第14話 吸血
「ブレットさま、血を頂いてもよろしいでしょうか?」
食事を終えて二人部屋に入ったブレットとペレ。それぞれ装備を外し、服も脱いで下着姿になったところでペレが申し訳なさそうに俯きながら申し出た。
普段の態度はあれでもだいぶ砕けたのだが、やはり主人から血を貰うときだけは抵抗があるというか遠慮が強くなり、口調も硬いものに戻る。
「ああ。お前もだいぶ無茶したみたいだな」
ペレはぱっと見平然としていたが、やはり高等技術を連発するというのは負担が大きいし、魔素も連発によって相当消費していた。
「失礼します」
肌着を脱いで上半身裸になってベッドに腰掛けたブレットに抱きついて首筋に歯を立てる。鋭い二本の犬歯がブレットの動脈を突き破り、ペレは溢れる血を口の中に溜めてはゴクリと味わうように飲んでいく。
ブレットの体は古龍の血を飲んだことで魔素を大量に溜め込む体質になっていた。
その為、元々【魔素吸血】という体から直接血を飲むことで魔素を取り込む性質を持つヴァンパイア族のペレにはブレットの血は最上の食糧とも言えた。
そしてペレが口を離すと、その傷口はすぐに塞がった。
初めてブレットの血を飲んだときはそれに驚いていたペレも今は冷静に残った血をねっとりと舌で舐めとる。
その顔は非常に色っぽい。
「どうだ? 調子は戻ったか?」
魔素を急激に失ったヒトはなにかしらの体調不良を起こす。酷いときには目眩を起こして倒れる程だ。
これは魔法を使う側だけでなく、例えば回復魔法で癒される側でも傷の大きさ、深さによっては起こりうる。
なのでかなり消費していたにも関わらず平静を装えるペレはそれだけでも凄いと言える。
といっても、ブレットには見抜かれていたようだが。
「はい、ご心配をおかけしました」
ブレットに気遣われたことが気になったのか、また俯いてしまう。
「いや? お前のことだから心配なんてしてねぇよ。むしろ今言い出さないようなら怒るつもりだった」
なんてことはない、いつものことだと言うようにブレットは答える。
そんな主人を見て、ペレはふふっと笑う。
「では、もう少し足りないので"精"を頂けると……」
「お前は声がでけぇからダメだ」
「──っ! ブレットさまはいじわるです」
食い気味に拒否され顔を紅く染めるペレ。
「ここは風呂もねぇしな。ペレ、拭いてくれねぇか?」
ここにはタオルと水桶だけが用意されていた。
「はい、もちろんです!」
嬉しそうに事にあたるペレ。【清潔】を使ってもいいのだが、ペレがいるときはやりたがるので任せるようにしている。
「ココは私自身で綺麗にして差し上げます」
「ん……まぁ、それなら声は出ねぇからいいか」
結局“精“も舐め取られてしまった。
「でも、戻ったら……お願いしますね」
残りの部位を拭きながら懇願する。
「何事もなければな」
残念ながら面倒が続きそうな予感はしている。
「あの件……使いに来たという者と五人組がやはり繋がっていたのでしょうか?」
それにペレも自分の予想を口にする。
ギルドに夏季休暇の目的地変更を告げに来て詳細を話さなかったという使いの者と【疾風】が襲われた五人のことだ。
「たぶんな。【疾風】の話だともう死んでるみてぇだが……」
そう言いかけて何かを考え込む。
「ブレットさま?」
「いや、なんでもない。ただ……魔物が出たこととは別なんじゃねぇかと思っただけだ」
「別……ですよね?」
そもそもペレには全く違う話だと認識されているようだ。
「騎士団を取り込んで人の往来を絶たせて魔物を発生させたやつと学院生を襲って攫おうとしたやつ。繋がりはないはずだ」
「繋がっているならその魔物に殺されるのは間抜けすぎるでしょう」
「だよな……」
ペレの言葉に特におかしな点もなく、ブレットもその通りだと結論付けた。
ただ、どうしてもそれが同時に起こった、ということだけが頭の中に残り続けていた。
「ブレットさまは明日もグランツという隊長さんのところに行くんですよね?」
「そうだな。入国許可の回答が来るまで三日はかかる。その間はずっとだろうな」
ペレの質問の意図が掴めないながらも答える。
「どうした?」
ブレットの返事に何か決断したような顔をするペレに問いかける。
「もし、よければ明日からココットさんとその五人組の調査に行かせてくれませんか?」
意外な提言に目を丸くするブレット。何が意外かというと、全て。ちゃんと動ける者を理解していること、一人で行こうとしていないこと、ココットと一緒にということ、リオを除外していること、そしてなによりそれはブレットが優先して調べておきたいと思っていたことだった。
夏季休暇後に回すと情報の鮮度も落ち、他にも仲間がいた場合に隠蔽される恐れがある。
場所が街から二日の位置で戻りがそれより遅ければ、どこかにいるはずの黒幕も確認しようとするだろう。
そう考えると、こちらから一日で行けるというのはギリギリそれに間に合う。
もちろん、その五人組が黒幕という可能性もあるし、逆にそうでなかった場合、確認しに来る誰かと遭遇してしまう危険もある。
それにその死体は凄惨なものである可能性が高い。あまりペレにそういうものを見せたくないというのもある。
迷いはしたが、ペレの性格上認めるまで粘ってくるのもわかっているので、ココットを呼びに行くよう命じた。
ペレはそれを受けて部屋着だけ着るとすぐにココットの部屋に向かった。
しばらくすると、こちらも私服のココットを連れてペレが部屋に戻って来た。
「──というわけだ。どうだ、行くか?」
一通りペレと話したこと、予想されることをココットに伝えた。
ココットは中級ランカーとはいえまだ若く、職員としても新米だ。少しでも迷うようならペレも含めて行かせないつもりだった。
「行かせてください!」
だが、ココットは迷わなかった。提案したのがペレだったというのもあったのかもしれない。
その力強い眼差しを見つめ返してブレットは頷いた。
「気をつけろよ?」
「「はいっ!」」
二人揃って返事をする。
「触れられるようなら収納袋に入れてこい。無理なら人相・体型・所持品なんでもいい。とにかく情報を持ち帰ってきてくれ」
ヒトか獣人か、どこの国の人間の特徴があるか。それがわかるかどうかでも違う。
例えばサンドリアやドラギーユの人間ならシュッとした細めの体型で高めの身長、首がやや長め、顔も細めで締まっている者が多いという特徴がある。
獣人にしても討伐ギルド所属以外の者は割と各国で種族が固まっている。
「わかりました」
「お任せください」
二人ともブレットの言葉の意味も理解した上で指示を受け取った。
「それじゃ、明日はダン達から場所を聞いてから行くといい。ココットは匂いに気付かなかったか?」
「なんとなくそれらしいのは」
「なら大丈夫だな。繰り返すが気を付けて行けよ。危ないと思ったときは当然だが、嫌な予感がしたらその時点で退け。いいな?」
「はい。気を抜かずにやります」
「肝に銘じます」
二人の真剣な表情にちゃんと伝わっていることを感じ、ブレットはまた頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
注)上を脱いだのはブレットです。
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