第9話 間一髪
出発して二日目。馬車三台が縦に並んで進む。それを単騎でジギンが先導する。
先頭の一台だけ荷馬車でブレットと新人のリオ──ビキニアーマーの少女──が一緒に御者台に乗っている。
本来ならばこの馬車にはランカーは乗らず、三台共に御者を付けて交代で先導するはずだったが、今回は状況が状況なだけに御者は雇わず、リオにはほとんど仕事はない。
ブレットも「しっかり見て覚えろ」とだけ告げた。
後ろの馬車は六人乗りでそれぞれ貴族の子が五人ずつと二番目にはペレ、最後尾ではココットが御者をしている。
今回夏季休暇に出るのは15歳前後の生徒十人、男六人に女が四人だ。
出発を早朝にした為、集まるなり文句を言われた。更には一緒に乗るのは誰がいいだのリオも同乗させたいだの煩く、お調子者のジギンがキレかける程だった。
一日目の野営時にも火の番をするリオに手を出そうとする者が出て、リオが本気で抵抗したため怪我を負う、というトラブルもあった。
貴族の子に怪我をさせたことでリオは顔面蒼白になっていたが、起きてきたブレットがその場は収めた。
そして、話を聞いてブレットはリオの評価を改める。
リオはまだ18ということだが、年下とはいえそこそこ体の出来上がりつつある男をねじ伏せられる身体能力があるということがわかったからだ。
それ以外は道中特に魔物と遭遇することもなく、移動自体は順調だった。
この日も問題なく昼を過ぎ、食事を済ませたブレットがジギンと代わろうかというところだった。
「ブレットさん!」
後方から叫んだのはココット。その声を聞いてブレットは馬を止める。二番目のペレも同じだ。
これは事前に決めていたココットからの合図。その鼻で魔物を探知した場合は名前だけを呼ぶ。それ以外は内容まで伝えるよう言ってあった。
ココットとペレが貴族の子たちに「ちょっと待ってて」とだけ伝えて降り、前にやってくる。ジギンは前を警戒したままだ。
「どこだ?」
魔物だということはわかっている為、簡潔に問う。
「このまま真っ直ぐ前方です。【疾風】の三人の匂いもあります。動いているので無事かと」
ココットの嗅覚は少し特殊で、単にいる、いないではなく動きまで探知することができ、その能力を買われて職員となった。
彼女は一度匂いを覚えた相手に対して圧倒的なアドバンテージを取ることができるのだ。
ただし、複数を相手するには本人の技量がまだこれからといったところだが。
「そうか。間に合ったか。数はわかるか?」
ホッと一瞬だけ安堵の息を漏らし、すぐに引き締める。
「すいません。十以上、としか」
「十分だ。三人はここで守りを固めろ。リオは無理はしなくていい。ジギン! 行くぞ!」
ブレットは残る三人に指示を出し、ジギンに向けて叫ぶとそのまま駆け出した。
そのスピードは馬に乗るジギンよりも速かった。
◇◇◇
ワイバーンの急降下による踏み付けが赤い髪を逆立てた頭に前後に二度カーブした縞模様の角を持つガゼル獣人の男を襲う。
「うおっと」
必死の形相でそれを躱し、肩で息をする赤髪の男。
「アッシュ! 大丈夫か?」
「なんとか。早く助け来てくれねぇかなぁ」
ぼやく赤髪がアッシュ。【疾風】の一人だ。
そのアッシュに声を掛けたのは金髪をオールバックで固めた頭に外向きに枝分かれしつつハートを描くようにカーブした二本角のプロングホーン獣人、ゴードン。
「僕たちが逃げたら追いかけて来ちゃうからねぇ」
そう愚痴るのは三人で唯一角のないチーター獣人のダン。金髪の中に黒い斑点のある短髪で、見える手の甲辺りも同じ模様が見える。
彼がこの三人組で最速であり、リーダーのような扱いを受けている。といっても、【疾風】はパーティではない。個別に仕事に出ることもある。
「つーか、夜も休ませてくれねぇとか、魔物も疲れるんじゃねぇの?」
そう、彼らの戦闘はもう三日目だ。アッシュの言う通り夜通し攻防を続けている。ダメージを与える手段もなく、なんとか単調な攻撃を避けることで生き延びていた。
だが、長期任務を想定していなかった為、用意した食料も今朝方隙を見てそれぞれに摂ったもので最後だ。食料と呼ぶにはあまりにも質素な栄養食だが。
「どうだかな。よくわからんけど、交代で攻めてきてんじゃね?」
「初日は謎の集団が囮になってくれたんだけどねぇ」
ゴードンが軽口で答え、ダンが冷静に思い返す。
初日夕方ごろ、彼らはワイバーンの制空権内に入ってしまった。それからずっと襲われていたのだが、その日の夜、街道から離れ、少し距離を取ったところで怪しい五人組と遭遇した。
彼らが何の為にいたのかはわからなかったが、危険な草原で野営をしていた。
それだけでも十分怪しいのだが、彼らは【疾風】の接近に気付くと、何を思ったのか一斉に魔法を放ってきたのだ。
三人はそれを躱したが、その魔法にワイバーンの群れは釣られた。
始めはワイバーンも警戒して膠着状態だったが、その集団が逃げ始めると蹂躙が始まった。
【疾風】の三人は助ける手段もなく、ましてやいきなり襲ってきた相手を助ける気も起きなかった。
その集団が襲われている間だけが体を休められた時間だった。しかし、自分達が逃げてそれに反応されては危険だとそこから離れるということはしなかった。
事実、その蹂躙が終わるとすぐに【疾風】を標的に戻してきた。
この判断のおかげで街が夜中にワイバーンに襲われるという事態を避けることができていた。自分達の状況は全く改善されなかったのだが。
「あいつら結局なんだったんだ?」
「さぁな。死体が残ってりゃ調べられるんじゃねぇの?」
「あんまり気を抜いてると僕らまで死体になるよ」
「「はっ、笑えねぇよ!」」
アッシュとゴードンが揃ってツッコミを入れて散開する。
そこにまたワイバーンが急降下してくる。
「これしかできねぇのか、こいつらは!」
「的が小さいんだろうねぇ」
アッシュの叫びに律儀に返すダン。
実際彼らは身長もそれほど高くなく、体型も細い。縦にも横にも何倍も大きいワイバーンには確かに狙いにくいのだろう。
しかし、それも終わりが近付いてきていた。先程もアッシュはギリギリだったし、体力の限界を迎えようとしている。
そして──
「やべっ!」
ゴードンが足を縺れさせ倒れる。そこにワイバーンが迫る。
ゴードンは思わず目を閉じた。
「「ゴードン!!」」
離れていた二人は届かない手を伸ばして叫ぶ。
ドゴッ──
響くはずの地面が砕ける音がせず、来るはずの衝撃が来ないことを不思議に思ったゴードンは閉じていた目を開けた。
そこには見覚えのある制服を着崩した男が立っていた。
「なんとか間に合ったな。よく持ち堪えた」
迫ってきていたワイバーンを逆に吹き飛ばした男はそう言って【疾風】を労った。
お読みいただきありがとうございます。
三人の名前はダッシュ アンド ゴーのアナグラム……あ、ンが一個多い……まぁいいか で決定しました。
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