第18話 生徒たちの説得
宿に戻ったブレットはまずリオの元へ向かった。
「──というわけだ。まぁ、【催眠】が解けたら反応は変わるだろうが、夏季休暇の中止を説得してくれねぇか?」
事情を説明し、説得を依頼する。
「は、はい。わかりました、やります」
『英雄』だとかの話は今はしていない。単にギルドマスターからの依頼に緊張しただけだ。
ブレットもまさかリオを頼ることになるとは出発したときには思いもしなかった。
「悪いな。まぁ、全員とは言わねぇ。とりあえず女部屋を頼む。男部屋の方は俺が行く」
そう言って部屋を出て、ブレットにはペレが、リオにはココットが付いてそれぞれ二部屋並んだ生徒たちの部屋に入っていった。
◇◇◇
女部屋に入ったリオは事情の説明から始めた。
「──ってことみたいなんだけど、みんなは魔族って知ってる?」
どこか教師のような話し方だ。まだ正式なランカーではなく、経験もないのもあり、リオは先輩として接することにしたようだ。
「私も御伽噺くらいしか知らないんだけど、魔法が得意な亜人なの。使い手は少ないみたいだけど、【催眠】って魔法もあるみたい」
「魔族?」と首を傾げる生徒たちにココットが補足を入れる。魔族に関してはリオは知識がなかったので、実際にその顔を見たココットが説明する方が伝わると判断したようだ。
「だからこの先も危ない可能性があるから、今年の夏季休暇は中止させてほしいの」
そして、リオが本題を告げる。死んだ魔族五人組の狙いはおそらく彼女たち生徒で、道中の襲撃がダメだった場合に備えてある可能性もある、とも伝えた。
これはブレットから聞かされていたことだ。
「リオさんがそう言うなら……」
と、一人が納得しかけたちょうどそのタイミングでシェンが壁をすり抜けて入ってきた。誰も見えていないが。
「ほいほいほいっと。これでこっちもおっけーだね」
一人一人の肩に乗りながら【催眠】を解除し加護を与えると、誰にも聞こえない声でそう言ってシェンはまた戻っていった。
加護に関して視認できる現象は何も起きていないし、生徒たちはシェンが肩に乗ったことにも気付いていないが、それぞれハッとしたように目を開く。
リオたちもその様子を見て【催眠】が解けたのだと察した。
「なんで行き先をジュノにしようと思ったか覚えてる?」
ココットが問いかける。
「わからない……気が付いたら「ジュノに行きたい」って思ってた」
「私も……」
「私はなぜかみんなに合わせなきゃって……」
「あ、私も」
どうやら【催眠】は二パターンあったらしい。同一人物からのものかは流石にわからなかったが。
「これでわかったでしょ? 今年は中止。いい?」
纏めるなら今だとココットが畳み掛けると、四人の少女たちはコクコクと何度も頷いて答えた。
ブレットも【催眠】状態の時の記憶があるかどうかわからなかったので今回の最初からの事情を知るココットにも任せたのだが、どうやらうまくいったようだ。
◇◇◇
一方、男部屋の方へ向かったブレットはと言うと、予想外の事態に遭遇していた。
部屋に入るなり「ブレットさん!」と爛々とした目を向けられ、彼らはスカイドラゴンについて矢継ぎ早に質問を投げてきた。
どうやらリオの解体したスカイドラゴンを見て、それを倒したブレットに憧れを抱いてしまったらしい。
やれやれ、とブレットが頭を掻いていると、ペレが前に出た。
「はい! ブレットさまが凄いのは確かですが、今はブレットさまのお話を聞いてください!」
手をパァンと叩いて視線を集め場を鎮めると、ブレットの話を聞くよう促す。
少年たちはペレのその美しい真剣な表情に一瞬心を奪われ口が止まる。
『シェン、頼む』
『任せてー!』
シェンがブレットの肩から飛び立ち、少年たちの【催眠】を解除していく。そして同時に加護を与える。
「終わったよー。次は隣に行けばいいんでしょ?」
ブレットにしか聞こえない声でそう言うと、ブレットの首肯を待って壁をすり抜けて行った。
「お前たち、頭はスッキリしたか?」
ブレットがそう声を掛けると、「はい」と揃った声が返ってきた。
ブレットはそこから夏季休暇を中止することと、その理由の説明を始めた。
「体感したからもうわかるよな? 一度学院に戻ってもらう。サンドリアに行くにしても安全が確認できないことには許可できない。まぁ、今年は無理だろうな」
全ての解決にどれだけかかるかはブレットにもわからない。不満も言われる覚悟で来たのだが、彼らはあっさりと受け入れた。
ブレットの力を知ったというのと、【催眠】を体感したというのも素直になった理由だろう。
生徒たちへの説明を終えて部屋を出ると、ちょうどリオとココットも女部屋から出てきた。
「どうだ?」
「はい、問題なしです」
「そうか。お疲れさん。こっちも終わった」
「声が聞こえてましたよ。大人気ですね」
さすが『英雄』と付け加えたココットの頭にポンと手を乗せた。
「いたたたた! すいません!」
そのまま指に力を入れると、慌てて謝るココット。
「隠す気はないが、そういうのはやめろ。まぁ、お前のその性格は良いところだが」
そう言って今度は乱暴に撫でる。ココットもどこか嬉しそうだ。
「さて、俺は砦に戻る。お前たちは……女子会? するんだろ?」
宿への移動中にペレからそう聞いている。
「そうです! ココット、行きましょう!」
ペレもノリノリだ。今を逃すともうそんな機会はないかもしれないと気付いているのかもしれない。
「そうだけど……いいんですか?」
ココットはさすがに状況を弁えようとしている。
「どうせ今はなにもできないんだからいいぞ。だが……」
「?」
ブレットの次の言葉が予想できず首を傾げるココット。
「ジギンともちゃんと話しておけよ」
その言葉にココットは顔を真っ赤にしてしまう。
「さすがに今のジギンに「行け!」とは言えねぇからな。お前から行ってやれ」
まだジギンは起き上がることも不自由しているくらいだ。
「はい……わかりました」
顔は赤いままだったが、ブレットの配慮にしっかりと答えた。
その様子をペレとリオは優しく見守っていた。リオは女子会で弄ってやろうと心の中ではほくそ笑んでいたが。
お読みいただきありがとうございます。
先に説明をしたリオと後回しのブレット。シェンが来るタイミングの差はこの違いですが、本文だけで伝わりますか?
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