84話 VSクラリッサ・その2
「うそぉ……」
第3位の魔法だぞ?
俺でも、まともに喰らえば10分は動けないぞ?
それなのに、クラリッサさんはわずか数分で脱出してしまう。
「……あっ、そうだ!」
驚きのあまり忘れていたけれど、もう5分は経っているはずだ。
「5分、経ちましたよね? この勝負、俺の勝ちです」
「……」
「文句なんてありませんよね? まさか、前言撤回なんてしませんよね?」
「……」
「これで、シャルロッテにふさわしい相手と認めてくれますよね?」
「……ええ、そうですね。認めましょう」
クラリッサさんは静かな声で言う。
ただ、妙な迫力を感じた。
例えるなら、嵐の前の静けさというか……
ピリピリと空気が震えているような気がした。
「その若さで、これほどの力を持つなんて……すばらしいですね。親バカと呼ばれるかもしれませんが、さすがシャルロッテ。レン君を見出すことができるなんて、すばらしいですよ」
よかった。
ちゃんと認めてくれたみたいだ。
これで終わり……なんて思っていたのだけど。
「ですが……戦いはまだ終わりではありません!」
「え? でも、5分は過ぎて……」
「シャルロッテにふさわしい相手であることは認めましたが、私個人としては、負けを認めていません。認めたくありません。なので、きちんとした決着をつけることにしましょう」
うわっ、この人、相当な負けず嫌いだ!?
さすがシャルロッテの母親!
「それに、これほどの力を持つ相手に出会えるなんて、何年ぶりでしょうか……ふふふっ、うふふふふふ♪ 素敵です、すばらしいです。心が踊ります♪」
ニヤリ、とクラリッサさんが笑う。
その顔は、純粋に戦いを楽しんでいるもので……
やばい。
この人、生粋のバトルマニアだ。
シャルロッテが言った、『狂戦士』の意味をようやく理解した。
「さあ、いきますよ!」
「ちょっ……!?」
止める間もなく、クラリッサさんが再び攻撃をしかけてきた。
使われた魔法は、第9位の『紅蓮牙<イグニートストライク>』だ。
ただし……全部で8。
8つの炎が吹き荒れて、上下左右から食らいついてきた。
逃げ場は完全に塞がれている。
避けることは不可能。
かといって、受け止めることも難しい。
第10位の魔法の同時使用で、あれだけの威力が出ていたのだ。
それ以上の攻撃を防ぐとなると、それ相応の準備が必要になる。
「転移<ジャンプ>!」
空間と空間を歪曲して、繋げて……細かい説明は省略!
瞬間移動魔法でクラリッサさんの背後に跳んで、攻撃を避けた。
「なっ!? 消えた!? いったい、どのような魔法を……!」
「うそっ!? 転移魔法!? そんなもの、宮廷魔法使いだって使えないのに!? まだ理論が不完全で、完成していないはずの魔法なのに……そんなものを、どうしてレンが……」
母娘が揃って驚いていた。
転移魔法はまだ完成していないのか。
二人の態度を見ることで、打開策……というか、クラリッサさんを完全に打ち負かす方法が思い浮かんできた。
既存の魔法を叩き込んでも、ことごとくを防ぎそうな気がする。
そんな予感を覚えてしまうくらいに、今のクラリッサさんは強敵だ。
ならば、まだこの時代で確立されていない魔法……あるいは、失われた魔法などをぶつければ?
賭けてみる価値はあるな。
「大地捕縛陣<アースバインド>!」
地面が隆起して、檻のようになってクラリッサさんを飲み込む。
これは既存の魔法で、誰もが知っているだろう。
クラリッサさんの周囲に魔法陣が壁のように展開した。
隆起した大地が阻まれて、拘束することができない。
しかし、これは予想通りの展開。
クラリッサさんを拘束することはできなくても、次の魔法を唱える時間を与えないという目的は達した。
「大地捕縛陣<アースバインド>×3!」
同じ魔法を唱える。
ただし、同時に三つ。
「なっ!?」
「うそ!? どうしてレンが……!?」
クラリッサさんが目を大きくした。
観戦しているシャルロッテも唖然とした。
二人のとっておきである遅延魔法を使ったのだから、驚くのも無理はない。
それでも、さすがというべきか。
クラリッサさんは瞬時に動揺を収めて、魔法陣を展開する。
三重に食らいついてくる魔法に苦戦しているものの、それでも、決定的な一打とはならない。
しかし、これも予想通りの展開だ。
敵の技を借りて倒せるほど、クラリッサさんは甘い相手ではない。
対処不可能な未知の技をぶつけないといけない。
クラリッサさんの動きを止めたところで、とっておきを放つ。
「漆黒紋<イクリプスクラスター>!」
闇属性の第3位の魔法。
空に漆黒の月が浮かび上がる。
三日月から半月へ。
そして、半月から満月へ。
瞬間、世界が漆黒に染まる。
ガッ!!!
闇が弾けて、破壊の嵐が吹き荒れる。
クラリッサさんは咄嗟に防御魔法を唱えていたみたいだけど……
その上から強烈な一撃が叩き込まれる。
全てを防ぐことはできず、クラリッサさんの体が吹き飛ばされた。
地面をゴロゴロと転がり……
かなり遠くに飛んだところで止まる。
「うっ……こ、この威力は……」
しぶといというか……
クラリッサさんはまだ意識があった。
わりと本気の一撃だったのだけど、それを耐え抜くなんて……改めて、クラリッサさんの化け物じみた力を思い知る。
しかし、さすがに戦闘を続行するだけの力は残っていないらしく……
何度か立ち上がろうとして、失敗して……やがて、諦めたような吐息をこぼした。
「ふう……負けました。私の完敗のようですね」
「やった。なんとか……」
「やったぁあああああっ!!!」
シャルロッテが俺以上の喜びを見せて、おもいきり抱きついてきた。
「ちょっ!? 近いっ、シャルロッテ、近いから!?」
「あはははっ、あの母さまに勝つなんて、レンはすごいのね! 見直したわ! さすが、あたしのライバル!」
俺の声なんて聞こえていない様子で、シャルロッテはしばらくの間、笑顔ではしゃぐのだった。




