70話 勝ちなさいよ
「ちょっと、どういうことなのよ!?」
試合が終わり……
決勝戦が行われるまでの間、控室で休んでいると、シャルロッテが突撃してきた。
なにやら、シャルロッテは興奮していて息が荒い。
いったい、どうしたんだ?
「なんで、レンが闇属性の魔法を使えるのよ!?」
どうやら、俺が闇属性の魔法を使ったことに対して、問い詰めにきたらしい。
まあ、気持ちはわかる。
人には扱うことはできない、って言われていたからな。
「あー……色々とあったんだよ」
「色々ってなによ? っていうか、どうやって使っているの? あたしにも使えるの? 教えなさい!」
こんな時でも偉そうなスタイルを貫くシャルロッテだった。
試合に負けたっていうのに、元気だなあ。
「まあ、教えてもいいんだけど……」
「ホント!? レンっていいやつねっ♪」
現金な子だった。
「また今度でいいか? これから決勝戦だから」
「約束よ? ちゃんと教えなさいよ」
「シャルロッテの遅延魔法や同時詠唱も教えてほしいんだけど……」
「うーん、あれはあたしのホントの奥の手だから……まあ、考えといてあげる」
いざとなれば盗み見て覚えることにしよう。
そんなことを決意する俺だった。
そんなやりとりをしている間に、大会の進行係がやってきて、決勝戦が始まることを告げられた。
「それじゃあ、俺は行くよ」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
「うん?」
不思議そうに振り返ると……
すぐ目の前にシャルロッテの顔が。
じーっと、俺のことを見つめてくる。
「な、なんだ……?」
「あたしに勝ったんだから、このまま優勝しなさいよ? 負けるなんて、許さないんだからっ」
とん、と俺の胸を軽く叩いて……
にーっと笑う。
シャルロッテなりに激励してくれているみたいだ。
力が湧いてくるような気がした。
どんな相手でも負ける気がしない。
「ああ、任せろ」
「その意気よ!」
――――――――――
魔法大会三日目……決勝戦。
この日、新入生の中で一番強い魔法使いが決められる。
会場はたくさんの学生や来場者で埋め尽くされていて、歓声が飛び交っていた。
盛り上がりは最高潮。
普通なら緊張してしまいそうだけど……
不思議とそんなことはなくて、むしろ、決勝戦を楽しみにしていた。
決勝戦の相手は知らない子だ。
名前も聞いたことがない。
どんな魔法を使うのか?
アリーシャやシャルロッテのように、俺の知らない技術、戦術を使うのか?
そのことを考えると、わくわくしてきた。
ひょっとしたら、俺はバトルマニアなのかもしれない。
そんなことを考えながら、舞台に上がる。
「……」
舞台で対峙したのは、俺より二つ上くらいの女の子だった。
やたらと長い髪は頭の横でリボンでまとめられている。
いわゆるツインテールというやつだ。
それでもまとめきれず、毛先が地面に届いてしまうほどに長い。
どちらかというと小柄な方で、背も低い。
ちゃんと食べているのだろうか?
とついつい心配になってしまうような体型だ。
それでも年上と判断したのは、なんというか……わがままなスタイルをしているからだ。
出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
トランジスタグラマーというやつか?
幼さが残り、大人へと成長しつつある顔は、素直にかわいらしいと思う。
どことなくぼーっとしていて、なにを考えているか読めないところがあるが……
紛れもない美少女だ。
魔法使いを志す女の子は、みんな美少女なのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えてしまう。
「あなたが、レン・ストライン?」
無表情のまま、彼女が口を開いた。
透き通るような綺麗な声だ。
「そうだけど、なんで俺の名前を?」
「自分が有名人だということを自覚した方がいいよ。男なのに魔法が使えて、その上、成績優秀。すぐに噂になったよ」
なるほど。
そういう類の話は気にしたことがなかったから、知らなかった。
彼女のことはクラスで見たことがないから……
中位クラスの『シルカード』か上位クラスの『マーセナル』の所属なのだろう。
他所のクラスまで、俺の噂が届いているのか。
喜ぶべきなのか、面倒なことにならなければいいな、と祈るべきなのか。
微妙な気分だ。
「今日は楽しみ。あなたとは、一度、戦いたいと思っていた」
「そうなのか?」
「ガナスとは思えない力の持ち主と聞いている。だから、楽しみにしている」
「……もしかして、戦うのが楽しみ、っていう趣味?」
「否定はしない」
驚きだ。
かわいい顔をして、バトルマニアだったとは。
とはいえ、その趣味を否定するつもりはないし、むしろ共感できるところがある。
どちらかというと、俺もバトルマニアだ。
戦うことは嫌いじゃないし、自分の力を証明することは好きだ。
どれだけ成長したのか、っていう実感が湧いてくるからな。
「楽しい試合にしよう」
無表情でそんなことを言うものだから、妙な迫力がある。
でも、よくよく見てみると、わずかに笑っているような気がした。
わかりにくいだけで、ちゃんと感情は表現されているらしい。
「その前に、いいか?」
「なに?」
「名前を聞かせてくれないか? 俺の名前だけ知られているなんて、なんか不公平だ」
「あ。ごめん。そういえば、自己紹介をしていなかったね。失礼」
ぺこりと頭を下げる。
素直な子なのかもしれない。
「ボクは、メル・ティアーズ。女の子。14歳。マーセナル所属。得意な魔法は……おっと、それは秘密だよ。これから戦うのに、自分の手を教えるわけにはいかないからね」
「自分で勝手に言いそうになっただけなのに……まあ、いいや。わかった、ティアーズだな?」
「メルでいいよ」
「わかった。なら、メルで」
「うん、よろしい」
独特のテンポを持つ子だなあ。
こうして話をしていると、毒気を抜かれてしまうというか、これから戦いをするとは思えない雰囲気になってしまう。
「君たち、そろそろいいか?」
審判の先生が焦れた様子で、そう尋ねてきた。
「あ、はい。大丈夫です、すみません」
「ごめん」
すごいな、メルは。
先生相手にも口調が変わらないよ。
ただ、メルのそういうところは教師の間でも知られているらしく、なにも反応はない。
教師公認なのか、それとも諦められているのか。
判断しづらいところだ。
「では、これより決勝戦を始める!」
先生の言葉で、会場がワッと湧いた。
すさまじい熱気だ。
それだけ、この試合を楽しみにしている人がいるんだろう。
そんな熱気が渦巻く中、俺とメルはわずかに構えをとり、対峙する。
一見すると、メルはぼーっとしているように見えるが……
その瞳の奥には、隠しきれない闘志が宿っていた。
見た目で判断していたら、痛い目に遭っていただろう。
「楽しい試合になることを祈るよ」
「俺もな」
「……かつて世界を救い、賢者と呼ばれた人の力、見せてね」
「なにっ!?」
俺の前世を知るような言葉がメルの口から飛び出して、思わず動揺してしまう。
その間に……
「決勝戦、始め!」
試合が始まってしまう。




