76話 魔法衰退の真実
「この目で確かめたわけじゃないけどね。あれはもう、アウトだったと思うよ」
「そんなにひどい状況に陥っていたのか?」
「ひどいなんてものじゃないね。悲惨そのものだったかな」
魔神が復活した後、九つあった国は全て壊滅したという。
人が絶滅したわけではないけれど、社会という概念は崩壊した。
世界が滅びたと言っても過言ではないだろう。
生き残った人類は地下に身を潜めて、魔神の脅威から逃れていたらしい。
もっとも、地殻ごと破壊される、なんていうパターンもあったらしいから、安全な場所だったとはいえない。
「で……もうこの世界はダメだ、って見切りをつけて、ボクたちは未来へ転生したわけ。キミと同じように……ね」
「俺は強くなるためだったんだが……まあいいか。それで?」
「うん?」
「その後は?」
魔神が復活して、世界が滅びて……
その後、人はどうなったのか?
魔神は?
今の世を見る限り、世界が滅びたなんて思えない。
そんな記述、どの歴史書を見ても書かれていない。
450年。
長いといえば長いが、今まで築いてきた人の歴史から考えると、ほんの一部だ。
世界が滅びたなんていう大事件、誰にも語り継がれていないなんてこと、普通に考えてありえないし……
450年程度で、世界がここまで復興するとは思えない。
あと、魔神の存在だ。
現代に魔神の存在はない。
知識として記述されていることもない。
450年前に世界を滅ぼした魔神は、どこへ消えたのか?
色々と謎は残る。
「んー……そこら辺はわからないんだよね」
「はあ?」
「ボクも450年前に転生したから、その先のことはわからないの。魔神はどうなったのか? なんで、世界はこんなにも発展しているのか? そこら辺はサッパリだね」
「期待をもたせて……」
「ただ、一つだけ。キミの疑問に答えられると思うよ」
「それは?」
「魔法が衰退している理由」
「……わかるのか?」
「推理になるけどね。でも、ほぼほぼ間違いないと思うよ」
メルはどことなく得意そうな顔をした。
一歩上の知識を持つことがうれしいのかもしれない。
「簡単な話だよ。450年前に、世界は一度滅びた。今まで積み重ねてきたものがバラバラに崩れた。人の歴史、技術、知識……全てがリセットされた。当然、その中に魔法技術も含まれている」
「だから、魔法技術が衰退した……と?」
「ボクはそう見ているかな。450年前に、魔法技術は大きく後退した。そこから再び前に進み始めて……そして、今に至る。そう考えると、今の魔法のレベルはちょうどいいんだよ。ゼロから始めて、450年、技術を積み重ねてきたと考えると……だいたい、今くらいのレベルに落ち着くんじゃないかな?」
「そうだな……確かに」
納得のいく話だった。
一度、魔法技術が失われてしまったと考えれば、衰退していることを説明できる。
「でも、男が魔法を使えないのはどうしてなんだ?」
「うーん、そこは謎かなあ。誰かが昔の資料を参考にして、再び魔法の技術を組み立てていったと思うんだけど……その際に、なにかしらのトラブルが起きたのか。あるいは、意図的なものなのか。なにかが起きて、男は使えないような魔法理論を組み立てた。ボクはそう睨んでいるよ」
「結局、謎のままか」
謎が解決されたと思ったら、新しい謎が飛び込んでくる。
頭が痛い。
「ただ、他は謎なんだよね。450年でここまで文明が発達するとは思えないし……」
「それは……そうだな。細かい違いはあるが、500年前と大して変わっていない」
「あとは魔神の行方とか、なにも資料が残っていない理由とか……さっぱりだよ。わからないことの方が多いんだよね」
「そうだな……色々なことを知らされて、素直に驚いたよ」
「あの賢者を驚かせるなんて、ちょっと優越感」
「で……肝心なことを聞くぞ?」
ここからが本題だ。
「メルの目的は?」
「うん?」
「450年前のことを俺に教えて、転生者ということを打ち明けて……いったい、なにをしたいんだ? なにが目的なんだ?」
「んー、内緒♪」
「あのな……」
「冗談だよ、冗談。ここまで話をしておいて、またこんど、なんていう展開はないから」
本気で言っているような気もする。
こうして話をしているとわかるが……
メルは、意外と質が悪い性格をしているのかもしれない。
「私の目的は……」
焦らすような間を置いて、メルはゆっくりと口を開く。
「世界を救うことだよ」
まっすぐな目をして……
メルは、しっかりとした口調でそう言った。
「……大きく出たな」
「冗談とかじゃないからね? 本気だよ」
「わかっているよ、それくらいは」
メルの瞳を見れば、本気なのはわかる。
「450年前の地獄を経験した身としては、あんなことを繰り返したらいけないって思うんだよね……絶対に。450年前に魔神のことを知っていたのも、ボクがそういう役職についていたからで……世界を救う、っていう目的は昔から変わってないんだ。魔神の脅威が消えた、なんて楽観的に考えることはできないし……地獄が再来するようなことは避けたい」
「地獄か……」
「思い返すのもイヤだから、詳細に説明はしないけど……かなりひどいものだったよ。希望なんてなにもなくて、絶望しかないような、そんな世界」
「想像するだけでげんなりするな」
「生き残ったものの使命っていうと大げさになるんだけど……二度と悲劇を繰り返さないように、努力しないといけないと思うんだ。だから、魔神がどうなったのか? そこをはっきりさせたい。もしもまだどこかで生きているとしたら、倒さないといけない。そのために、キミに協力してほしい」
メルがこちらに歩み寄り、俺の手を取る。
「キミと同じ時代に転生して、同じ学院に通うことができたのは、運が良い。というか、運命のような気がする」
「俺の行動を読んで、この学院に?」
「勘と運頼みによるところが大きいけどね。キミと出会えるとしたら、ここしかないと思っていたよ。キミなら、さらなる力を求めて学院に通うだろう……って」
俺の行動が単純なのか、メルの勘が動物のように鋭いのか……
おそらく両方だろうな。
「ボクは魔神の再来を防ぎたい。キミは魔神を倒したい。利害は一致していると思わないかい?」
「そうだな、その通りだ」
「ここは協力すべきだと思うんだ。どうかな? ボクと一緒に、いざという時は魔神に立ち向かってくれないかな?」
メルが手を差し出してきた。
俺はその手を……
「よろしくな」
しっかりと握った。
「あっ」
「なんで驚いているんだよ?」
「いやー。まさか、こんなにすんなりと協力してもらえることになるなんて。俺は一人が好きなんだ、とかなんとか言われて、最初は断られると思っていたんだよね」
「そんなことはしないぞ?」
共通の敵がいるのに、手を組まない理由がない。
敵が長年の宿敵とか憎い仇とか、そういう場合だったら別かもしれないが。
本音を言うと、魔神は一人で倒したいという思いがある。
前世からの目標だった。
俺のつまらないプライドだ。
でも、メルの話を聞いて考えが変わった。
魔神は決して放置できない存在だ。
プライドを気にしている場合じゃない。
倒す可能性を少しでもあげるために、仲間は多ければ多いほどいい。
「よろしくね。これからボク達は、同じ志を持つ仲間だ」
「ああ、よろしくな」
笑顔で握手を交わした。




