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第0話 プロローグ

新作です! よろしくお願いします!

 約千年前。サンドリア王国の北側にある誰も超えたことがないと言われるサナトス山脈の奥地で、ブレットという中年の男が大陸最古にして最強の古龍エンシェントドラゴンと三日三晩戦い続けていた。


「クソッタレ! これが最後だ!」


 自身唯一のスキル『剛体』を発動させ、古龍の炎のブレスに飛び込む。

 この発動中はあらゆるダメージを無効化するスキルが古龍討伐の切り札だった。


 そして、『剛体』に慢心することなく鍛え抜かれた身体だからこそ可能な突進突き(チャージ)で、手に持った槍がようやく見つけた古龍の心臓の位置を貫いた。


「はぁっ、はぁっ、もう一歩も動けねぇ」


 渾身の一撃に全てを使い果たしそう漏らしたとき、その古龍が輝いたと思うと、美しい白い体に碧い瞳はそのままに手乗りサイズとなり、天を突くように伸びていた二本の角が丸みを帯びた可愛らしいものになった、半透明の古龍が死体から分離するようにブレットの目の前に現れた。


 古龍というとてつもない相手と闘うとは思えないほど軽装備で、その戦いの激しさを物語るようにそれすらボロボロとなり、身体のあちこちから血を流しているブレットは、その光る小さな古龍をただ見つめる。


 最後の一撃で持っていた古龍の次に強いと言われるドラゴン、黒龍の素材をふんだんに使った槍は折れ、抵抗ももはや不可能だったが、不思議と恐怖は感じなかった。


 それはその小さな古龍が恐ろしいというよりも可愛いと思えたせいか、毒気を抜かれてしまっていて、これ以上やり合おうという気も失せていたからでもあった。


 そして、さらに拍子抜けする事態になる。


「あー楽しかった! こんなに動いたの久しぶりだよー」


 軽い調子の声が響く。その姿も相まって、その古龍が子供にしか見えなかった。


「お前……さっきまで戦ってた古龍なのか? 喋れるとは驚いたな」


 完全に警戒を解いてしまい、普通に話してしまう。


「そーだよー。これは魂が精霊化したんだよ。随分長生きしたからねぇ。それで喋れるようになったみたい」


 精霊とは元々長く生きていたものの死後の姿だという。

 とは言え、そもそも精霊とは相性の良い者にしか見えず、複数の者に同時に見えることは稀中の稀だと言われている。

 それ故にこれまで精霊を見たことがなかったブレットはその存在すら半信半疑だったというのに、さっきまで死闘を繰り広げた相手が精霊として目の前にいる事実に頬を抓りたい気持ちになるが、現状それすら難しい。


「あ、ちょっと! 僕を倒したのに死んじゃ困るよー! これからあちこち連れてってもらうつもりなんだから!」


 ブレットの体から力が抜けていることに気付いた古龍の精霊が焦る。


「そうは言ってもな……お前がボロボロにしてくれたんだろうが」


 辛うじて動く口で悪態を吐いてやる。


「僕の身体から直接血を飲んで。それで治るはずだから」


「血を……?」


 聖獣とさえ言われる古龍とはいえ、生で……と少し嫌そうな顔をするブレット。


「いいから! ゴクゴクいっちゃえー!」


 実体はないのかと思っていたが、古龍はブレットの頭を無理矢理元々自分の体だったそれのブレットに貫かれた場所に押し付けた。


「うぼっ!」


 ブレットは最早抵抗することも出来ず、その身体から血を飲んだ。

 すると、ブレットの体全体が輝き、傷が癒えていく。

 気がつくと、いつの間にか自分の両足で立っていた。ついさっきまで手を動かすこともできなかったというのに。


「凄いな。我ながらよくこんな相手を倒せたもんだ」


 血がこれだけの治癒能力を持つのだから。しかし、戦闘中、古龍につけた傷が癒える様子はなかった。


「あはは、僕はこの血が当たり前だからね。僕の傷はこの血じゃ治らないんだ」


 ブレットの疑問を察したのか精霊が答える。


「なるほど?」


 原理はよくわからないが、実際そうだったし、本人がそう言うのだからそうなのだろうと無理矢理納得した。


「あとね、他にも僕の血は人間には特別な力があるみたいなんだ。たぶん君もこれで死ななくなったんじゃないかな?」


「は?」


 今度こそ全く理解できず、素っ頓狂な声を上げる。


「ほら、エルフっているでしょ?」


「ああ、彼らは確かに長寿種族だが……不死というわけではないぞ?」


 ブレットをここまで辿り着かせてくれた仲間にもエルフはいる。しかし、長寿といっても千年ほどだ。


「うん、もうだいぶ昔だから僕もまだ若かったんだよね。だから血をあげた子も死んじゃったみたい。それでも四千年くらいは生きてたんじゃないかなぁ」


「四千年!? もしや……始祖のハイエルフか」


 聞いたことがあった。今のエルフよりも遥かに長い時を生きたエルフがいた、と。そして、その存在はエルフの始祖、ハイエルフとして語り継がれていると。


 それが本当ならこの古龍はそれ以上に生きていることになる。ハイエルフの話すら数千年前と聞いた。


 となると、古龍が更に成熟し血の力も増していても不思議ではない。


「この姿になってから確信めいて感じるんだよ。これで君は死ななくなった、って。でも少しくらい若返ると思ったんだけどなぁ。前のエルフでもそうだったし」


 不死になったと言ってもブレットの姿は何一つ変わっていなかった。三十半ばではあるが逆立てた短い髪の生え際が多少後退した程度で、鍛えている分腹も出てはいない。まぁ、この戦い続きの日々で貫禄のある顔には顎髭が不精に伸びたままだが。そんな姿が彼には意外だったようだ。


「まぁ、今が全盛なんだろうね。というわけで、よろしくね。えっと……まだ名前聞いてなかったね」


 勝手に納得して話を進めてくる古龍の精霊。


「ブレット、だ」


 ブレットは考えるのをやめた。死なないのならもうなるようにしかならない。


「よろしくブレット。さっそくだけどお願いがあるんだ」


「なんだ?」


 随分と可愛らしく思えるその姿に思わずそう返してしまっていた。

 いつもならこんな簡単にお願いなんて受けたりはしないのに。


「僕にも名前をつけてよ」


 そうきたか、と天を仰いで顔に手を被せる。

 以前仲間からテイムした魔物に名前をつけてくれと頼まれて、散々迷った挙句につけた名前を酷評されてから、ブレットに名付けはタブーだった。


「シェン」


「え?」


「エンシェントドラゴンだからシェン、だ」


 以前は見た目から連想した名前をつけて酷評されたので、分類名からとった。


「いいね! シェン! シェンかぁ! ブレット、ありがとう!」


 思いの外喜んでもらえたことに、安堵と同時に庇護欲のようなものが芽生えた気がした。


「さぁ、帰るぞ。シェン」


「あ、待って! 僕の身体、ブレットに使って欲しいな」


 そう言ってシェンは目を閉じ、短い前足で何か祈るような仕草をすると、精霊体と古龍の両方のシェンが輝き、古龍が一本の槍に変わる。

 柄尻から刃まで純白の龍が巻き付いた模様の槍だ。


「これは……」


「今の僕にできるのはこれだけ。でも、また武器にしたい魔物を倒したら言ってよ。すぐに作るから!」


 解体も鍛治師も不要とは便利だな、と思いつつも、他に素材が残らないならあまり頼めないな、と頬を指で掻く。


 長年連れ添った仲間と共に母国サンドリア国王にその力を認められるまでになり、直々に古龍討伐を依頼されていたブレットは、これでどう報告したものかと考えながら、改めてその槍を見る。


「そういやなんで槍にしたんだ? 俺が使ってたからか?」


「そうだよー。さっき折れちゃってたもんね」


「そうか。ありがとう」


「えへへ、どういたしまして」


 嬉しそうなシェンを見て、槍を使っていたのはただ古龍に相性が良さそうだからで、大抵の武器は使えるということは言い出せないブレットだった。





 それから数年後。

 ブレットは古龍討伐の依頼主であるサンドリアの国王に報告を済ませて褒美を受け取った後、シェンと共に放浪の旅に出ていた。

 古龍の槍は国王に献上した後、「保管はブレットに一任する」と城内に特別な保管庫と鍵を用意されて、自由に使用する許可まで貰った。

 意図はすぐにわかったが、特に今すぐ必要でなかったブレットはその保管庫に槍を()()()


 かつての仲間たちは皆役職に就き、国を治める立場に入っていった。それが「英雄ブレット」の旅で不都合が出ないようにする為だったと知ったのは彼らの一人が寿命を迎える直前だった。




「最近魔物が多いな」


 道中に現れた狼の魔物を倒して呟く。


「たぶん僕が死んじゃったからだろうね」


「そうなのか?」


 その発言にドキッとするブレット。シェン……古龍を倒したのは自分だからだ。


「ほら、僕って存在感あったでしょ?」


「一理あるな」


 自分で言うなよ、と心の中でツッコミつつも、シェンの言うことには同意だった。その存在感で他の魔物を押さえつけていた可能性。

 それがなくなったとしたら?


「危なそうな所を回るぞ!」


 自由に旅をしつつもこういう状況で自由の満喫を続けるという選択肢はブレットにはなかった。


「おっけー」


 ブレットは危機感を覚えて動き始めたが、シェンの方は特に人の生き死にに頓着はない。只々ブレットが見せてくれる全てが楽しかった。


 そして、それからの数年間は「第一次活性化」と呼ばれる魔物災害に見舞われた時期となった。

 ただ、幸いだったのはブレットの他、以前の仲間たちが健在だったことだ。先頭に立ち、人々を守った彼らも英雄と呼ばれた。


 だが、それはまだ始まりでしかなかった。

 更に数十年後、再び魔物が活性化したとき、英雄たちのほとんどは既にこの世を去ったあとだった。


 後に「第二次活性化」と呼ばれるこのとき、統率者なき各地の腕に覚えのある者たちは手当たり次第に魔物と戦い、そのほとんどが実力に見合わない相手に挑み、命を落としていった。


 そんな状況で故郷に戻り、辛うじて手の届く範囲の人を守っていたブレットは状況改善の為、『討伐ギルド』を設立する。


 戦う者と魔物の両方をランク分けして、救援や目撃証言などの情報を一括して集め、実力に見合った者を割り振れる環境作りを進めていった。


 その結果、なんとか故郷サンドリア王国は危険な状況を脱することができた。


 それから数年かけて規則を明文化し、それ以降も組織としてやっていく下地を作った。更にその方針はサンドリア王国を超え、大陸中に急速に広まっていき、各国に討伐ギルド支部が置かれる程になった。




 それから約千年間……度々魔物の活性化は起こるものの、第一次、二次ほどの規模ではなく、各地の討伐ギルドの貢献もあり、やがて各国は平和を取り戻し、現在に至る。


 ブレットは故郷を離れ、サンドリア王国と親交のあるドラギーユ王国に討伐ギルドのギルドマスターとして身を寄せていた。

 ちなみに、各国の討伐ギルドを「支部」と呼ぶのはサンドリア王国のギルド員だけである。支部とは元々、各国の者がサンドリア王国のギルドでノウハウを学び、持ち帰った、というのが正しいからである。

 ただし、持ち帰った者はサンドリア、つまりはブレットの教えを大事にしており、繋がりを残す意味でも「支部」と言われることに不満はなく、むしろ誇りとしていた。

 それ故に、「討伐ギルドの規則」は大陸共通である。


「さーて、今日も王都は平和、っと。平和すぎて昔のことを思い出しちまった」


 執務室に置かれた机で日誌を簡単に書き終えると、収納袋を応用してかつての仲間の一人に作ってもらった特注の引き出しにしまう。

 収納袋というのは、異空間に物が入る魔法道具で、入る量は作り手の魔法技術によって変わる。

 この引き出しはブレットが引き出すことが使用のトリガーとなっており、他の者には普通の引き出しとしてしか使えない。

 基本ブレットしか触れないし、誰かが物を入れたとしてもブレットには見ることもできないが。


 日課を終えて、ギルドのカウンターに顔を出す。


「仕事か……面倒だな」


 本当なら大陸中を自由に放浪していたはずだったブレットは思わず呟いた。

お読みいただきありがとうございます。


本編は近日中に投稿します。

よろしくお願いします。


もし続きが気になるとか、面白そうだと思われた方はブックマークしてお待ち頂けると幸いです。

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