85話 それもアリ
決闘から5分……
あれだけ痛烈な一撃を叩き込んだのに、クラリッサさんは何事もないように動けるようになっていた。
化け物か。
クラリッサさんが、魔神だったりしないだろうな?
そうだとしても、俺は驚かない自信があるぞ。
そんなバカなことを考えつつ……
場所を屋敷内に戻して、改めて話をすることになった。
その結果……
シャルロッテの願いが全面的に聞き入れられて、お見合いは撤回されることになった。
どうやら、俺はクラリッサさんの目に叶ったらしい。
俺という相手がいるのならば、無理にお見合いをすることはない。
むしろ、願ったり叶ったり。
絶対に俺を逃さないように、とクラリッサさんはマジ顔で娘にアドバイスをしていた。
シャルロッテも真剣な顔をして、そのアドバイスを聞いていた。
12歳の子供を逃がすなとか捕まえておくとか、そういう話はしないでほしい。
するとしても、せめて本人のいないところでしてほしい。
こうして、俺はクラリッサさんに認められて……
見事、シャルロッテの彼氏役を務めることに成功した。
――――――――――
「うまくいったことは喜ぶべきことなんだけど……なんで、こうなるかなあ」
窓の外は暗く、すでに陽が暮れている。
それなのに、俺は未だにシャルロッテの実家を後にしていない。
せっかくだから夕食を一緒に……
と滞在時間が伸びて。
なぜか風呂にまで入ることになって、気がつけば夜遅い時間。
こんな時間に外を歩くのは危ないと言われて、ぜひぜひ、泊まっていってほしいと言われてしまった。
別に危ないなんてことは思わないが……
クラリッサさんの好意を無下にするのも申し訳なく、そのまま泊まることにした。
「今になって考えてみると、これ、クラリッサさんの策略じゃないか?」
同じ家で過ごさせることで、俺とシャルロッテの仲を進展させようとしている気がしてならない。
「おっ?」
あれこれと考えていると、コンコンとノックが響いた。
どうぞ、と返事をすると、扉が開いてシャルロッテが姿を見せた。
いつもの制服でもなく私服でもなく、ピンクのパジャマだ。
ところどころにフリルがついていて、わりと少女趣味だ。
まあ、シャルロッテはまだ14なのだから、そんな趣味でもおかしくはないが……
けっこう似合っていて、普通にかわいい。
いかん。
ちょっとドキドキしてきたぞ。
「ちょっと話をしたいのだけど、まだ起きていた?」
「ああ、大丈夫。のんびりしてたところ。話っていうのは?」
「ひとまず、お礼を言っておこうと思ってね。ありがと。レンのおかげで、母さまを説得することができたわ」
「どういたしまして」
ウィンウィンの関係なので、別に礼を言う必要はないのだけど……
シャルロッテは、けっこう律儀なところがあるんだよな。
「あんな上機嫌な母さま、すごく久しぶりに見たわ。ううん、ひょっとしたら初めてかも……? よっぽどレンのことを気に入ったみたいね」
「そうなのか?」
「母さまも男嫌いだもの。年齢に関わらず、仇敵のように扱っているわよ」
「それはまた……」
「そんな母さまが、男を家に泊めるなんて……今までにないことよ? あたしの彼氏っていうところも影響しているんだろうけど、それ以上に、レンのことをとても気に入ったんでしょうね」
「俺、そんなに気に入られるようなことをしたかな……?」
おもいきり倒してしまったのだから、逆に嫌われそうな気もするが。
そんな心配を口にすると、シャルロッテは、ないないと笑い飛ばす。
「母さま、ああ見えて体育会系なところがあるから。純粋に、強い人には敬意を払うし、きちんと接するのよ。母さまが負けるのなんて、それこそ初めてかもしれないから……それだけの力を持つレンのことをすごく気に入ったんだと思うわ。あたしの相手として十分だし、絶対に逃がすな、って言われているもの」
「アグレッシブな母親だなあ」
こんな世の中だから、強い女性が出てくるのは当たり前なのかもしれないが……
それにしても、クラリッサさんはワイルドすぎる。
そうでなければ、貴族なんて務まらないのか……
あるいは、ダメな夫ができたという、今までの経験がそうさせているのかもしれないな。
「これからレンは覚悟した方がいいかもね」
「なにその不穏な言葉」
「母さまは、一度狙いを定めた獲物は絶対に逃したことがないの。これから先、絶対にあたしとくっつけようとするでしょうね」
「おいおいおい……俺、ただのフリなんだけど」
「そうね」
「そうね、って……シャルロッテは落ち着いているなあ。どんどん事が大きくなってきているのに、大丈夫なのか? このままだと、本気で俺とくっつくことになるかもしれないんだぞ?」
「んー……まあ、それもアリなんじゃない?」
「えっ」
予想外の言葉がシャルロッテの口から飛び出して、思わずフリーズしてしまう。
最初は冗談なのかと思うが……
シャルロッテは、至って真面目な顔をしていた。
「あたし、レンのこと嫌いじゃないわよ?」
「え? いや、あの……」
「好きっていうのはよくわからないけど……でも、うん。レンなら一緒になってもいいかな、とは思うわね。真面目だし、きちんとしているし……男とは思えないくらい、良いヤツね。それに魔法も使えて、力も申し分ないわ」
「ありがとう……?」
「レンって、気づいてないのかもしれないけど、学院ではかなりの女子に狙われているわよ? 性格が良くてかわいくて男なのに魔法も使えて……すごい優良物件だもの。そんなレンなら、あたしも文句はないわ」
「あのな……」
人をお買い得品みたいに言わないでほしい。
恋っていうものは、そういうものじゃないだろう?
もっとこう、甘酸っぱい経験をするというか……
シャルロッテを諭そうとするのだけど……
俺自身、前世を含めて恋の経験がゼロだ。
なので説得するための言葉が出てこなくて、なにも言えなくなってしまう。
「それで……シャルロッテは、そんな話をするためにここへ?」
「違うわよ。ちゃんとした目的があるわ。まあ、半分忘れていたのだけど」
忘れていたのかよ!
「よいしょ、っと」
なぜか、シャルロッテは客室にセットされているベッドに座る。
そして、どこからともなく自分専用らしき枕を取り出して置いた。
「これでよし!」
「えっと……シャルロッテさん? なにをしているのかな? そこは、俺が寝るところなんだけど……」
「だから、こうして枕を持ってきたんじゃない」
「話が見えないんだけど……」
「ふふんっ、光栄に思いなさい! 今夜は、この超絶美少女のシャルロッテちゃんが一緒に寝てあげるわ!」




