93話 転生
その後、時間が訪れて……
名残惜しいけれど、禁忌図書館を後にした。
あぁ、もったいない……
あそこは先人達の知識の宝庫だ。
一ヶ月……
いや、一週間だけでも籠もることができれば、かなりレベルアップできると思うのに。
とはいえ、そんな権限はない。
許可が降りることもないだろう。
残念だ。
こっそりと忍び込む方法を考えておこう。
「図書館、楽しかったですね」
「そうね。知らないことがたくさん本に書かれていて、とても勉強になったわ」
「す、すごく貴重な経験をしちゃいましたね」
寮の部屋に戻り、エリゼたちはにこにこと今日経験したことを語る。
「メルさんはどんな本を読んでいたんですか?」
エリゼがメルに話を振る。
突然、メルが同居することになった時は、驚きと戸惑いがあったけれど……
今はそんなことはなくて、家族の一員のように接していた。
この親しみやすさと優しさこそがエリゼの魅力だと思う。
「んー? ボクが読んでいた本、知りたい?」
「はい、教えてください」
「ふっふっふー、それはね……えっちな大人の本」
「ふぇ!?」
「裸の男と女が、あーんなことやこーんなことをする本だよん♪」
「ど、ドキドキ……」
「そ、それはどういう物語だったんでしょうか!?」
「あれ? フィアちゃん、興味あるの?」
「そ、そそそ、それは!? えと、その、後学のために……決して興味本位ではなくて!」
「あ、あたしだけ仲間外れにしないでくれる?」
「おやおや、アリーシャちゃんまで」
「仲間外れにされるのがイヤなだけよ。勘違いしないで」
「ふふーん、みんな清楚に見えてムッツリだねぇ。うんうん、ボク、そういうのきらいじゃないよ。それじゃあ、ボクが見た本の話をあいたぁ!?」
悪ふざけがすぎるメルの頭を、かなり本気でチョップした。
けっこう痛かったらしく、涙目になっていた。
「なにするのさー!」
「メルこそなにしてんだ。人の妹に変なことを吹き込まないでくれ」
「お兄ちゃん、これは男女のお付き合いに関する勉強……恋愛講座です! だから、変なことなんかじゃありませんっ」
「そんなわけあるか。というか、エリゼに恋愛なんてまだ早い!」
妙なところでませているな、まったく。
「まあ、冗談はさておき……レンくん。後で、ちょっと二人きりで話せるかい?」
「……わかった」
真面目な顔をしていたので、たぶん、真面目な話なのだろう。
……だよな?
今の流れから、ついついメルを疑ってしまう俺だった。
――――――――――
深夜……みんなが寝静まったところで、俺はそっとベッドを降りた。
メルのベッドを見ると、すでに姿はない。
「やあ、早かったね」
ベランダに出ると、メルが柵に寄りかかっていた。
こちらを見て、軽く手をあげて挨拶をする。
「なんの話だ?」
「情報を共有しておこうと思ってね。禁忌図書館で得た情報、まだ交換していないだろう?」
「もしかして、もう魔神についての情報を?」
「いや、それはまだかな。ただ、放置できないことを知ってね」
「それは……?」
メルは真面目な顔をして……ものすごく真面目な顔をして告げる。
「どうやら……魔神は、かわいい女の子らしい」
「……よし、歯を食いしばれ。かなり痛いぞ?」
「ま、待て待て! どうしてそうなるのかな!? ボクは真面目に話をしているというのに!」
「どこが真面目だ!? 魔神が女の子とか、なんでそういうふざけた話が出てくるんだよ!?」
「いやいやいや、冗談に思わてしまうかもしれないけど、これ、ホントのことなんだ! だから、その拳骨をしまってくれないかな!?」
メルがかなり本気で慌てていた。
ひとまず話を聞くことにする。
「……で、どういうことなんだ? これで冗談でした、とか言ったら、かなり本気ではたくからな」
「恐ろしいことを言うなあ……まあ、安心して。ボクは冗談は好きだけど、魔神のことでくだらないことを言うことはないから」
どこまで信じていいものやら。
「あれから脳に転写した……あ、記憶したっていう意味だよ? そのことをボクは転写って名付けているんだ」
「説明はいいから」
「転写した記憶を閲覧していたんだけど、その中に興味深いものを見つけたんだ」
「興味深いもの?」
「450年前……世界を滅ぼした魔神は、そのままどこかへ消えたらしい」
「消えた?」
「文字通り、綺麗さっぱりと消失したらしい」
「誰かが倒したとか封印したとか?」
「そんなことできたと思う?」
……思わないな。
そんな力を持つ人がいるのなら、450年前に世界は滅びたりなんかしない。
となると、いったい……?
「聞きたい? 知りたい?」
もったいぶるような感じで、メルがニヤニヤと笑う。
無言で拳を握り見せつけてやると、メルは即座に頭を下げた。
「サーセン、調子に乗りました」
「早く続きを」
「世界を滅ぼした後、魔神は最初からいなかったかのように消えたんだけど……その最後の瞬間を目撃した人がいるらしい。その時の状況が、禁忌図書館の本に記されていた。そしてボクは、その情報をうまく転写することができた」
「最後の状況っていうのは?」
「まだ全てを読んだわけじゃないから、ちょっと曖昧な部分もあるんだけど……どうやら、なにかしらの極大魔法を使ったらしい」
「極大魔法? 隕石を落とすとか、次元を歪めるとか、そういう?」
「いや。どうも、攻撃魔法みたいじゃないらしいよ。それ以上の破壊は起きなかったらしいからね」
となると、いったい……?
首を傾げる俺に、メルは一つの道筋を教えてくれる。
「魔神が使ったという極大魔法は、どうやら、ボクたちが知るものらしい」
「ふむ?」
「しかも、とても詳しく、身近にある魔法らしいよ」
「うん?」
メルの言いたいことがよくわからない。
攻撃魔法ではない。
それでいて、俺たちがよく知る魔法。
身近に存在する魔法。
そして、極大魔法……
って……まさか。
「察したみたいだね」
「おいおい、冗談だろう? まさか……」
「うん……魔神は転生魔法を使用したらしいんだ」




