67話 悔いのないように
魔法大会二日目が終わり……その夜。
「あふぅ……」
リビングでくつろぐエリゼは、こっくりこっくりと船をこいでいた。
「え、えと……エリゼさん、もう限界みたいですね」
「仕方ないわよ。この子、昨日は緊張してあまり眠れなかったみたいだし……それに、試合で疲れただろうから」
「眠くなんてぇ……ないですよぉ? 私、元気ですぅ……すやぁ」
「半分寝ているじゃない」
「無理しない方がいいですよ」
フィアとアリーシャが、すごく眠そうにしているエリゼを見て苦笑した。
「明日は、みんなでレンの応援をするんでしょう? ちゃんと寝ておかないと、試合中に寝ることになるわよ」
「あう……それは、嫌ですぅ……」
「なら、寝ましょう?」
「はぃ……」
アリーシャに連れられて、エリゼが寝室に消えた。
……と、コンコンと表の扉をノックする音が響いた。
フィアが小首を傾げる。
「こんな時間に、誰でしょう?」
不思議そうにしながらフィアが応対にあたり、
「しゃ、シャルロッテさま!?」
そんな驚きの声をあげた。
見ると、扉の向こうにパジャマを着たシャルロッテの姿が。
猫耳がついたフードがついていて、意外とかわいいパジャマだった。
「ど、どうしたんですか? こんな時間に……」
「ちょっと、レンを貸してほしいんだけど……もちろん、断らないわよね?」
シャルロッテは自信たっぷりの笑みを浮かべて、そんなことを口にするのだった。
――――――――――
シャルロッテに連れられて屋上に出た。
寮の屋上は花壇などが設置されていて、ちょっとした談話スペースになっている。
時間が時間なので、さすがに誰もいない。
俺とシャルロッテだけだ。
「わぁ……」
空を見上げて、シャルロッテは声を明るくした。
つられて空を見ると、夜空に星が輝いていた。
まるで、宝石を散りばめたみたいだ。
「綺麗ね」
「そうだな」
「……って、和むためにレンを呼んだわけじゃないのよ!」
本来の目的を思い出したらしい。
「じゃあ、なんのためだ? 一人は寂しいのか?」
「あたしに友達がいないような言い方、やめてくれる?」
「いたのか!?」
「いるわよ!」
ちょっとからかうと、大きな反応が返ってきた。
意外とおもしろいやつなのかもしれない。
「って、また話がそれたじゃない、もうっ」
「しっかりしてくれよ」
「あなたのせいでしょ!」
憤慨して、
「……ちょっと、二人でレンと話をしたいと思ったのよ」
シャルロッテは本題に入る。
「明日は、あたしとレンが戦うわけじゃない? だから、互いの健闘を祈りましょう、っていうか、正々堂々と戦いましょう、っていうか……まあ、そんな感じ。とにかくも、悔いのない試合をしましょう、っていうことを言っておきたかったの」
「……」
「なによ、そのぽかんとした顔は?」
「いや、驚いて。まさか、シャルロッテの口からそんな言葉が飛び出すなんて……」
「あたしに常識がないみたいに言わないでくれる?」
「そう言われてもな……自己紹介の時にいきなりかみついてきたり、子供みたいにすねられたり、勝手にライバル宣言されたり……色々あったからな」
「うぐっ」
それらの思い出はシャルロッテにとっては黒歴史らしく、恥ずかしそうな顔をした。
「あ、あれはその……レンのことをよく知らなかったから」
ごにょごにょと言い訳をする。
「あたしの周りにいた男って、誰も彼もくだらない人だったから……レンもそうなのかな、って思っても仕方ないと思わない? 仕方ないわよね! うんっ、だからあたしは悪くないわ!」
「ものすごい責任転嫁をしたな」
「……悪かったわよ」
頬を染めながら、シャルロッテは謝罪の言葉を口にした。
思えば、それは初めてのことじゃないだろうか?
「レンは、誰かのためにがんばることができる人。フィアのために、色々なことをしてくれた……そこらのくだらない男とは違う。そのことを理解できたから……だから、あの時のあたしは、浅はかな行動をしたと思うわ。ごめんなさい」
「や……そう素直に謝られると、なんていうか、落ち着かないっていうか……別にいいよ。それほど気にしてるわけじゃないから」
「そうなの? 怒っていない?」
「怒っていない」
「もしかして、あたしに惚れた?」
「なんでそんな結論になる」
この学院の女の子は、全員、色恋沙汰に飢えているのだろうか?
「とにかく、そういうことよっ!」
いつもの調子を取り戻して、シャルロッテがびしっ、と指さしてきた。
「明日を迎える前に、きちんとしておきたかったから……これで、心置きなく明日の試合に集中できるわ!」
「やっぱり怒っている、って言ったらどうするつもりなんだ?」
「え……怒っているわけ……?」
しゅん、とシャルロッテがしおれた。
テンションの落差が激しい。
笑ってはいけないのだけど……
ついつい、くすりと笑ってしまう。
「あっ、ちょっと、なんで笑っているのよ! さては、あたしをからかったわね!?」
「そんなことは……あるかもしれない」
「あるんじゃない! あーもうっ、やっぱりレンはむかつくヤツね! その力も性格も認めてあげたけど、私の方が上っていうことを、思い知らせてやるんだからっ」
胸を張り、強気にそう言う。
そんな姿の方が、シャルロッテは似合っているような気がした。
「簡単に勝てると思うなよ?」
「ふふんっ、誰にものを言っているのかしら? 天才シャルロッテちゃんに敗北の二文字はないわ!」
「この前、俺に負けたよな?」
「むぐっ……あ、あれはノーカンよ! 模擬戦だから、カウントされないの!」
「都合がいいなあ」
シャルロッテはいつもどおりなのだけど……
最初に感じていた壁は消えていた。
当たり前のように、親しみを覚えている。
「なにはともあれ」
シャルロッテが手を差し出してきて、
「明日は、お互い、悔いがないように戦いましょう」
「ああ」
その手を握り、笑みを交わした。
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