74話 過去を知る者
誰がどう間違えたのかわからないけれど、酒が持ち込まれたことで、みんな酔いつぶれてしまった。
それで祝勝会はお開きに。
そのまま放置しておくわけにはいかないので、みんなをベッドに寝かせた。
勝手に着替えさせるわけにもいかないので、制服のままだ。
シワになってしまうかもしれないが、そこは勘弁してほしい。
ベッドは余っているので、シャルロッテも寝かせておいた。
ルームメイトに引き取りに来てもらってもよかったのだけど、もう遅いので、手間をかけさせるのも悪い。
「ふう」
みんなをベッドに寝かせて……
祝勝会の後片付けをして……
全部終わったところで、俺は屋上に移動して、一人夜風を浴びていた。
風が涼しくて気持ちいい。
「あー……俺も、ちょっとは酔ったのかもしれないな」
体がぽかぽかする。
ふわふわするような感じがした。
転生する前も、転生した後も、酒を飲んだことはない。
今回が初めてだ。
「これが酒か……けっこう悪くないものだな」
ほろ酔い気分ということなのか?
なかなか心地良い。
みんなと一緒にいると、戦うことだけではなくて、こういう新発見もある。
新鮮な気分だ。
「まあ、まだ子供だから、ホントは酒はまずいんだけどな」
今日は事故ということで、勘弁してもらおう。
「こんばんは」
そろそろ戻ろうか?
そんなことを思い始めた時、俺以外の声がした。
聞き覚えのある声だ。
つい最近……魔法大会の舞台の上で聞いた。
「……メル・ティアーズ……」
決勝で激突した相手がそこにいた。
「いい夜だね。風が気持ちいい」
「……」
「ん? どうしたの? ひょっとして、ボクの言葉が聞こえない?」
「いや……ちゃんと聞こえてる」
「そう。よかった。あなたの耳がおかしくなったのではないかと、心配したよ」
そう言うメルは、決勝戦の舞台と変わらず無表情だった。
無表情でそんなことを言われるものだから、一瞬、からかわれているのだろうか? なんてことを思ってしまう。
「こんなところで、なにをしているのかな?」
「ちょっと夜風に当たりたい気分だったんだ」
「そうなんだ。てっきり、酔った体を冷ますためかと思ったよ」
「なんでそのことを……!?」
「おや? 適当言ったのだけど、当たりだったのか。ダメだよ。君は今は子供だ。酒はまだ早い。まあ、優勝をうれしく思う気持ちはわからなくはないけどね」
無表情なのは変わらないけれど、意外と饒舌だった。
わりとおしゃべりが好きなのかも……いや、待て。
今、なんて言った?
『君は今は子供だ』……確かに、そう言ったな?
今は、というのはどういう意味だ。
その言い方だと、まるで、俺が子供でない時があったことを知っている、という風にとれるじゃないか。
「ふふっ」
こちらの戸惑いを読んでいるかのように、メルは不敵な笑みを浮かべた。
「きっと、あなたは今、こう考えているだろうね。この究極的に超絶かわいい美少女のメルさまは、いったい何者なんだろう……とね」
「美少女うんぬんのくだりはハズレだが……まあ、間違ってはいない」
「おや、そこを否定するのかい? 傷つくなあ」
なんてことを言いながらも、やはりメルは無表情だった。
「メル・ティアーズ。あんたは、俺のことを知っているのか?」
「知っているよ」
即答だった。
「遥か昔……500年前、魔王を倒して世界を救った英雄」
「っ!?」
「それだけではなくて、数々の偉業を成し遂げてきた。人々から賢者と呼ばれていた。その力は圧倒的で、誰も彼に敵うことはない。しかし、突如、人々の前から姿を消してしまった。死んだわけでもなく、その存在が幻だったかのように、突然消えた。以来、彼の姿を見かける者はいなかった。誰もいなかった……つい最近までは、ね」
ここまで聞かされたら、もう間違いない。
メルは俺の前世を知っている。
俺が転生したことを知っている。
いったい何者だ……?
魔法大会決勝で見せた、あの力。
相当なものだった。
あれで本気なのか?
それはまだわからない。
ひょっとしたら、まだ隠し玉があるかもしれない。
余力を残していたかもしれない。
味方ならいい。
しかし、敵だとしたら……
「そんなに警戒しないでほしいな」
「警戒するな、という方が無理じゃないか?」
突然、俺の前世を知る者が現れた。
しかも、そいつは強大な力を持っていて、なおかつ、正体不明ときた。
警戒するなという方がおかしい。
「ふむ。それもそうだね。なら、ボクなりの誠意を見せることにしよう」
メルはどこからともなく、麻を編み込まれて作られたロープを取り出した。
なぜか、それを自分の体に巻き付けていく。
それも、なんていうか……卑猥な感じで。
「ちょっ!? な、なにをしているんだ!?」
「うん? 無害さをアピールしているんだ」
「なんで!?」
「こうして縛っておけば、ボクはすぐに動くことはできない。つまり、戦いになればキミが圧倒的に有利だ。これが、ボクの誠意の示し方だ」
「そんな示し方があってたまるか!?」
こいつ、ふざけているのか?
それとも、マジなのか?
表情が変わらないから、どう判断していいか、非常に困る。
「ふむ。では、自分の手でボクを縛りたいと?」
「違う!」
「キミはマニアックだなあ。その歳で緊縛趣味に目覚めているなんて」
「人の話を聞け!」
「ふふっ、冗談だよ」
つ、疲れる……
メルはいつも無表情だけど、その中身はいたずら大好きな子供のようだ。
「ボクとしては、誠意を見せるためなら、本気で縛られてもいいと思っていたのだけど……まあ、ボクに対する警戒を解いてくれたから、結果的にはこれでよしとしようか」
「すっとんきょうなことを言うメルを警戒するのがバカバカしくなっただけだ。でも、まだ信用はしていないからな? うさんくさいと思っている」
「それでいいよ。いきなり人を信用するなんて、その方が逆に怪しいからね」
「で……いい加減、本題に入ってくれないか? メルは俺に会いに来たんだろう? 偶然、屋上に来たというわけじゃないはずだ。何の用だ?」
「話をしたい」
「話?」
「そう……この失われた500年の話をしたい」
「っ」
「まずは、先にボクの正体を明かしておこう。ボクは……転生者だ」




