99話 アメとムチ
翌日の昼休み。
「これはまた……死屍累々ってやつだな」
いつものように空き教室に集まったのだけど……
「あうあう……体が重いです……」
「すごくだるいわ……魔力が枯渇しているせいかしら……?」
「ふ、ふふーんっ。これくらい、あたしはなんてことないんだから……!」
「はぅ……もうダメですぅ……」
みんな、見事なまでに疲労困憊に陥っていた。
特になにかしたわけじゃない。
体を酷使するようなトレーニングを行ったわけじゃない。
ただ、魔力減衰の呪いを解除することなく、24時間過ごしてもらっただけだ。
その結果……
まあ、こんな感じだ。
「お兄ちゃん……本当にこんなことで基礎魔力が向上するんですか?」
「するぞ。信じられないか?」
「お兄ちゃんの言うことなら疑っていませんけど……うぅ……でもでも、ぜんぜん魔力が向上した感じがしません」
「それは仕方ないな。呪いをなんとかしようと、体が魔力を生成し始めるのは、だいたい一週間後だから。今はただただ辛いだけだな」
俺の話を聞いて、エリゼを始めとするみんなが顔を青くした。
「い、一週間……」
「あ、あのぉ……それじゃあ、少なくてもあと一週間は、こ、この状態でいないといけないんですか……?」
フィアが恐る恐る問いかけてきた。
かなり辛いらしく、顔をひきつらせている。
でも……悪い。
これでも、まだまだ序の口なんだよな。
「最低でも一ヶ月かな」
「いっ……!?」
「一週間で魔力が生成され始めるけど、そこでやめたらすぐに終わってしまう。魔力が生成される状態が当たり前のようにしなければならないんだ。そうするためには、最低でも一ヶ月かかるな。まあ、個人差もあるから早く終わる場合もあるし、遅くなる場合もあるが」
「い、一ヶ月ぅ……」
「さすがに……それは辛いわね……くっ」
フィアが絶望的な顔をして、アリーシャが目に見えて元気をなくした。
エリゼも似たような顔をしていて……
「ふ、ふふん……たかが一ヶ月……一ヶ月くらい……あたしには……」
あのシャルロッテでさえ元気をなくしていた。
「ちょいちょい」
傍で様子を見ていたメルに手招きされて呼ばれた。
ちなみに、メルには呪いをかけていない。
彼女はエリゼたちよりも数段上にいるので、同じ訓練をしてもあまり意味がないのだ。
今は俺たち専用の訓練を考案してもらっている。
あとは、みんなのサポート役だ。
「キミはバカなのかな?」
おっと、いきなりひどいことを言われたぞ。
「確かに、訓練の内容はキミに任せていたけど……いきなりこれはないんじゃないかな? まだ一日しか経っていないのに、この有様じゃないか」
「仕方ないだろう。強くなるにはこの方法が一番手っ取り早いんだ」
「だからって、もっとやり方というものがあるだろう?」
やりすぎと言われたら……まあ、やりすぎなのだろう。
その自覚はある。
ただ……
「どれだけの猶予が残されているかわからないんだ。のんびりと特訓をしていたら、その途中で魔神が現れました、なんてこともありえる。だから、どれだけ厳しくても最短ルートを突き進むしかないんだよ」
「それはわかるんだけどね……だからといって、このままじゃ、彼女たちは潰れてしまうよ? それは望むところじゃないだろう」
「それは、まあ……」
「そこで、ボクから提案だ」
メルがニヤリと笑った。
子供がいたずらを企んでいる、という表現がぴったりだった。
「アメとムチだよ」
「どういうことだ?」
「訓練というムチばかりじゃあ、みんなまいっちゃうよ。だから、アメ……ご褒美を与えないと」
もっともな話だった。
しかし、ご褒美と言われてもなにがいいのかわからない。
まさか、言葉通り甘いもので釣るわけにもいかないだろうし……
あれこれと考えていると、メルが勝手な行動に出る。
「はいはーい。みんな、ちゅうもーく! この訓練を、まずは一週間、無事にやり遂げた人には素敵なご褒美があるよ」
「ご褒美……ですか? うーん、お兄ちゃんとのデートとかなら、私もやる気が出るんですけど……」
エリゼがよくわからないことを言う。
そして、じーっと求めるような感じでこちらを見つめてきた。
そんなエリゼに、メルはとてもさわやかな笑顔を向ける。
「うん、いいよ」
「えっ?」
驚きの「えっ」は、俺とエリゼ、果たしてどちらのものだったのか?
あるいは、両方だったかもしれない。
「いい、って……ど、どういうことですか!? お兄ちゃんとデートを!?」
「ものすごい勢いで食いついてきたね……」
メルも若干呆れていた。
でも、すぐに再び笑顔を浮かべて、やたらと楽しそうに説明をする。
「うん。エリゼさんが望むのなら、それで構わないよ。というか、ご褒美は……レンくんが一日、なんでもいうことを聞いてくれる権利……だぁ!!!」
「「「「っ!!!?」」」」
みんなの間に衝撃が走る。
ついでに俺も衝撃を受ける。
「お、おいっ、待て!? なんでもってどういうことだ、なんでもって。そんなこと聞いてないぞ」
「そりゃそうだよ。今話したからね」
「勝手に決めるな! あと、そんなものをご褒美にしても意味なんて……
「私、がんばりますっ!」
エリゼがやる気をメラメラと燃やしていた。
あれ? おかしいな……
こんなご褒美でやる気が出るわけないのだけど、でも、エリゼはすっかりその気になっていた。
「レンを一日好きにできる……うん、いいわね。悪くないわ」
「な、なんでも……えへへ、それじゃあ、ちょ、ちょっとくらい大胆なことも……きゃあきゃあ!」
「ふふん。元よりレンはあたしのものだけど、まあ、より従順になるっていうのなら悪い気はしないわね」
エリゼだけじゃなくて、みんなも乗り気だった。
……なんで?
というか……
みんなの目がギラギラしてて、ちょっと怖いぞ。
俺、なにをやらされるんだ?
「それじゃあ、レンくんを一日好き勝手に奴隷にできる権利を目指して、訓練、がんばっていこー!」
「「「「おぉーーーっ!!!!」」」」
ちょっと待て。
ご褒美の内容がエスカレートしているぞ。
……なんていう俺の抗議が受け入れられることはなくて。
いつの間にか、『無理難題でもなんでもいいから言うことをきいてくれる権利』にランクアップしてしまい、俺は頭を抱えることになるのだった。




