82話 クラリッサの試練
驚いたことに、ブリューナク家の屋敷には魔法の訓練場があるらしい。
学院にある訓練場をコンパクトにしたような感じだろうか?
結界まで展開されるという優れものだ。
こんな施設を個人で所有しているなんて……
シャルロッテは、思っていた以上にすごいお嬢様なのかもしれない。
そんなことを移動中に本人に話してみると……
「まあ、家を褒められて悪い気はしないけど……でも、それはあたし個人の力で成し遂げたものじゃないから」
なんて、謙虚な話をされた。
こういう意外なところがちょくちょく見つかるんだよな。
「でも、将来、あたしが建てる家の方がすごいわよ! この屋敷よりも、もっともっとすごい家を建てる予定なんだから! ふふんっ」
しっかりと偉そうにするところも忘れず、残念なオチがつくところもシャルロッテらしい。
「さて……ここでレン君の力を試させてもらいます」
学院の入学試験のように、魔法を披露するのだろうか?
でも、対象となる人形が見当たらない。
ならば、対人戦を行うのだろうか?
でも、俺達以外に誰もいない。
「えっと……力を試すといっても、なにをするんですか?」
「実際に戦ってもらい、その実力を測らせてもらいます」
「その相手はどこに?」
「ここにいますよ」
クラリッサさんは、どこか自信にあふれる顔をしながら……自らを指さしてみせた。
なるほど。
つまり、俺はクラリッサさんと戦うわけか。
「って……えええええぇっ!!!?」
思わず大きな声をあげてしまう。
だって、仕方ないだろう?
恋人のフリをして挨拶にきたら、彼女の母親と戦うことになるなんて……
そんな展開、誰が予想できるものか。
「どうしたのですか。なぜ、驚いて?」
「そりゃ驚きますよ。なんで、クラリッサさんと戦わないといけないんですか……?」
「言ったでしょう。レン君の力を見たいと」
「だからといって、自ら戦おうとしなくても……こういうのって、他の人に任せるのが普通じゃありません?」
「私は他人をあまり信用していません。それに、こういう大事なことは、自らの目でしっかりと確かめないと気がすみません。故に、私が戦うのです」
「なるほど……なるほど?」
わかるようなわからないような……微妙な理屈だ。
「なあ……シャルロッテの母親って、ちょっと変わってないか?」
小声でシャルロッテに問いかけた。
しかし、返事はない。
怪訝に思い、その顔を見てみると……
「あわわわ……」
シャルロッテは青い顔をして、カタカタと震えていた。
なんだ、これは?
怯えている?
あのシャルロッテが?
「レン……恋人ができました報告作戦、やっぱりやめましょう」
いきなりどうした。
あと、そんなダサい作戦名だったのか?
「母さまを相手にするなんて無茶よ……おとなしく本当のことを話して、試合はなしにしてもらいましょう」
「どうしたんだ? もしかして、臆したのか?」
「そうね……そのとおりよ」
ちょっとからかうつもりだったのだけど、まさかの肯定。
本当にどうしたんだ?
いつもの自信たっぷりのシャルロッテらしくないが……
「母さまは、ああ見えて国でも有数の魔法の使い手なの。使えない魔法はないと言われていて、あたしの遅延魔法も母さまから教わったものなの」
「なるほど。それは……」
実に興味深い。
それほどまでの力を持つのならば、一度、手合わせをしてみたい。
シャルロッテは戦わない方がいいと考えているみたいだが、それは逆効果だ。
俺の好奇心を煽り、その力を見てみたくなる。
「レンは、もしかして戦うつもり?」
「そのつもりだけど?」
「やめておきなさいって! いくらレンでも、母さまに勝てるわけがないわ。母さまは本当にとんでもないのよ?」
「具体的に、どうとんでもないんだ?」
「例を一つあげると……あたしは遅延魔法でストックできる魔法は、最大で9。でも、母さまは100を越える魔法をストックできるわ」
「おおう、それは……」
単純計算で、シャルロッテの11倍の強さだろうか?
そんな単純に計れるものではないから、もっと強いのかもしれない。
「あと、母さまは『狂戦士』なんて呼ばれていたことがあるわ」
「ずいぶんと物騒な名だな」
「戦いになると、性格が変わっちゃうのよ。とんでもないバトルマニアで、レンみたいな強い人を見つけると、ものすごい笑顔で戦うわ」
「ほうほう」
「公式、非公式な戦いで連戦連勝。負け知らず。1万人を倒してきたと言われているわ。さすがに相手が悪すぎよ。今回はやめておきましょう」
「だが断る」
「えぇ!?」
「そんなことを言われたら、逆に戦ってみたくなるじゃないか」
「レンはどういう思考をしているの!? あたしの言っていること、全部本当のことよ!? ウソでもないし、誇張もしていないのよ!?」
「わかってるよ。シャルロッテはウソをつくヤツじゃないからな」
「なら、どうして……」
強者と戦うことで、色々と得られるものがある。
より高みへ登ることができる。
そんな理由もあるのだけど、それ以上に……
「ここでやめたりしたら、シャルロッテが困るだろう?」
「え……?」
「見合い、なんとかしたいんだろ?」
「そ、それはそうだけど……でも、だからといってレンを母さまと戦わせるなんて、さすがに無理が……」
「無理じゃないさ」
「なによ……その自信はどこからくるの?」
「男は情けない、って思われてるかもしれないけど……でも、男にもそれなりの意地はあるんだ。女の子の前では格好つけたいものなんだよ」
「……」
シャルロッテがぽかんとした。
驚いているらしく、なにも言葉が出てこないみたいだ。
「安心してくれ。なんとかしてみせるから」
俺は軽く手を振り、クラリッサさんのところへ向かう。
「レンっ!」
その途中で、背中に声をかけられた。
振り返ると、シャルロッテがじっとこちらを見つめている。
「……勝ちなさいよ。レンは、あたしが倒すんだから……だから、他の人に負けたら絶対に許さないんだからね!」
「わかった。その約束、守るよ」
負けられない理由が一つ、追加されたな。
がんばろう。




