89話 シャルロッテの心
「……んぅ?」
顔がちくちくして、それであたしは目が覚めた。
軽く体を起こしてみると、空が赤く染まり始めていた。
公園にいる子供たちは、親に促されて帰り支度を始めている。
「えっと……あっ、そっか。レンに誘われて昼寝をしたんだっけ」
そのレンはどこに行ったのかしら?
周りをきょろきょろと見ると……
「すぅ……くぅ……」
すぐ隣でレンが寝ていた。
年相応のあどけない顔をして、小さな寝息を立てている。
「ふふっ、かわいい顔しちゃって」
つんつんと頬を突いてみる。
レンは軽くみじろぎしただけで、まだ起きない。
疲れているのかしら?
昨日、母さまとやりあったし……その疲れが残っているのかもしれない。
「不思議なヤツよね……」
レン・ストライン。
男。
家は貴族だけど、そんな風にはまるで見えない。
子供らしくないところはあるけれど、でも、お人好しで人間臭くて……
でも。
そういう男に出会ったことがないわけじゃない。
あたしの家はそれなりに大きいので、小さい歳から社交界デビューをさせられる。
そこで色々な男とか関わってきた。
つまらない男がたくさんいたけれど……
でも、レンみたいな男もたくさんいた。
お人好しだったり、人間臭かったり……あと、自信家だったり優しいだけが取り柄の人だったり。
本当に色々な人がいた。
ただ……
こんな風に、公園で昼寝の誘いをしてくる人は初めてだ。
温かい陽の光。
草木の匂い。
それらに囲まれて昼寝をするのは、とてもたまらない。
こんなデートは初めてだ。
「変なヤツ」
つんつんと寝ているレンの頬をつついた。
でも、起きない。
むにゃむにゃと寝言をこぼすだけで、すぐに寝てしまう。
隙だらけ。
ちょっといたずらをしてみたい衝動に駆られるのだけど……
でも、そんなことをしようとしたら、レンはすぐに起きるような気がする。
なんていうか……
今は安全だからぐっすり寝ているだけで……
もしもあたしがなにかしようとしたら、寝ていたとしてもそれを察知して、すぐに起きるだろう。
そんな予感があった。
「あーあ」
ぼふんっ、とレンの隣に寝る。
なんていうか……
勝てないなあ、と思った。
戦闘だけじゃなくて。
考え方とか生き方とか……その他諸々。
レンの方が上だ、と思ってしまう。
悔しいのだけど……
でも、不思議と気分はスッキリしていた。
「レンだから……なのかしら?」
もしも他の相手だったら、あたしは絶対に負けを認めないと思う。
男なんかに……と思い、負けを否定していたと思う。
でも、レンが相手なら不思議と素直になれる気がした。
あたしよりも強いレン。
そして、あたしの知らないことを教えてくれるレン。
「……ふふっ」
すごく不思議な気分。
レンのことを考えていると、胸が温かくなる。
この気持ち、いったいなんだろう?
きちんと自分に向き合い、考えればわかるような気がした。
でも……
「今はいいわよね」
もう少し、答えを後に伸ばしておきたい。
なぜかそう思った。
「ふぁ……」
横になっていると、再び眠気がやってきた。
こうして陽の光を浴びながら横になるの、ホント、気持ちいいわ……
「ねえ、レン……まだ寝てる?」
返事はない。
「あたし、あんたのこと……」
自分でもよくわからなくて、勝手に言葉が出る。
この次のセリフは?
あたしは何を言おうとしているのか?
それは、最後までわからなくて……
結局、あたしは途中で寝てしまうのだった。




