第1話 討伐ギルド
ここは大陸の東端にある大陸最大の国、サンドリア王国の西にあるドラギーユ王国。両国の国王同士が代々仲が良く、親交の深い国だ。
その国の中にいくつかあるギルドの中でも中核を担っている討伐ギルドには人知れず『英雄』が働いている。
それを知っているのはサンドリアとドラギーユの国王とそれに近しい者のみだ。
その男の名はブレット。討伐ギルドのギルドマスターであり、元々はサンドリア王国で討伐ギルドというものを設立した『英雄』なのだが、今はその『英雄』にあやかって名付けられた者、として暮らしている。
本人は全く隠す気はないのだが、周りが勝手にそう判断するのだ。
何故なら討伐ギルドが設立されたのは約千年前。普通の人間が生きられる年数ではない。
ブレットが普通の人間ではあるが不老不死だということを知っているのは、『英雄』であることを知る者に等しい。
そんな彼が働くドラギーユ王国の討伐ギルドで今日はなにやら小さな騒ぎが起きている。
「なぁ、姉ちゃん。ちょっとだけ付き合ってくれりゃあいいんだ。そんな格好して誘ってんだろ?」
「こ、困ります……」
短い茶髪を逆立たせ、ややくたびれた軽鎧を身に纏った腰の軽そうな男が少女に絡んでいるようだ。
絡まれている少女は肩までの黒髪に大人しそうな顔とは真逆の主張の激しい大きな胸とそれを見せつける為に着ているとしか思えない露出のやたらと多いビキニアーマー。その男でなくても声を掛けられたら誘われてると思われても仕方がない格好をしていた。
だが、少女の方にその意図はなく困惑しているようだ。
そこに──
ゴン!
男の頭に拳骨が落とされた。
「いってぇー!」
突然の痛みに頭を押さえる男。
「ギルドで盛ってんじゃねぇ! 女を抱きたきゃ娼館に行け!」
「ギ、ギルドマスター……! す、すんません……」
殴られた男は相手を見てそそくさとカウンターへ向かっていった。
「まったく……」
そう呟いたのは殴ったギルドマスター、ブレットだ。
ギルドの制服をシャツを出して着崩し、ネクタイもゆるゆるでただ首に掛かっているだけ。そんな服装に対して強面で貫禄のある顔には薄めの顎髭が端から端まで綺麗に揃えられていて、生え際はやや後退しているものの薄くはない黒髪がオールバックでビシッと固められている。
ちなみにこんな格好をしているのはブレットだけで、他のギルド員はしっかりとシャツをズボンに入れて、男はネクタイを、大半を占める女は細いリボンを首に締めていた。女性職員の中にはスカートを着用している者もいる。
ゴン!
「ぁいたぁー!」
ブレットは男を見送ると、少女の方にも拳骨を落とした。もちろん、男の時よりはだいぶ優しい拳骨だ。
「お前も恥ずかしくないのか!? だいたいそんな格好に盛るのは人間の男だけだ。魔物は反応してくれねぇぞ」
ビキニアーマー自体は以前からあるし、その目的が動きやすさであることはブレットも認めていた。
しかしブレットが怒鳴っているのはそこではない。少女の纏っているそれは明らかに露出過多なのだ。急所となる箇所をピンポイントでしか押さえていない。
「でも……」
少女の反応でブレットは察した。
「またあいつか……。どうせ武器屋のジジイにそれが一番オススメだとか言われたんだろう? 初めて見る顔だし初心者か?」
「はい……」
「チッ、あのエロジジイめ」
ブレットたちのいる城下町にある武器屋の店主、ダインは腕は間違いないのだが、こうやって若い女に露出度の高い装備を勧める悪い癖がある。
ブレットは舌打ちをしつつも少女をカウンターに促す。初心者ならば講習から必要なのでこんなところで時間を潰すと初仕事すら出られなくなる。
最初はギルド員か中級以上のランク者の同伴がなければ仕事に出ることは禁止されている。そしてそれは同伴者の合格が出るまで続く。
その合格をもってようやくランク1を名乗ることができるようになり、ギルドの一員として認められる。
また、ギルドメンバーにランクを付けているのは討伐ギルドのみである為、討伐ギルドに所属する者を専ら【ランカー】と呼ぶ。
ちなみにランク1から4が下級。5から8で中級。9以上が上級となり、ギルド職員は全員現役で中級以上のランカーである。
「誰かダインのジジイに伝えろ。露出を増やすならビキニアーマーにはインナーを義務化するとな」
「ちょっ!」
「やべぇ、本気だ!」
「誰か、急げ!」
「お、おう!」
ブレットの言葉に、少なからずビキニアーマーを目の保養にしていた男たちが焦る。そして、その内の一人がギルドを飛び出した。
「さて、ココット、俺も出てくる」
ブレットがカウンターのギルド員の一人のココットという眼鏡をかけた女職員に告げる。
彼女は薄い茶髪から犬耳が出ている獣人だ。椅子に座っていて見えないが、髪と同じ毛色の尻尾もある。
ちなみにこのギルドの職員には獣人が多いが、それは単純に獣人は身体能力が高く、討伐ギルドが欲する力を有していることが多いからである。
「どちらへ?」
「娼館だ」
「ええっ」
「言ったろ、アレで盛るのは人間の男だけだってな」
そう言うブレットの足は既に出口を向いていた。
「で、でもまだ仕事が……」
「もう今日の分は終わってる」
そう言いながら振り返ってカウンターの中の机を指差した。
「あっ……いつの間に……」
「じゃあな」
ココットの視線がブレットに戻るころには出入り口の扉に手を掛けていた。
「あーもう。ブレットさんってああやってたまに娼館に行っちゃいますよね!」
ブレットに声を掛けられていたココットが誰にともなく愚痴る。彼女はまだ職員になって数ヶ月。所謂新入りだった。
なので彼女はブレットが娼館へ出向く理由をまだ知らない。
「また全部やってる……」
別のギルド員がブレットの指差した書類を一枚一枚めくりながら呟く。
こちらは黒髪猫耳の女性で黒毛の尻尾がワナワナと揺れている。
余談だが、このギルドの女性職員は特に指定しているわけでもないのに髪型がストレートボブで揃っている。ブレットが来る前からなのだが、ここで働く男性陣には概ね好評のようだ。
「ミーナさん?」
ミーナと呼ばれたココットよりもだいぶ年上で仕事もできる先輩のあまり見たことのない姿にココットは首を傾げた。
「もー! また私達の分まで! これじゃ私達がサボってるみたいじゃない!!」
ブレットが終わらせたと言った今日の分、それはギルド内の今日の分全てだった。
仕事の無くなったミーナのやり場のない怒りにも似た感情の叫びがギルドに木霊した。
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