86話 添い寝
シャルロッテ曰く……
今夜は俺と一緒に寝て、一気にしとめてしまいなさい。
……と、クラリッサさんに言われたらしい。
一緒に寝ろというのは、つまり……そういうことなのだろうけど。
ただ、シャルロッテの頭はまだお子様だったらしく、普通に一緒に寝るものと考えていたらしい。
追い返して、クラリッサさんに見つかりでもすれば、さらに面倒なことになりそうだ。
なので、仕方なくシャルロッテと一緒に寝ることにしたのだけど……
「……」
「……」
すでに部屋の明かりは消している。
唯一の明かりは、窓から差し込む月明かりだけ。
薄暗い部屋の中、俺とシャルロッテは一つのベッドで一緒に横になっている。
横に並んで、互いに天井を向いているのだけど……
妙な雰囲気が漂っていて、すぐに眠ることができない。
それはシャルロッテも同じらしく、時折、もぞもぞと動いていた。
「ねえ」
そっと声がかけられる。
「うん?」
「まだ起きてる?」
「こうして返事をしているんだから、起きているよ」
「それもそうね」
シャルロッテがくるっと回転してこちらを向いた。
同じベッドで一緒に寝ているパジャマ姿の女の子……
しかも、性格は色々と問題があるけれど、シャルロッテは文句なしの美少女……
きつい。
色々ときつい。
心臓がバクバクとしてしまう。
こひゅー、とか妙な息が漏れてしまう。
こちとら賢者なのだけど……
恋愛経験値はゼロなのだ。
向こうにその気はないとしても、緊張しても仕方ないだろう?
「ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに?」
「レンは、どうやってあんな力を手に入れたの?」
シャルロッテがじっとこちらを見つめた。
俺の一語一句、絶対に聞き逃さないというような姿勢だ。
「男なのに魔法が使えるし、やたら魔力量が大きいし、闇属性魔法まで使えるし……色々ととんでもないところはあると思ってたけど、まさか、母さまにまで勝っちゃうなんて」
「あー、それは……」
「あっ、調子に乗らないでよ? 母さまに勝ったからといって、イコール、あたしに勝ったっていうことにはならないんだから。魔法大会では負けたけど、あれは勝負の運。今度やれば、絶対にあたしが勝つわ。ふふんっ!」
一緒のベッドに寝ているというのに、まったく色気のない会話だ。
これこそ、シャルロッテクオリティといえる。
「それで、レンはどうやってそこまでの力を手に入れたの?」
「あー……」
色々と追求されるのが面倒なので、一瞬、話してしまおうか? という気持ちになってしまう。
しかし、普通に考えて、過去から転生してきました、なんて話は信じてもらえないだろうし……
「努力と根性で?」
やばい。
自分で言っておいて疑問系になってしまった。
こんな答えじゃ納得しないだろうな……
恐る恐るシャルロッテを見ると。
「なるほど! そういうことなら納得だわ!」
ものすごく瞳をキラキラと輝かせて、シャルロッテはなぜか納得していた。
「才能がないと強くなれないとかいうアホもいるけど、それ以前に、きちんとした修練が必要だもの! それをずっとずっとずぅうううううっと繰り返す! それが一番大事なのよ!」
「えっと……?」
「きっと、レンは小さい頃から……今も小さいわね。もっと小さい頃から、修練を重ねてきたのね。毎日毎日、勉強をしてきたのね。そうやって、力を手に入れたのね」
意外というか、そうでもないというべきか……
シャルロッテは脳筋だったらしい。
なんでも努力と根性で解決できると思っていたらしく、俺の話をあっさりと受け入れてしまう。
それでいいのか? と思わないでもないが……
まあ、納得してくれたのならそれでよしとする。
「もう一つ、質問いいかしら?」
「どうぞ」
「レンは強くなってどうしたいの?」
「それは……」
強くなる目的。
それは魔神を倒すためだ。
でも……
なんのために魔神を倒すのか?
と問われると、言葉に迷ってしまうところがある。
世界のため?
そんな大層なことは考えていない。
前世で魔王を倒したのも、ぶっちゃけ、ほぼほぼ成り行きだ。
世界を救うとか考えて行動したことはない。
自分の力を試すため?
俺は自分の力がどこまで通用するのか知りたい。
そのために、強い相手を求めてきた。
でも……
それが全てと問われると、今は首を傾げてしまう。
力試し以外の理由が俺の中にある。
だから、俺が強くなる目的は……
「間違えないため……かな」
「間違えない?」
胸の中の思いを言葉にしていく。
「俺……昔というか、前に間違えたことがあるんだ。その時は、ただ自分の力を試したくて、強くなることに目的なんかなかった。力を試すことだけを目的にしてて、周りをぜんぜん見ていなかった。それで……ちょっと勝手なことをして、周りに迷惑をかけたんだ」
俺は自分のことしか考えていなくて……
賢者、英雄と呼ばれていた俺がいなくなればどうなるか?
そのことを考えることなく、転生した。
たぶん、おもいきり迷惑をかけたと思う。
そのことを最近になって後悔するようになった。
色々な人と触れて、一緒の時間を過ごすうちに、思うようになったんだ。
もしも身近な人が突然いなくなったら、俺はどんな思いをするだろうか? って。
そのことを考えた時、俺は過ちを犯していたことを自覚した。
「なんていうか……力を持つ者には責任があると思うんだ。ノブレス・オブリージュと似ているような感じで……力を持つ者が果たさないといけない義務があると思うんだ。もちろん、そんな法律はないし、明確にされていないんだけど……でも、あるんだよ」
「……」
「以前の俺はそのことに気づいていなくて、好き勝手してたけど……今は、そんなことはやめようと思ったんだ。ちゃんと周りを見て、一人じゃないことを自覚して……きちんと歩いていこうと思ったんだ」
「それは、自分で考えついた答えなの?」
「まさか。俺一人でこんなことを考えたのなら、失敗なんかしてないさ。エリゼやアリーシャ。それにフィア、シャルロッテも。それに父さん母さん……まあ、一応アラム……あ、姉のことな? その他大勢……たくさんの人と触れ合ってきた。表面だけをなぞるような交流じゃなくて、同じ時間を過ごして、思い出を積み重ねることで……深い交流を重ねることで、考えが変わったんだと思う。だから、なんていうか……」
胸の中の言葉を思いつくまま吐き出しているので、うまく言葉にならない。
支離滅裂な文章だ。
それでも。
想いを、思いを紡ぐ。
「俺は、みんなのために戦いたい。それが強くなる目的かな」
「……そっか」
俺の考えを理解したというように、シャルロッテはにっこりと笑う。
それはとても綺麗な笑みだった。
思わずドキドキしてしまう。
「ありがと。レンのこと、今までよりも理解できた気がするわ」
「今まで以上に理解して……どうするんだ?」
「さあ……どうしようかしら?」
いたずらっ子のようにシャルロッテがニヤリとした。
それから、枕に頭を乗せて仰向けになる。
「そろそろ寝ましょう。夜更かしは美容の天敵よ」
「あ、ああ……」
「おやすみ、レン」
「……おやすみ、シャルロッテ」
色々と思うところはあるものの……
今は目を閉じて、安らぎに身を任せることにした。




