羊の贈りもの
春が来て暖かい日が続くようになってきた頃、一年に一回の作業の日がやってきます。
「こらー!逃げるんじゃないの!」
わたしは犬と一緒になって羊を追いかけます。
「つかまえた!」
羊をつかまえて、仰向けに寝かせて、動かないように押さえつけながら、バリカンでモフモフの毛を刈っていきます。
仰向けにされて、観念したのか、羊は大人しく毛を刈られています。
羊の皮膚を傷つけないように慎重に、でもひつじが我慢できなくなって暴れ出さないようにできるだけ速く、羊のモフモフの毛を刈り上げます。
「よし!良いよー。よく我慢したね!」
頭以外のほとんどの毛を刈り上げると、羊を抑えていた手を離してあげました。
羊は跳ね起きて、放牧地に走って行きました。
こんな作業を今日は一日中するのです。
長い間人に飼われてきた羊は、自然に毛が抜けることはなくなってしまったので、こんな風に一年に一回、人間が毛を刈り上げます。そうしないと、動けなくなるくらい毛むくじゃらになってしまうのです。そしてまた、毛を刈るときには、病気でないか、怪我をしていないかもチェックするのです。
こうして刈り終えた羊のモフモフの毛は、自分で使う分を除いて、一頭分づつ風呂敷にまとめます。そして、よそに運ばれていって、布団の中身になったり、毛糸になったりします。
自分で使うものは、その場で羊毛の選別をします。
おしりや背中の傷んでいる毛は、畑の肥料になり、硬い毛は敷物に、柔らかい毛は洋服やマフラーなどの巻き物にします。首あたりの細い物1つ、肩の1番良いところ2つ、脇のちょっと汚れているもの2つ、腰の太め2つそれぞれまとめて、おしりと背中はひとまとめにしてよけておきました。
「うわー、動物園の匂いだ!」
子供たちは顔をしかめています。
「これから綺麗に洗うんだよ。そうしたら、今度は羊のいい匂いになるの」
子供たちに説明しますが、半信半疑のようです。
そうして次は、まとめたもの毎に、羊の毛を優しく洗っていきます。最初は泥を落とすために冷たい水で、その後脂を落とすために洗剤を溶かした暖かいお湯にひと晩つけ置いて、同じくらいの暖かさのお湯で優しくすすいで洗うのです。
洗い終わったら、乾かすために大きなざるの上に羊の毛を優しく解しながら拡げます。
そうして洗い上げて綺麗になった羊の毛は、洗う前の泥や体の汚れがついて薄茶色のベットリしたものからは見違えるように白くてフワフワした羊の毛になりました。
「うわー、ワタになったね!」
「フワフワ、気持ちいいね!」
子供たちは感動しています。匂いのことは忘れてしまったようで、フワフワの手触りに、ニコニコしています。みんなフワフワ、モフモフは大好きです。
こうしてフワフワの状態になった羊毛を、さらにクシで梳かして、綺麗に解したら、糸車を回して、繊維によりをかけて毛糸にしていきます。
「おお!糸車!」
「こんなの今でもあるんだ……」
今では実用品ではなく趣味の道具ですが、あります。ちゃんと使えますよ。
そして、柔らかくて細い羊の毛は、糸を細く切れないように何度もよりをかけて紡ぎます。太くてしっかりした羊の毛は、太く硬くなりすぎないように、でもしっかりした糸になるように、よりをかけていきます。
「今度は毛糸になったね!」
「普通に糸だね!手作りできるんだ……」
こうしてできた毛糸を今度は草木染します。
春に種まきした藍の種から、夏になると青々した葉っぱがたくさん伸びてきます。この葉っぱを細かくちぎって、水の中で葉っぱの形がなくなるまで揉みこみます。こうしてできた藍の液で藍の生葉染めができるのです。次に羊の毛を藍の液の中に入れて、優しく揉みこみます。
「中に入れてた時は緑だったのに、出したら青く変わったよ!」
「これが酸化還元反応っていうんだよ」
子供たちに軽く説明しますが、分かったような、分からないような顔をしています。
ほかにも雑草として生えているいろんな草を使って、毛糸をいろんな色に染めていきます。春にはほとけの座で緑色、ハルジオンで薄い黄色、桜の枝を集めて重曹で煮出した液で赤茶色、秋にはセイタカアワダチソウできれいな濃い黄色に染めます。
こうしていろいろな色に染めた毛糸を今度は手編みしたり、手織りしたりしてマフラーやひざ掛けにしていきます。今回は手織りすることにしました。マフラーを作ります。
「手織り機だ!」
「わーやってみてもいい?}
子供たちも興味津々で手織り機の前にやってきました。でも手織りは織りの作業に入る前がとっても大変なのです。まず、どんな柄にしたいのか、デザインを決め、デザインに合わせたたて糸を織りたい長さに合わせて用意します。次に用意したたて糸を今度は織り機にかける作業をします。デザインに合わせて用意したたて糸を用意した順番のとおりに織り機の筬に通して、後ろの巻取り部分に巻き取っていきます。そうして巻き取った糸を次はそうこうと呼ばれる糸を上げ下げする装置に通していきます。そうこうに通した後はまた筬に通しなおして、前の巻取り部分にかかるように設置すると、手織りの作業の準備が終わります。
「巻き取るの結構大変だね……」
「糸が切れそう……!」
慎重に慎重に、作業をしていきます。手紡ぎ糸はよりが甘い部分があったりして切れやすいので、大変なのです。
こうして用意したたて糸を今度は間に横糸を通して織っていきます。手織り機の踏み木をデザインに合わせて順番に踏んで、たて糸を上げ下げして、その間に横糸を通していくのです。横糸は板ひと呼ばれる真ん中にくぼみを作った板に巻いてたて糸の間を通していきます。
「この板を間に通していくんだね?」
「ひっかけそう……!」
手紡ぎした羊の毛はくっつきやすく、たて糸がうまく上げ下げできないこともあるので、慎重に横糸を通していく必要があるのです。そして、マフラーにするには出来上がった布が固くなりすぎないように筬をやさしく使って横糸を寄せていかなくてはなりません。また、きれいなデザインに仕上げるためには横糸を同じような間隔で寄せていかなくてはなりません。
「あっ!最後のほうが見えてきたよ」
こうして必要な長さを織ったら、ほつれ止めを織って、手織り機から布を外します。ほつれないように、織りはじめと織り終わりを結んで、仕上げの作業をします。
「石鹸をいれるんだね?」
「結構熱いお湯だね?」
石鹸を少し溶かし込んだ50度くらいのお湯で出来上がった布をやさしく揉みこんで洗うと、羊の毛が絡み合って頑丈な布になるのです。こうして出来上がった布はふんわりとしていながら、ほつれにくくなります。
洗った後は乾かして、軽くアイロンをかけると、羊のマフラーの出来上がりです。
「クリスマスプレゼントだよ」
子供たちに出来上がったマフラーを渡します。
「わーい!でも自分で織ったけど?」
作ったのはほとんどわたしです。こうして一年近くかけてクリスマスプレゼントが出来上がりました。羊からの贈り物です。