65話 フィアの心
わたしは自分に自信がありませんでした。
例えば、新しい物事に挑む時。
まず最初に思うことは、うまくできるかな? というものでした。
がんばろう、とか、楽しみ、とか……
そういう前向きな感情は湧いてこなくて、ただただ、不安になっていました。
幼い頃から、私はこうでした。
なにをやってもうまくいかず……
どんくさいというかドジというか、失敗ばかりで……
自信は失われていくばかり。
トドメになったのは、シャルロッテさまと初めて顔を合わせた時のこと。
失礼がないように、と両親から何度も念押しをされていましたが……
やらかしてしまいました。
緊張のあまり気分が悪くなり、シャルロッテさまに介抱されてしまう始末。
仕えるはずのお嬢さまの手を煩わせるだけではなくて、ウチの面子を完全に潰してしまった瞬間でした。
幸いというべきか、シャルロッテさまは「あなたおもしろい子ね」と、なぜかわたしを気に入ってくれて……
シャルロッテさまの家族も、子供のすることと、本気で怒るようなことはありませんでした。
でも、わたしの両親は別で……
その日、家に帰ると、たくさん怒られました。
泣いても許してくれないほどに怒られて、怒られて、怒られて……
その日から、わたしは自分に対する自信というものを完全に失いました。
なにをやってもダメ。
なにをやっても無駄。
失敗ばかりで、得るものはゼロ。
そんな認識で、ただただ、周囲に迷惑をかけないようにと思い、ひっそりと生きてきました。
魔法学院に入学した後も、そんな性格が変わることはなくて……
フニンさんに絡まれるようになっても、どうすることもできませんでした。
こうなるのは仕方ない。
わたしのせいだ。
そんなことを思い、亀のようにじっと耐える日々。
それがわたしにとっての『当たり前』。
……そんな風に思っていたんですけど。
ある日、わたしの世界を、わたしの価値観を壊してしまう人が現れました。
レン・ストライン。
男の子なのに魔法が使えるという、不思議な人。
さらに、魔法を使えるだけじゃなくて、とんでもない実力を秘めた人。
あっさりとシャルロッテさまに勝ってしまうほどの力を持っていました。
わたしは憧れのような感情を抱きました。
男の子なのに魔法が使えるというだけですごいのに……
さらに、とんでもない力を持っている。
純粋にすごいと思い、おとぎ話に出てくる勇者さまのように、憧れの対象になりました。
レン君はその力を盾にいばることはしないで、気さくな性格をしていました。
わたしなんかにも笑顔を向けてくれました。
そして……
わたしのために、色々なことをがんばってくれました。
フニンさんに絡まれている。
そのことを知ると、レン君はわたしを助けようとしてくれました。
後々に問題が起きることがないようにと、細かいところまで考えて……
面倒に思うこともなく、手を差し伸べてくれました。
不思議でした。
どうして、わたしなんかのためにそこまでしてくれるのだろう?
わたしなんかと関わっても、ロクなことにならないし……
得なんて一つもありません。
ぜんぜん、わかりませんでした。
だから、おもいきって問いかけてみました。
どうして、そこまでしてくれるんですか? ……って。
レン君は、当たり前のように言いました。
友達だろう? ……って。
とても大きな衝撃を受けました。
わたしなんかが、いつの間にか友達認定されているなんて……
驚きました。
それに、よくよく聞いてみれば、シャルロッテさまもわたしのことを友達と言っていて……
なんかもう、色々とびっくりして、倒れてしまいそうなほど衝撃を受けたことを覚えています。
それから……
わたしは、レン君の言葉をうれしく思いました。
とてもうれしく思いました。
泣きたくなるくらい、うれしく思いました。
どうせダメだ、と諦めたつもりでいたけれど……
でも、わたしは弱い人間でした。
一人で生きていくことなんてできません。
本心では、誰かが一緒にいてくれることを望んでいたのです。
だから、レン君が友達と言ってくれた時、すごくうれしかったんです。
そして……このままじゃダメだ、と思いました。
弱気な自分を捨てなければいけない。
どうせダメだから、というつまらない考えを打ち砕かないといけない。
新しい自分に生まれ変わらないといけない。
そんな決意をしました。
レン君の言葉で……
たった一つの言葉で、わたしは変わることができました。
前を向いて歩くことができるようになりました。
それは、まるで魔法の言葉……
心を変えることができる、不思議な力。
それこそが、レン君の持つ本来の力なのかな……そんなことを思いました。
レン君のおかげで、わたしは生まれ変わることができました。
……ちょっと大げさな言い方かもしれません。
あと、誇張しているかもしれません。
前を向いて歩けるようになったものの、そうそう簡単に性格が変わるはずもなくて、まだ臆病で弱気なところは残っていますから。
でも、以前のように、どうせダメだから……と考えることは少なくなりました。
レン君のおかげです。
感謝です。
とてもとても感謝です。
でも……と、不思議に思います。
レン君は、どうしてここまでしてくれるんしょうか?
どうして、わたしなんかのために、ここまで……
レン君に聞いたら、きっと、友達だからと答えるんだと思います。
でも……本当にそれだけなのか?
気になってしまいます。
友達だから、という理由だけじゃなくて……
他の感情がまぎれこんでいないかな?
なんてことを思ってしまいます。
つまり、なんていうか……
わたしが特別だから……とか?
……っーーー!!!?
そんなことを考えてみたら、ものすごく恥ずかしくなりました。
どうしてわたし、そんなことを……
そうあってほしい、と心のどこかで願っているのかもしれません。
だとしたら……
わたしは、レン君のことをどう思っているんでしょうか?
大事な友達?
それとも……
今は、まだわかりません。
わからないけど……
この温かい気持ちを、そっと優しく、大事に育てていきたいと思います。
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