7話 家庭教師
アラムとの試合……そして、母さんに稽古をつけてもらった日から、数日が経っていた。
俺は、母さんから借りた魔法の書物を自室に持ち込み、勉強をしていた。
あの日のことがきっかけで、魔法の才能があるかもしれないということで、俺は男でありながら魔法の勉強をすることを許された。
むしろ、積極的に勉強するように勧められた。
前代未聞の男の魔法使いが誕生するかもしれないと、父さんと母さんは喜んでいた。
元よりそのつもりなので、何も問題はない。
家にある魔法書が読み放題になって、うれしい限りだ。
しかし……
「まいったな」
今読んでいた魔法をパタンと閉じた。
そして、脇に積み上げる。
これで、目を通した魔法書は三十冊ほど。
この数日で、これだけの数の魔法書を読み込んだのだけど……
成果という成果がまるで得られない。
というのも……
「なんだ、この低レベルな魔法理論は?」
書物に書かれていた魔法理論は、どれもこれも低レベルなものだった。
間違えて子供向けのものを借りてしまったのではないかと思い、母さんに確認をしてみたのだけど……
これらの魔法書は、間違いなく大人向けの本格的なものだという。
それならばと思い、さらなる高度な魔法書を求めてみたのだけど……
やはり、結果は変わらず。
多少、レベルが向上しているだけで、低レベルな内容に変わりはなかった。
「これ、俺の時代なら子供でも内容が理解できるレベルのものだぞ。いったい、どうなっているんだ?」
あれこれと考えて……
やがて、とある結論に至る。
その結論は、なかなかに認めたくないものなのだけど……
でも、それ以外に考えられない。
「魔法のレベルが衰退しているな……」
転生をして500年。
魔法のレベルがどれだけ向上しているのか、期待したものの……
向上するどころか停滞……いや、衰退していた。
俺が使った第8位の魔法が第3位と勘違いされたのは、そのせいだろう。
「どうしてこんなことに……強くなるために転生したというのに、これじゃあ、大失敗じゃないか」
なぜかわからないが、この時代の魔法のレベルは衰退している。
そうなると、魔法書をいくら読み込んでも意味がない。
昔の……数百年前の魔法書なら意味があるかもしれないが、さすがにそんな骨董品はウチにはない。
となると、どうしたものか?
「……やっぱり、人から教えてもらうのが一番だな」
そんな結論に至り、俺は部屋を出て、母さんのところへ向かう。
「あら? どうしたのですか、レン」
母さんは執務室で仕事をしていた。
のんびりと紅茶でも飲んでくつろいでいるだけ……なんて貴族はいない。
大なり小なり、貴族というものは色々な雑務に追われているものだ。
「すみません、仕事中に。今、いいですか?」
「ええ、構いませんよ。ちょうど、休憩をいれようと思っていたところですから」
母さんはペンを置いて、俺の方を向いた。
「ちょっとお願いがあるんですけど」
「まあ、レンがお願いなんて珍しい。どうしたのですか?」
「魔法に関する家庭教師をつけてもらえませんか?」
「家庭教師を?」
「えっと……独学ではやっぱり限界があって……わからないところがあっても、質問できる相手がいませんし。なので、家庭教師などをつけてもらえたらうれしいなあ、と思って」
魔法書が低レベルすぎて役に立ちません、とはさすがに言えなかった。
「なるほど、一理ありますね……レンの場合は特殊ですし、定石通りにはいかないことも……そうですね、わかりました。お父さんと相談をして、適当な人を探してみることにします」
「本当ですか!?」
「ええ。レンには魔法の才能があるかもしれませんからね。親として、子供の才能を伸ばしてあげることは当たり前のこと。できるだけのことはしますよ」
「ありがとうございます!」
こうして、俺に魔法の家庭教師がつけられることになった。
――――――――――
「はじめまして。これから、私があなたの担当をさせていただきますね」
「よろしくおねがいします」
数日後……家庭教師が見つかり、さっそく授業が行われることになった。
家庭教師になったのは、現役の冒険者だ。
一線で活躍する魔法使いで、百を超える魔法を操るという。
本来なら、家庭教師を引き受けているヒマなんてないのだけど……
たまたま足を怪我してしまったらしく、その間は家庭教師を引き受けてくれるとのことだった。
父さんと違い、この人は現役の冒険者だ。
さすがに、あれほど低レベルな魔法理論を使っているとは思えない。
俺は期待していた。
「では、まずはテストをしましょうか」
「テストですか?」
「今のあなたが、どれくらいの知識があるのか知っておきたいんですよ」
「なるほど」
「正直なところ……男であるあなたが魔法を使えるなんて、私は信じられません。なので、その辺りを含めて、まずは色々なテストをして、あなたの実力を見極めていきたいと思います」
もっともな話だ。
「問題は私が作成しました。これを1時間以内で解いてみてください。あ、わからないところは空白で構いませんからね?」
「はい、わかりました」
「では、はじめ」
先生の合図で、俺はテストにとりかかる。
ペンを片手にテスト用紙と向き合い……
「あれ?」
違和感はすぐにやってきた。
「どうしたんですか?」
「先生、この問題おかしくないですか?」
「え?」
「ほら、ここの問題。この魔法術式の足りない部分を埋めろ、というやつです」
「えっと……これがどうかしましたか? 特におかしなところはないと思いますが……」
「いえ、おかしいですよ。ほら、ここのところ……他の部分をこうして、こうすれば……」
先生が作った問題にペンを入れる。
「ほら。こうした方が、より効率のいい術式になります。つまり、最初の問題は不適当ということに」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
先生は慌てて俺が修正したところを見た。
「……た、確かに。この方が術式が何倍も効率よくなって……」
「最初に用意された以上に効率がいい方法があるということは、この問題はおかしいですよね?」
「そ、そうですね……すいません。ちょっと失敗してしまいました」
「いえ、気にしていませんから」
もしかしたら、あえてこういう問題にしたのかもな。
問題の真意を隠して、より深い思考をさせるように仕向ける。
さすが、一線で活躍する現役の冒険者だ。
こういう勉強なら大歓迎だ。
「って、あれ?」
「ど、どうしました?」
「先生、この問題もおかしいですよ」
「えっ、また!?」
「ほら。ここの術式が……」
「うっ……」
今度は単純なミスだ。
術式の一部が別のものに入れ替わっていた。
これじゃあ、正常に魔法は発動しない。
発動したとしても、本来の威力の半分も出ないだろう。
「ここは、こうしてこうすれば……ほら、これで正解ですよね」
「な、なんていうこと……まさか、このような抜け道があるなんて……」
「先生?」
「い、いえ……なんでもありません。続きをしてください」
「はい」
ひっかけ問題が多いな。
気を抜かず、注意して挑まないと。
「あっ、またおかしなところを見つけました」
「えぇ!?」
「ほら、こことここ。あと、ここもおかしいですね」
「う、うぅ……こんな小さな子供が……それに、男なのに……どうして、これほどまでにとんでもない知識を……? わ、私の立場というものはいったい……プライドがぼろぼろですよ……」
「あっ、もう一つ、おかしなところを見つけました」
「すみませぇえええええんっ、もう許してくださぁあああああいっ!!!」
「あっ、先生!? 先生ーーーっ!!!?」
なぜか、先生は泣きながら部屋を出ていってしまった。
……結局、先生はそのまま辞めることになった。
家庭教師の話も流れてしまう。
俺、なにかしただろうか……?
21時にもう一度更新します。
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