剣と拳
連続更新2話目!
【天空の城】56F
ここ【天空の城】は外観はいかにもな城ではあるがれっきとしたダンジョンの1つだ。内部の空間は当然のように歪んでいて広い。しかもこのダンジョンのコンセプトは城なので内部も当然のように城の廊下のような形になっている。
さらにたちの悪いことに廊下の壁にはいくつもの扉があり、そこから不意に魔物が飛び出してきたり、次の階層へと続く階段が隠れていたりする。なので1つ1つの扉を警戒し、1つ1つの扉を開けて進まねばならず普通なら結構な時間を消費してしまっていただろう。
このダンジョンに出てくるのは当然光属性を使う魔物たちだ。たまに神聖魔法というか回復系の魔法を使う魔物が出て回復してくるので多少厄介と言えば厄介だろうか。
厄介とはいえこちらには聖女ご一行に闇の権化とも言えるアーク。さらには六英雄とその相棒の計4人にルシファーとその配下2体の計14人で進んでいる。さらにどうせ英霊たちは1撃で魔物を仕留めてしまうので回復とか正直関係ない。無人の野原を進むような速度で進んでいく。
ここまでの攻略で特筆するべきなのはやはりヴィクティムの相棒として召喚したジャックだろう。ジャックの身なりはとても戦闘職とは思えない。なぜなら彼は何一つ防具を身に纏っていない。
彼の装いはいわゆる英国紳士風のスーツにマント、シルクハットにモノクルと黙っていれば超上流階級の紳士にしか見えない。その全身から溢れ出る禍々しいまでの魔力を除けば。
アークからも禍々しさを感じるがそれとは別だ。アークのは地獄のような人間の根元から恐怖を抱かせるような禍々しさであるのに対してジャックの禍々しさは人間のありとあらゆる悪意を凝縮させたような冷たい禍々しさだ。
その戦闘スタイルも他の英霊とは違う。俺が召喚した英霊たちは基本的には真正面から敵を殲滅するだけの力を秘めている。彼らは戦士なのだ。
しかしジャックは違う。あの禍々しい魔力を身に纏っているはずなのに今の俺ですら一瞬で気配を探れなくなってしまう。気がついた時には敵の首が落ちているか、首が切り裂かれている。そしてその死体の向こうでとろけるような笑みを浮かべているジャックがいる。
まぁ、ここまでの様子を見る限りはっきりしてる。ジャックは闇に生きるタイプの人間だったようだ。あの時代、敵を殺しさせすればそれが表の人間だろうが裏の殺人鬼だろうが関係なかったのだろう。それに敵を1000体も殺せば敵からは悪魔だのと罵られようと味方からすれば英雄だ。
ジャックの戦いは戦いではない。狩りだ。ジャックの狩りは至ってシンプル。影に沈んで相手の影から飛び出し背後から喉笛を持っているナイフで掻き切るか心臓を一突き。これだけだ。歩き方を見る限り転移からの暗殺のワンパターンな英霊ではないだろう。多分だけど相当なレベルで体術の心得があるだろう。心強いことだ。
さて、ジャックのことを見るのはこれぐらいにして目の前の敵に集中しよう。このダンジョン、聖女ゆかりの地であるが故なのか天使やエンジェルと呼ばれるような魔物も多く出現する。ベースは人間で翼が生えており空を飛んでいる。武器を使い光と神聖属性の魔法を使いこなし高度に連携する。まぁ、普通に対峙したら厄介な相手だ。
「あくまで普通に対峙したら厄介なだけなんだよな。獄炎龍」
龍の形となった獄炎が一瞬でエンジェルたちを飲み込んで灰燼へと帰す。【獄炎】は光属性に有利な闇属性と火属性の二重属性のようなもの。多少の防壁なら【獄炎】の追加効果で腐食するし雑魚相手にもってこいの技だ。
このままではなんの練習にもならないと木刀を携えて臨むも結果はさほど変わらず。無駄に時間がかかるだけで相手のレベルが低すぎて相手にならない。ここはさくっと殲滅してレベル相当か格上まで進むか。
そう思っていたところで隠し扉を発見。ここのダンジョンは城型なのでちょいちょい隠し部屋というか隠し扉が見つかる。その扉の向こうにはその階層に出てくる魔物の上位種とレアアイテムの入った宝箱が置いてある仕様になっている。
他の英霊たちに先に進むように指示して扉を開ける。中は真っ暗だ。一歩足を踏み入れた瞬間にわずかにきらりと何かが光ったような気がした。
反射的に上体を逸らすと俺の眼前を何かが通過した。遅れて察知できた気配が一瞬で遠のき、部屋の中がパッと明るくなった。
明るくなった部屋の中央に浮いているのはこの階層に出てきたエンジェルよりもひとまわり大きな肉体を持ち、豪華な服装に身を包んだ刀を持ったエンジェルだった。キャラ付けの一貫なのか、なぜか目を閉じている。強キャラ感がすごい
「へぇ、なかなか強そうじゃん。ちょっと退屈してたんだよ。せいぜい楽しませてくれや」
相手が刀ということでヴェルガンドを刀にして構える。相手のエンジェルは抜身ではなく抜刀術を使うようで納刀されてる状態だ。
俺は中段に構えたまま、エンジェルは納刀した状態でお互いに静止する。レベル的には俺の格下だろうけどこの手の敵は強いって相場が決まってるんだよな。ちょっと真剣に戦うか。
このまま睨み合ってても問題はないが、俺の性に合わん。なので攻めるとしよう。そこそこレベルの上がった俺のステータスならスキルを使わなくてもそれなりに速度が出る。そのまま一気に間合いを詰めて中段から上段に変えた刀を振り下ろす。
しかし相手は高レベルな侍系エンジェル。そんな見えすいた攻撃など通用するはずもなくわずか半歩足を動かしただけで躱す。さらにそれだけでなく、躱されたことで体勢の崩れた俺に向かって攻撃を仕掛けんと刀を握る。
「秘剣・燕返し」
古の剣豪、佐々木小次郎が得意としていた最強にして最速の剣術。単純な斬り下ろしと切り上げの連続技ではない。その隙間はほぼゼロに近い。相手は躱したと、好機だと思った瞬間には死角から来る二の太刀で切り捨てられる。
ゆえに最速、ゆえに最強なのだ。
流石に天下の佐々木小次郎ほど熟達してないがそこはステータスでゴリ押す。完全に攻撃態勢へ入っているエンジェルに向かって二の太刀を放った。
しかし手応えは軽い。どうやらここに入ったときの俺と同じようにとっさに上半身を逸らして燕返しを躱したようだ。切れたのは前髪のわずかな部分のみ。
どうやら普通の隠しボスよりも強さのレベルが全然違うようだ。普通の隠しボス程度なら今の一撃で死んだはずだ。ここは刀で戦ってもいいけど、ぶっちゃけ鬼ヶ島で戦ってるから飽きたんよな。あそこなら刀の強敵に事欠かないからな。
「よし、刀で戦うのはやめよう。ここはやっぱり拳だろ!」
俺には悪癖が1つある。どうも俺の心の中の少年はバトル漫画が好きで、最近読んだ漫画に感化されやすいんだよな。最近読んだ漫画は・・・刃牙だ。
読んだことある人はわかるかと思うが、刃牙はやばい(小並感)。あれに憧れるが現実世界では絶対に無理だし、やったら捕まる。しかしゲームの中ならあの動きが可能だ。青少年の憧れを実現できるならやるしかないだろ。
ヴェルガンドを刀状態から解除する。武装を解除した俺を見て一瞬だがエンジェルの表情が動いたような気がした。
個人的には主人公の刃牙の構えもいいけど、ここでは俺は絶対の強者でなければならない。ならば俺が撮る構えはただ1つ。地上最強の生物と呼ばれた最強の男、勇次郎の構えだろう。
両腕を大きく広げて腰を落とす。そして抑えていた魔力を解放する。最近魔力量が爆発的に増えてきて、意識して押さえつけないと周囲に被害が及ぶ。ダンジョンでも階層が浅いと歩いただけで魔物が死ぬ。流石にそんなのはつまらないので魔力操作のスキル上げも兼ねて魔力を押さえ込んでいる。
それを解放する。髪の毛が逆立ち俺の周囲の空間が歪む。様子が一変した俺を感じ取ったのかエンジェルの頬に冷や汗が伝う。それがポトリと落ちた瞬間に俺は溢れる魔力を身体強化へに回して大地を蹴った。
一瞬で間合いを詰めて顎を狙ってジャブを繰り出す。オーガが言ってた。ジャブは最速の攻撃で来るって分かっていても避けられないって。
今の俺のジャブは格闘系の職業を本職にしている人にも負けない威力と速度はあるはずだ。今の俺のジャブは光より速いぜ!
案の定エンジェルは避けることもガードすることもできず、まともに直撃する。これが人間ならば脳が揺さぶられて人間なら余裕でダウンするはずだ。そのまま勢いを止めず体勢が崩れたところに下からさらに顎をカチあげる。そしてトドメに顔面に後ろ蹴りを叩き込みぶっ飛ばす。
もしこれがプレイヤーが相手なら俺のステータスと弱点特攻とかのスキルで並大抵の奴なら倒せるはずだ。しかし相手は隠し部屋のエンジェル。脳みそがないのか常に飛んでいるから三半規管が強いのかダメージは負ったもののしっかりと空中に浮いている。
さらに神聖魔法でも使っているのか与えたはずのダメージを徐々に回復してきているようである。エンジェルは回復もそこそこに翼から魔力を噴出して凄まじい勢いで切り掛かってきた。
生身で躱すのは流石にちょっと厳しそうなので少し潜る。完全に灰色の世界に入るのではなくわずかに自分の知覚速度を上げる程度に止める。こうしないと練習にならない。
エンジェルの呼吸、筋肉の収縮、殺気、体勢、そう言った諸々の情報を読み取って理解し、行動に繋げる。この動作が後々のPvPでの勝利に繋がるはずだ。
まずは抜刀。狙いは俺の首だ。ワンパターンだけど上半身を逸らして避ける。外れるや否や即座の納刀。多分だけど一の太刀が外れるのは織り込み済みか?まだ体勢が戻りきっていない俺が一番避けづらいのは足だと踏んだのか、それとも機動力を奪うためか最初よりも速度の速い抜刀が放たれる。
俺は上半身を逸らした勢いそのままに地面に倒れ込み、背後に手を突いてバク転するような形で攻撃を躱しつつ顔面目掛けて蹴りを放つ。これがカウンターになってクリティカルヒット。端正な顔から真っ赤な鼻血を流し後ろに倒れ込む。
追撃とばかりに接近して水月にかかと落としを叩き込んで地面に叩きつける。地面への落下ダメージも結構入ったみたいでHPは尽きかけている。思っていたよりも脆いな。速度と攻撃特化なのか?
このまま回復を待つのもいいかと思ったが、これなら英霊たちと殴り合った方が訓練になると思い直し、顔面に拳を叩き込んでトドメを刺す。
当然のようにドロップ品はエンジェルが持っていた刀だった。宝箱の中にはそこそこ使える装備が入っていた。
俺がエンジェルを倒し終わったとほぼ同時ぐらいに英霊たちが65階のボスを討伐したとアナウンスが流れてきた。これは思った以上に時間を取られたな。敵が消える前に追いつかねば。
無駄だと思いつつも俺は深部に向かって走り出した。




