第35話 イベント3日目ー3
前回のあらすじ
・ラスボス登場
・イベント前の桃
・ドスへ転移
ドスの神殿に転移した俺の耳に最初に入って来たのは喧騒だった。この時点でドスに異常が起こっているのがわかった。ここは神殿。本来なら、喧騒なんて神殿の中で感じるはずはないのだから。
「あ、あなたは?」
一人のシスターが俺に話しかけて来た。
「俺は来訪者でAランク冒険者の桃っていうもんだ。」
「冒険者様ですか!?」
「あぁ、見た所やっぱりこの街にも魔物が押し寄せてるみたいだな。キザンはどこにいるか知っているか?」
「キザン様をご存知なので・・・」
シスターがそこまで言いかけた時、横から包帯を額に巻いた冒険者らしき格好の男が割り込んできた。
「なぁあんた!死んでも蘇る来訪者なんだろ?だったらキザンの旦那を助けてくれよ!あの人、俺たちが不甲斐ないばっかりに、たった一人でこの街を守って戦ってるんだよ!」
「っ!」
思わず息を飲んだ。これは俺のせいだ。俺がキザンに押し付けたから!だめだ、冷静になれ。このまま感情的に行動しても被害を増やすだけだ。
「召喚レオーネ、アーク、ルシファー。レオーネはここに残ってケガ人の治療を頼む。アークとルシファーは俺についてこい。この街を襲う害虫どもを駆除するぞ」
『はい!任せてください!』
『わかった』
『ふむ、我を満足させる獲物がいるといいがな』
神殿を飛び出すと東の方角で煙が上がっているのが見えた。街の中を走る時間ももどかしく、俺は【飛翔魔術】で空を飛んで一気に門の外に出る。
俺の目に飛び込んできたのは片腕を失いつつもただひたすらに敵を殺し尽くさんと戦う1体の鬼とその鬼の暴力をなんとか食い止めようとする無数の鬼。ただ一人暴れている鬼の手には折れた刀が握られている。
それに対してたくさんいる方の鬼の武器は棍棒ばかり。さらにいうなら大半が素手だ。たくさんいる方を看破してみるとオーガと出た。ってことはもう1体の鬼はキザンか。
少しばかりそんな風に見ていたら戦況が動いてしまった。1体のオーガを折れた剣で切り裂いたキザンに背後から他のオーガが襲いかかった。あの姿になったキザンは人間の時とはまるで別人でその攻撃に反応することもなく、殴られてしまう。
バキッとこちらまで骨の砕ける音がするがすぐに赤黒いオーラがキザンの身を包み何事もなかったように今しがたキザンを攻撃したオーガを一撃で捻り潰した。
おそらくあの姿はステータスアップと強力な自己回復の効果がある。ただ、あれだけの効果を生み出すのだから何かしらの代償はあるに違いない。
そうこうしているうちに数体が同時にキザンに飛びかかり、パワーの差でキザンが押し倒されてしまった。するとこれまで一番奥にいた一際でかいオーガがゆっくりと前に出来きた。その手には他のオーガとは違って巨大なカトラスが握られている。
そのオーガは嗜虐に顔を歪ませると身動きできないキザンに向かってカトラスを振り下ろした。
「させるわけねぇだろ!【全反撃】!」
短距離転移でそのオーガの前に転移して【全反撃】で攻撃を倍以上にして跳ね返す。そしてキザンに集っていたオーガたちの首を全て切り飛ばしてキザンを解放した。
「ウガアアアアアアア!」
解放された途端に理性が残っているとか考えられないほどの雄叫びをあげて再びオーガの群れに突撃してゆくキザン。あの鬼化は理性を失うのか。
『我が召喚主。あの鬼人、放っておくと取り返しのつかないことになるぞ。』
「それはどういう意味だ、ルシファー」
『あれはあの時の俺と一緒だ。あいつは今、自分の中にある鬼の力を最大限に引き出そうとして瘴気に身を委ねている状態だ。この状態が長く続けばいずれ自我が消えてただ破壊を尽くすだけの化け物と化す。』
俺の疑問に答えたのはアークだ。アークのいうあの時というのはおそらく「憤怒の酒場」でのことだろう。
「ルシファー、どうにかできるか?」
『いや、無理だな。この手のものは聖女が一番の適任であろう。』
「やっぱそうか。ならこうするしかなさそうだな。アーク、ルシファー、俺が戻るまでここを頼む。俺はキザンを無力化してレオーネのところに連れて行く!ここから先は一刻を争う。本気で行く!」
『わかった。任せておけ!』
『しかと心得たぞ、我が召喚主。』
俺は【重力魔法】でキザンの周辺の重力を上げ、行動不能にする。その後【樹魔法】で生やした植物の蔓でぐるぐる、もうとんでもなくぐるぐる巻きにした後、【ドルイド魔法】のスリープを使って眠らせた。
簀巻きにされて眠っているキザンを抱えてレオーネの元に転移する。
『これは!みなさん離れて!瘴気の進行がここまで・・・いえ、救います!【光よ】!』
レオーネは一目見てキザンのこの状態がアークの言ったように瘴気によるものだということを見抜いた。そしてアークを瘴気の呪縛から解き放った時と同じ光を放つ魔法を唱えた。
流石に年月に違いがありすぎるのかわずかな抵抗もなくキザンから鬼の形をした瘴気が抜け、姿形が人間のそれに戻った。
『この人、腕が・・・【壮健たれ】」
レオーネが再び魔法を唱えると、なんと失われていたキザンの腕が生えてきた。さすがは英霊の聖女様。使える魔法がチートすぎるな。
「うっ・・・ここ、は?拙者は、一体・・はっ!ぐっ」
レオーネが傷を癒し、瘴気を体から取り除いたことで意識を取り戻したキザンは自分に起きたことを覚えているのだろう。惚けていたのは一瞬だけではすぐに飛び起きようとしたが傷が癒えているものの、ダメージは抜けきっておらず、すぐに崩れ落ちてしまった。
「今は寝てろキザン。おそらく鬼化で起きるであろう瘴気の侵食も傷も癒したけど、ダメージは蓄積されているはずだぜ。」
「桃殿!?なぜここに!確か桃殿は王都の防衛の要だったはず、王都は平気なのか!?」
「全く、自分のことより他の心配かよ。王都は信頼のできる仲間に託してきた。そっちは今はいい。俺がここにいるのはこの街だけなんの音沙汰もなくてな、心配になって来たんだよ。俺が無理に頼んだ防衛だ、その責任を取りにな」
「・・・拙者が弱いせいで冒険者を多く死なせてしまった。挙げ句の果て、未熟ゆえに禁じられていた鬼人化を使うも鬼の瘴気に振り回され自らを失う体たらく。信じて託してもらった期待に答えられず、なんと詫びて良いものか。」
「キザン、お前はバカだ。後ろを見てみろ」
「キザンの旦那!俺は、俺たちはみんなキザンの旦那があんな姿になってまでこの街を守るために戦ってくれたから生きてるんだ!」
「そうよ!あなたがいなければ今頃この街はどうなっていたことか!」
「キザンさんが詫びるなら怪我して早々と戦線離脱しちまった俺たちはどうなるんだよ!」
「キザン殿。あなたはこの街の生まれでも、ましてやこの国の出身でもない。それなのにたとえその身が理性を失い獣に成り果てようともその恐れを一切見せず、この街のために戦ってくれたからこそ、我々は生きているのです。どうか、どうかお願いですからそんなに自分を責めないでください。」
避難していた住民の中で一人だけ風格の違った男が騒ぐ民衆の中から進みででキザンに言った。
「領主殿・・・。そんな、拙者は、ただ流れ者だった拙者を受け入れてくれたこの街に報いねばという思いで戦ったに過ぎない。それもこうして中途半端に終わってしまった。」
「そんなことありませんよ。あなたがこうして必死になって戦ったおかげで今生き延びられている人がいる。そして王都より援軍も来てくれた。これは間違いなくキザン殿のおかげです。そして何より、この街を救った私たちの英雄を貶めるような真似はもう、やめてください」
「うっ・・・領主殿・・・」
神殿のベッドの上で硬く握り締められたキザンの拳に雫がポタリポタリと落ちる。ここだけ見れば感動のワンシーンなんだけど、今は魔物が大襲来中。そう長くは続かないんだよなぁこの空気。
ドゴーン!
いきなり外で大規模な爆発音が響く。それと同時にキザンを攻撃しようとしていたオーガとは比べ物にならないほど巨大な気配を捉えた。
「・・・桃殿、この街を、拙者を受けれいてくれた心優しき人たちが住むこの街を、頼む」
「あぁ、任せろ」
ベッドに座りながらもこの街のために深々と頭を下げるキザンに答えて俺は神殿の外に出る。
「なるほど、こっちはこのパターンで来たわけね。」
外に出た俺を出迎えたのは巨人。もう、マジで見上げるほど巨大なオーガだ。上の方に辛うじてツノがあったのが見えたからわかっただけだ。
その超巨大オーガの周辺をアークとルシファーが飛び回り攻撃を重ねるがすぐに回復してしまう。大きめの一撃を使えばただでかいだけのオーガなんぞどうにでもなる2人だが、如何せんその巨体ゆえに街に近すぎだ。攻撃の余波で街が確実に壊れる。
「大きくなれば勝てるとでも思ったか?安易な巨大化は負けフラグっていうんだよ!」
俺は【重力魔法】のライトウェイトにアンチグラビティーを【並列起動】で巨大オーガに放つ。これで奴の重さはゼロに近くなった。
「カチ上げろ!」
『『おう!』』
体重が軽くなったことで余裕で持ち上がるようになった巨大オーガを2人が全力で上空に放り投げる。これで街中に被害を及ぼすことなく強力な技を打ち込める。
「これで決めるぞ!『滅獄龍』『救聖龍』合技!全てを飲み込め!『ウロボロス』!」
『明けの明星』
『破滅の流星』
それぞれの必殺技が一斉に巨大オーガに炸裂する。アークの必殺技は極限まで圧縮した瘴気を無数の弾丸と変化させて放つ技っぽい。まず瘴気を操れることが驚きだし、瘴気の弾丸とか考えたくねぇな。
それぞれ順番に頭、胸、腹へと着弾し、爆ぜる。
「へっ、汚ねぇ花火だ。」
驚異的な再生能力をもつ巨大オーガでも流石に3人の必殺技をくらえば耐えることはできなかった。残った足の部分がポリゴンとなって消え、俺にアイテムドロップのアナウンスが流れた。
それから動けない他の冒険者に変わって残党狩りに勤しんだ。結構広範囲までオーガが逃げているようで思いの外時間が掛かってしまったが、これでこの街の驚異は完全に取り除かれたと言ってももいいだろうな
街に戻るとあちらこちらから歓声が上がる。どうやら見られていたようだな。まぁ、あれだけの巨大生物とドンパチしてたから街の中からでも見えただろうよ。
その中で先ほど領主とキザンから呼ばれていた男が住民を代表して俺に感謝の言葉を述べる。そして防衛成功を祝してこのまま宴会へと突入するので主賓として参加してほしいと言われた。
「・・・申し訳ないがそれはできない。」
「桃殿?・・・まさか王都で!?」
「そういうことだ、時間がない。」
それだけ言うと俺は転移魔法を発動する。これは登録した地点に飛ぶことができる魔法。本来はMP消費が激しいから使わないが、神殿から転移すると移動するのに時間が掛かる。そのわずかな時間すらも惜しい。1秒でも早く、王都に戻らなければならない。
俺が地点登録しているのは王都の北門の上。今はこっちの方が都合がいい。無詠唱で転移を発動。数瞬の間があって王都に転移した。
俺をそこまで突き動かすのはレイからたった一言「助けて」と書かれたメッセージが送られてきたことだった。
次でイベントが完結します。