第11話 ココットとペレの戦い
ブレットはシェンを肩に乗せ街道を真っ直ぐ南下していた。
『姿を見せねぇな。やはり飛行タイプだったか』
『僕にはもうわかったよ』
『何? 早く言ってくれよ』
シェンの言葉を聞いてスピードを落とす。
『だって出発してから全然話してくれないんだもん』
『拗ねるなよ……あいつらを助けたくて急いでたんだよ』
長く生きているからといってブレットは完璧超人ではない。こういう焦って周りが見えなくなる癖はそうそう直らない。
『ホントに? 僕の力使わなかったじゃん』
『あいつらはケガ一つしてなかっただろうが。ただの疲労には効かないんだろ?』
拗ねる相棒にちゃんと説明してやる。シェンの機嫌を直すにはこうするのが一番早いと長年連れ添ったブレットは理解している。
そしてそれを思い出したことで焦っていたブレットにも冷静さが戻ってくる。
『そうだね。僕いらなかったね』
『そうじゃない。お前の力を借りたいときはちゃんと言うさ』
『ふふっ、ごめん。ちょっとだけ困ったブレットが見たかったんだ』
『まったく……そんなのしょっちゅう見てるだろ?』
『でも、寂しかったのは本当だよ?』
『悪かった。それじゃ、頼らせてくれ。敵はどこだ?』
『任せて! 真上だよ!』
ようやく機嫌の直ったシェンの声と同時に上を見上げる。
『遠いな』
それらしい影が上空に小さく見えている。
『空ドラゴンだよ。安全圏からブレスで攻撃してくる臆病なやつだけど、その分近付けば弱いからブレットならよゆーでしょ?』
『俺以外にブレスが行かなきゃな』
楽観視するシェンとは対照的に如何に周囲に被害を出さないかを思案するブレットだった。
◇◇◇
残ったココット達は貴族の子たちを宥めるのに苦慮していた。
何故止まるのかと口々に文句を言う生徒たちには魔物が出たとしか伝えていない。
なんとか収めてキャビンに戻して三人は集まった。
「大丈夫……なんですか?」
ビキニアーマーのリオが問いかける。
「もちろん! なんたってジギンさんにブレットさんまで行ってるんですよ!」
リオを不安にさせないようにココットは元気に答える。実際そう思ってはいるのだが、感じた匂いの数の多さに一抹の不安はあった。
自分もそれなりに経験はある方なのだが、正確な数がわからないというのは初めてだったからだ。
「ココットさん、ブレットさまの名前が後ってどういうことですか!」
ペレはどこかズレている。だが、ココットには今それがありがたかった。
「ぷぷっ、気にするところですかぁ?」
と、リオが吹き出したからだ。ガチガチに緊張してしまうと万が一のときに動けない。野営を通じて女同士で打ち解けられたのもよかった。
しかし、その話は予想外の方向へ向かう。
「大事なことです。ブレットさまが一番なのですから」
「ペレさんはそうかもしれませんけど、ココットさんは違うんじゃないですか?」
「へ?」
「そうなのですか?」
「ちょ、ちょっと!」
「ココットさんはジギンさんが一番ってことですよね?」
「そそそ、それは信頼してるとかそういうことであって」
「確かに私もブレットさまから寵愛を受けているからそう思っているのかもしれません」
「ちょ、寵愛って。ジギンさんと私はそんな仲じゃ……」
「そんな? そんなってどんなです? それにわたしはただ一番って言っただけなんですけど……」
「もー! 大人を揶揄って! リオさん、今は貴方の研修でもあるんですよ!」
ココットがそう叫んだところでようやく弄りが終わった。
ふーっと大きく息をしたとき、ココットが何かに気付く。
「どうかしましたか?」
それにペレが反応する。
「動き出した。【疾風】がこちらに向かってます」
「よかった。間に合ったんですね!」
リオももちろん今回の概要は聞いている。まずは最初の目的の【疾風】救出が成功したのだと嬉々とした声を上げる。
しかし、ココットの表情は浮かない。
「移動速度が早すぎる……」
「もしかして、追われているのでは?」
ココットの呟きを拾ったペレがブレットから聞いていたワイバーンの習性を思い出す。
「ええっ、どどど、どうしましょう?」
それを聞いたリオが焦り出す。
そしてココットは考える。まずは迎撃に出るにしろ逃げるにしろこの場を離れること。その護衛をどうするか。【疾風】をどうするか。
「ペレさん。貴方は私と【疾風】を迎えに行きましょう」
「わかりました」
ココットの判断にペレはすぐに答えて戦闘準備に入る。
「リオさんはここで馬車の護衛を。【疾風】がここまで戻ったら休ませてやってください」
「は、はいっ!」
「大丈夫。この周囲には他に魔物はいません」
指示を受けてまた緊張しそうになったリオに優しく声をかける。
「では、ペレさん、行きますよ」
そう言って二人は【疾風】が向かってきている方向に走り出した。
◇◇◇
「ったく、勘弁してくれよ」
「お、余裕だね、アッシュ」
「おめーは余裕ありすぎだ」
逃げながら言葉を交わす【疾風】の三人。その中でも二人に合わせて走っている分、ダンには多少余裕があるようだ。
「ありがとな、ダン」
「なにを急に。気持ち悪い」
「俺もだ」
「ゴードンまで……」
礼を言われたことには驚いたが、ダンもそう言われることをしている自覚はあった。
「死ぬときは一緒ってか。嫌いじゃないぜ。ダンのそーゆーとこ」
「まぁ、寝覚めが悪くなりそうだしね」
「ま、簡単には死んでやらねーけどな!」
諦めたわけではない。ブレットがジギンと二人だけで来るはずがないことを知っているからだ。
だから逃げ切れば助かる。
しかし三人とも走り出す前にはもう体力の限界などとうに過ぎている。つまりはそういうことだった。
どれくらい走っただろうか。背後を追いかけるワイバーンは諦める気配もない。
ジギンがギリギリ翼にダメージを与えたおかげで辛うじて追いつかれずに済んでいる。
そして、その最後の一撃を三人とも目にしていた。
ジギンがそこまでしてくれたのにあっさり捕まって死ぬわけにはいかない。
そしてこの先にはまだ助けがいるはず。
それが三人の心を支えていた。
「見えました! 【疾風】です!」
風を切る音、周りを走る仲間の荒い息、前を走る馬の地面を蹴る蹄の音の中で確かに聞こえた。
「先制します! 【火球】!」
三人の頭上を炎が通過していく。
その三人と馬に夢中になっていたワイバーンは突然現れた火球に驚いて反応が遅れる。
体は躱したがダメージを受けていた翼は避けきれず被弾し、叫びながら落下する。
「ココットか! それにブレットさんとこの!」
「他にはいないのか?」
二人と合流し、アッシュとゴードンが息を切らしながら問い詰める。
「いなそうだねぇ」
ダンも溜息が溢れる。正直言って期待していた援軍には程遠かったからだ。
「いろいろ事情があるんです! それよりここは任せて退いてください! この先に馬車がいますので」
「ブレットさまもココットさんがいれば大丈夫だと言っていました。あれが動き出す前にお早く」
ココットに合わせてペレも退避を促す。
「す、すまねぇ」
「情けねぇが、頼んだ」
「それしかないね。任せます」
三人はそれを聞いてまた走り出した。
◇◇◇
「ふふっ、ブレットさん、そんなこと言ってたんですねぇ」
「いえ、そう言えば退いてくれるかと思いまして」
嬉しそうにするココットにあっさり否定してみせるペレ。
「がーん。って、ペレさん酷くない!?」
「ふふ。でも、私が抑えていればココットさんが倒してくれるとは言ってましたよ」
こういう笑い方をするペレはブレットの前では見せたことがなかった。
「よーし。やってやりますかぁ!」
そのペレの言葉にやる気を漲らせる。
それと同時に、落下したワイバーンも起き上がる。
しかし、火球の当たった翼はもう使えないようで、飛ぼうとしても上手くいない様子だ。
「では、私が気を引きつけますので後は頼みました」
そう言ってペレは飛び込んでいく。
そんなペレが頼もしく思え、ココットも武器であるグローブをキュッと締め直す。
ココットは直接打撃を得意としているが、どうしても大きな相手に致命的なダメージを与えるのには隙を作ってくれる味方が必要だった。
ブレットが太鼓判を押すペレとはいえ、自分より下位のランカーにその役目を負わせることに不安があったのだが、ここにきてその不安が消えた。
ペレならば隙を作ってくれる。そう信じて打ち出す時に向けて力を練っていった。
そして、ペレの方は。
ワイバーンの正面で相対し、剣を向けてブレットに教わった通りに殺気を放つ。
だが、ダメージを受けたことでその効果よりも怒りの方が先にきているようだ。
「それならば、【火球】の痛みを思い出して頂きましょう」
威力を抑えた【火球】を連発し、自身も移動しながらワイバーンの体中に撃ち込んでいく。
「凄い……」
ココットが驚くのも無理はない。魔法の威力の調節、連発、どちらも高等技術なのだ。
魔法に関しては同じ威力でしか撃てない者がほとんどで、威力が変わるのは精霊持ちが補助を受けたときだけと言ってもいい程だ。
それを精霊持ちではないペレが実戦で行っていることに衝撃を受けた。
そして、ペレの火球が傷だらけの翼にまた命中したとき、ワイバーンは叫び声と共に頭を大きく振り上げた。
「ココットさん!」
「うん! 行くよ!」
ココットが突っ込む。
ワイバーンの大きく上がった頭が戻ってくるのに合わせてココットは跳んだ。
そしてその拳はドラゴン種共通の弱点である顎の下の逆鱗を正確に打ち抜いた。
お読みいただきありがとうございます。
前回が短くなった分こちらが長くなってしまいました。
ペレ「ブレットさまの戦いですか? 瞬殺に決まっています」
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