94話 詰み
「それ……本当なのか?」
魔神が転生魔法を使用した。
予想すらしたことのない事実を告げられて、さすがに動揺してしまう。
真実なのかどうか。
まずは疑い、確認をする。
「本当なのかどうか、それはボクには確認のしようがないよ。実際にその現場を見たわけじゃないからね」
「なら……」
「ただ……記述した人によると、ボクが転生魔法を使用した時と同じ現象が確認されたらしい」
「……」
ということは……本当に、魔神は転生魔法を?
仮にそうだとして……
いったい、どの時代に転生したというんだ?
その目的は?
あれこれと考えていると、メルが一つの仮説を打ち立てる。
「魔神が転生した時代だけど……たぶん、今の時代だと思うんだよね」
「……その根拠は?」
「禁忌図書館でキミと別行動をとった後に、ふと気になって、世界の魔力を観測している書を閲覧してみたんだ。そうしたら……10年前にとんでもない魔力が観測されていたんだ」
「10年前……」
言うか言わまいか。
そんな感じの迷い顔を見せて……
ややあって、メルが口を開く。
「レンくんを遥かに超える魔力量だった。めちゃくちゃな数値で……あれはもう人間のレベルに収まりきらないね」
「ということは……」
「それこそが魔神なんだろうね」
「……」
魔神が転生した。
その先は……今の時代、今の世界。
突然、そんなことを言われても実感が湧いてこない。
「まあ、確かな話じゃないんだけどね。あくまでもボクの推測」
「でも……そう考えると辻褄は合うな」
「うん」
ただ、新しい謎がでてくる。
なぜ魔神は転生をしたのか?
今の時代に転生したとしたら、なぜおとなしくしているのか?
そして……誰が魔神の転生体なのか?
「……頭が痛いな」
「ホントだねぇ」
今はこれ以上考えても仕方ない。
心に留めておくくらいしかできない。
共にそんな結論に至ったらしく、俺とメルは肩の力を抜いた。
吐息がこぼれる。
思っていた以上に緊張していたらしい。
「一つ新しいことがわかれば、また一つ疑問が出てくる。堂々巡り、っていう感じだね」
「それでも、少しずつ前に進んでいると信じたいな」
でなければやってられない。
「どうにかして、転生した魔神を見つけないといけない、っていうわけか」
「そうだね。でも、それは戦うためじゃない?」
「どういうことだ?」
メルの目的は、魔神による災厄を回避すること。
俺とほぼほぼ似たような目的だ。
それなのに、戦うためじゃない?
「いやー……これを口にするのは、ぶっちゃけ、イヤなんだけどさ」
「もったいぶらないで、早く言ってくれ」
「ボクら、魔神に勝てると思う?」
「……」
思わず沈黙してしまう。
俺の力は前世と比べると増していると思う。
若返ったことで身体能力は増しているし……
伸び代が大きい子供の頃から訓練をしていることで、魔力量も増えた。
アリーシャやシャルロッテが使うオリジナル魔法を取り込み……
そのことで戦術も増えた。
さらに、新しい魔法も開発中だ。
それと、エル師匠のおかげで、闇属性魔法も使えるようになった。
こちらは現在訓練中で、第3位までの闇属性魔法が使えるようになった。
さらに訓練を重ねれば、第1位の闇属性魔法も習得できるだろう。
強くなったと断言できる。
しかし……
「……」
500年前……一度、魔神が封印されている地へ赴いた時のことを思い返した。
封印されている状態なのに、とんでもない量の魔力があふれだしていた。
あの時感じたものは……絶望。
とてもじゃないけれど、コイツには敵わないという敗北感があった。
その時に感じた差は……まだ埋められていない。
「悔しいが、勝てないだろうな」
「だよねー」
メルは気楽に言う。
ただ、悔しくは思っているのだろう。
いつもと比べると、若干、おとなしく感じられた。
「これ……詰んでない?」
メルが諦めをにじませた顔をしつつ、そう言う。
「魔神がどこにいるのかわからなくて、しかも、いつ活動を再開するかわからない。ひょっとしたら明日かもしれないし、今この瞬間かもしれない」
「……」
「で……対するボクらの力は足りていない。人類全体で一丸となって戦うにしても、そもそも、この時代の力は衰退している」
メルの言うことはもっともだ。
普通に考えて、この状況は詰みに近い。
完全に詰んでいるというわけじゃないけど……
なかなかに厳しい。
魔神がまだ封印されている、という前提で俺は動いていたからな。
実は見知らぬ誰かに転生していて、いつでも動ける状況にあります……なんていうのは想定外すぎる。
そもそも、どうして封印が解けているんだ?
あれはまだ……
って、過ぎたことを考えても仕方ないか。
これから先に目を向けないと。
「どうしよっか?」
「そうだな……」
考えろ。
この状況を打破する一手を考えろ。
幸いというべきか、今は子供の体だ。
頭の回転もスムーズで、色々と思い浮かんでくる。
「……確実とはいえないが、やってやれないことはないかもしれない」
「お? なにか思いついたのかい? さすが、賢者。頼もしいね」
「茶化すな」
「ごめんよ。それで? どんなことを思いついたんだい?」
できるなら、この選択肢は提示したくないのだけど……
この際、より好みしていられない。
「協力者を増やす」




