブレットさま、過去になにかあったんですか?」
「さっきのことか? ちょっとな……」
ギルドを出ると、ペレが問いかけるが、ブレットはその答えを濁した。
「そうですか……」
「なに、そのうちわかる。俺の口から言いたくねぇだけだ。悪いな」
「いっ、いえ、すみません! 余計なことを言いました」
主人に謝らせたというのはペレにとってあってはならないことで落ち込んでしまう。
「よっ……と」
そんなペレを抱き上げる。所謂お姫様抱っこだ。
「ブ、ブレットさま!?」
「今の俺にはお前がいればいい。それを理解するまでこのまま歩いてやる」
「で、では家に着いたら理解するようにします」
顔は真っ赤にしていたが、そう言わなくても嬉しがっているのがわかる。
「やれやれ、甘えん坊なお姫様だ」
ブレットもペレのそんな態度が可愛らしくて仕方がなかった。
そして、翌日。
ブレットは昼に騎士団詰所へ行き、団員の【催眠】の解除と加護をシェンに与えてもらう。
そしてレオンにミーナのことを託す。レオンも討伐ギルドとの連携を約束してくれた。
そして、ブレットの謁見が三日後に決まったと報告を受け、それに合わせて謁見後そのまま街を出ることも決めた。
次に素材ギルドに向かう。
ギルドマスターとは面識はなかったものの、向こうは当然のようにブレットを知っていて、リオの紹介を受け入れてくれた。
そしてそのことは翌日リオに伝えられた。
それから予定の消化と各所への引き継ぎ、旅の準備を進めていった。
「よし、国王への報告も済んだ。ギルドに顔出して出発するぞ」
謁見を終えギルドに向かう二人。
「はい……き、緊張しました……」
本来なら奴隷が国王に謁見するなどあり得ないことだが、そこはブレット、特別扱いである。ペレが中級に上がっていたことで他の者からも文句は出なかった。
とはいえ謁見初体験のペレは相当緊張したようだ。
「ブレットさーん! ペレー!」
ギルドからココットが飛び出してきた。と、思ったら職員全員出てきた。他にもリオもいる。
「おいおい、大袈裟だな」
「だって……しばらく戻れないんですよね?」
ココットが泣きそうになりながらそう言う。
言った覚えはないが、とミーナを見ると視線を逸らされた。
「あいつか……たぶん魔族の里の後一旦戻るぞ?」
「ええっ」
「騎士団長に依頼してる調査結果も知りたいしな。まぁ、その後すぐに出るだろうが」
「じゃあ、それまでお別れだね、ペレ。早く戻って来てよ! せっかく友達になったんだから!」
「そうですね。忘れられない程度には帰って来たいです」
「忘れるわけないから! 元気でね!」
「はい。ココットもリオもお元気で」
三人固まって抱き合い挨拶を交わす。
「そろそろいいか? 行くぞ」
「はいっ! それでは、行ってきます!」
三人が落ち着くのを待ってブレットが声を掛けると、ペレが離れる。
待たせてあった馬車に乗り込み、ブレット達はサンドリアに向けて旅立った。
◇◇◇
「ここにブレットさんじゃなくて私が座るなんて違和感しかないわね」
ブレットを見送ったミーナは執務室に戻り、初めてその机に座ると思わず呟いた。
そして興味本位でふとそこの引き出しが気になり開けた。
「あら、中身まで全部持っていったのかしら……?」
そこは空っぽだった。それで余計に気になり全ての引き出しを開ける。
そして、目の前の広い引き出しを開けると、そこに一通の便箋があった。
「ブレットさん宛て……? 開けてないし封蝋も新しいわね……誰からかしら」
くるりと裏側の差出人を見て、ミーナは目を見開いた。
「シャ、シャーロット様!? 大変! 誰かがいない間に入れたんだわ! 誰か! サンドリアに向かう人いない!?」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章 完です。
長くなったので分けようかとも思ったんですが、準備期間が微妙だったので思い切ってバッサリカットしました。
次回から第二章 魔族の里編です。
といってもまずはサンドリアからですが。
よければここまでの感想など聞かせていただけると嬉しいです。




