第33回『小説のジャンルと伏線について』
伏線というものは、小説のジャンルによっても影響をうけます。
ミステリーならば推理に必要な手がかり、学園物のSFにはミステリアスな転校生、と言えば、なんとなく理解できるでしょうか。
謎解きのためのかっちりとした伏線が不可欠なジャンルもあれば、現実とは異なるその世界の中だけの特殊な設定の説明を担う語り手が必要だったり、ですね。
伏線は、全ての物語に共通しているわけではなくて、ジャンルによって違っているという認識がショートショートを書くためには必要になります。
ショートショートは、あらゆるジャンルを内包していて、読んでみるまでは、それがミステリーなのか、SFなのか、コメディなのか、ジャンルが分からないのですが、ここにメリットとデメリットがあります。
メリットは、ファンタジーと見せかけて実は違うみたいなトリックが使えたり、異なるジャンルを混ぜ合わせたような話が作りやすくなります。
ただ、デメリットも大きいです。
読者にがっかりされやすくなります。
例えば、ミステリーで、犯人は超能力者だった、とか言われたらがっかりしますよね、実は、この現象はショートショートにも当てはまります。
ショートショートは、ミステリーと造りがよく似ています。全てではありませんが、スタンダードなショートショートは、”謎解きと手がかり”の部分をいわゆる”落ちとその伏線”に置き換えたものと捉えることが出来ます。読者が期待することも予想外の展開や結末で、さらに、納得できるだけの理由付けがないとがっかりされるところも共通です。加えて、落ちを先読みしてやろうと手ぐすね引いている読者が一定数いて、アンフェアな事をすると彼らの反感を買います。
がっかりされるのを防ぐには、冒頭部分で読者にジャンルが伝わるようにすることが大切です。
読者が小説を読む前に抱く期待は、ジャンルによって違っているというのがポイントで、ミステリーではなく、最初からSFのつもりで読んでいれば、超能力者の登場は期待通りと言うことになります。
ジャンルが伝わる様な書き出しにするとともに、もう一つ、他のジャンルに見えるような書き方を避けることも場合によっては必要です。理路整然とロジックを語る様な文体はミステリーっぽく見えるので避けるみたいなことですね。
もちろん、必ずしも避けなければならないと言うことはありません。ただ、ロジックをコメディタッチのツッコミでぶち壊すみたいなフォローをするなどの工夫も併せて使うことも考えたりはします。
なお、書き出しでジャンルを確定させる事と、他のジャンルに見せかけるトリックが使えるメリットとは相反するように見えますが、ジャンルにはトリックに使っても大丈夫な組み合わせと、難しい組み合わせがあります。
ジャンルには弱肉強食の関係があります。
【強い】 ファンタジー > SF > 日常系 > ミステリー 【弱い】
大雑把ですが、上記の順番で食われてしまいます。
例えば、ミステリーだと思わせて、実は、ファンタジーという組み合わせだと、ミステリーは後から出てきたファンタジーに食われてしまい、がっかりされやすい組み合わせになります。もしやるのなら強力なフォローが必要ですね。
逆に、ファンタジーだと思わせて、実は、ミステリーという組み合わせだと、食われることなく上手くいきやすい組み合わせになります。
目安としては、リアルの縛りが厳しいものほど食われやすいということですね。
また、リアルの縛りが緩いものほど、後出しをするとがっかりされやすいジャンルということでもあります。
つまりファンタジーやSFジャンルの作品ほど、先行してジャンルを特定させておくのが基本です。
以下は、”特定のジャンルに見せる伏線”と”組み合わせても食われないジャンル”の例です。
『エマージェンシー』
「外部装甲を切除、被害状況確認、損傷の激しいブロックをパージします」
「さっきから、何してるの?」
「みかんの傷んだ房をよけてるの」
まあでも結局のところ、ジャンルを伝えたところで、落ちが弱ければがっかりされてしまうのですが・・・
そうならないためにも伏線で落ちをフォローするのが大事なわけですね。
ジャンルごとに伏線の特徴が変わるという話ですが、まず特筆すべきはミステリーです。
ミステリーの伏線の特徴は、その先が必ず謎解きの正解につながっていなくてはならず、また、他に正解の可能性があってはならない、という厳しい縛りが発生することです。しかも、そうした伏線がないと、それだけでもう、もれなくがっかりされてしまいます。
そんな厳しい縛りは御免こうむりたいですが、ここでのポイントは、実際の作品がミステリーではなくとも、読者がミステリーであることを期待してしまったらアウト!ということです。
ミステリーを期待されるのを防がなくてはなりません。
ミステリーを期待させてしまうシチュエーションとは、例えば、”日常かつ事件性のある出来事”の描写をした時です。
この場合、日常か事件性のどちらかでも要素を薄めることが出来ればフォローになります。
日常を薄めるには、ファンタジーかSFにする、あるいは、そう見せかける手があります。
事件性の方なら、コミカルな作風にするとか主人公を幼くするとかですね。
伏線を縛りなしで自由に張るためにジャンルを決め、シチュエーションを用意し、ひいては話の方向性が決まっていくという事になります。
ストーリーのために伏線があるのではなく、伏線のためのストーリーを考えるんですね。
伏線を自由に張るために、ミステリーを期待させないようにする方法は上記以外にも色々と考えられます。
以下もその一つです。
『ガラスの小瓶』
ミステリーは、無理かなあ。
ハンカチにくるんで密かに持ち込んだガラスの小瓶だなんて、絶好のシチュエーションなのだけれど、残念。
だって、ここで、これから起こるのは、服毒事件なんかじゃなくて、無差別テロ、なんだもの。
ウフフ、こんな小瓶でも、この教室にいる人たちくらいなら、十分すぎる量のバニラエッセンス。
さぁ、生殺しだ!
ミステリーは無理と明言しちゃってるんですけれどね。
恐らく、この一言の意図は誰一人として気がつかないでしょうが、まあ、計算づくなのです。
ジャンルによる伏線の特徴について、次は、ファンタジーとSFです。
ファンタジーとSFの特徴は、その話の中だけの特別な設定を説明する必要がある、というものですね。
このオリジナル設定を説明する伏線は、それがどんな内容のものであっても、読者は唯々諾々と受け入れるしかありません。
つまり、ファンタジーやSFでは、無条件で鵜呑みにしなくてはいけない伏線を張れるということであり、すなわち、騙したい放題のチャンスを作れる、ということです。
ファンタジーやSFに見せかけるトリックを行う利点は、まさにここにあります。伏線で騙しやすくするために、ファンタジーやSFだと騙すための伏線を張る、ということになりますね。
あ、いや、見せかけじゃなく、本当にファンタジーやSFでも良いんですけれど。
また、騙すつもりがないときでも、状況を素直に受け入れてくれるという、その恩恵は大きなものになります。
加えて、ミステリーへの連想を遠ざける効果もあるので、伏線が自由に張りやすくなるメリットもあります。
ただ、良い事ばかりではありません。
ショートショート自体がミステリーに性質が近いため、基本的に、ミステリーでがっかりされるようなことは、ショートショートでもがっかりされます。そのため、ファンタジーやSFは、最初にジャンルを伝えていてさえ落ちでがっかりされる可能性が高くなります。その分、気合を入れてプロットを練る必要がありますね。
さらに、読者が素直に受け取るということは、裏を返せば、注意して深読みをしてくれなくなるということなので、上手い伏線や、せっかく含みを持たせた落ちを用意しても、気がついてもらえないということがありえます。それだけに、印象に残す工夫が大切です。
例文も一つ載せておきますね。
『たいむらじお』
https://ncode.syosetu.com/n6995ge/16/
以上、長々とお付き合いくださりありがとうございました。
ポイントまとめ
・伏線はジャンルごとに特徴があって違っている
・ショートショートはあらゆるジャンルを内包しているため、読者の期待に起因している各ジャンルの持つデメリットは全て受けてしまう可能性があるので、なるはやでジャンルを伝えた方が良い
・ショートショートは、ジャンルを偽るトリックやジャンルがミックスされた話を作りやすい
・ジャンルには弱肉強食の関係が存在するので注意が必要(←今回、最大のポイント)
・ミステリーではない話ではミステリーに見えないように気を付ける
・ファンタジーやSFはミスリードがしやすくなるが、伏線がスルーされたり、落ちでがっかりされやすいため、気合を入れてプロットを練る必要がある
追伸
ジャンルごとに伏線の特徴があると言いましたが、作中に特徴のある伏線があらわれるというだけで、全部の伏線がその特徴を持つという事ではありません。まあ、一応、念のために。
また、特殊な例を説明しているだけであって、ショートショート全部がこんなに面倒なわけじゃありません。あまり知られていなさそうなことをピックアップしているだけですからね。
ぶっちゃけ、しっかり構成を練り、十分に強力な落ちが用意出来れば、そこまでジャンルに気を使わなくても平気です。
あと、ミステリーではないのに、ミステリーを彷彿させるとマイナスに働くこともありますが、ロジカルな文体は活かせるのならば、大きな武器になりますし、ましてや、ショートショートがミステリーに向いていないということではありません。




