60話 魔法大会開始!
今日は朝から学院がざわついていた。
それもそのはず。
今日は、エレニウム魔法学院の一大イベント『魔法大会』が開催される日だ。
今期から通い始めた学院生も、前期から通う学院生も。
皆等しく、己の力を発揮する場となる。
一流の魔法使いを目指すものにとって、魔法大会は一種の通過点だ。
ここで優勝して、己の力を誇示する。
そして、さらに上を目指す。
誰もが優勝を狙い、この日のために備えてきただろう。
「あわわわ……つ、ついにやってきましたね……」
一緒に寮を出ると、フィアがガタガタと震えていた。
まるで壊れた時計だ。
いよいよやってきた魔法大会に、極限まで緊張しているらしい。
「そんなに緊張していたら、身がもたないわよ?」
「大丈夫ですよ。お兄ちゃんとシャルロッテさんに特訓をつけてもらったんだから、フィアさんなら、きっとうまくいきます」
少しでも緊張を和らげようと、アリーシャとエリゼがそんなことを言う。
ただ、フィアの耳には届いていないらしい。
うーん。
今日まで、魔法の特訓だけではなくて、あがり症の克服もチャレンジしてきたんだけど……
絶対に安心! といえるレベルにもっていくことはできなかった。
平時でこれだから、試合となるとどうなるか……
いや。
そこはフィアを信じることにしよう。
あれだけの特訓を積み重ねてきたんだ。
そして、シャルロッテの想いを受け取ってきたんだ。
今は緊張していたとしても、試合ではきちんと戦えると信じたい。
「お兄ちゃんも参加するんですよね?」
学院に向かう途中、エリゼがそんなことを聞いてきた。
魔法大会の参加は任意だ。
強制ではなくて、生徒の自主性に任せられている。
とはいえ、参加しない生徒はほとんどいない。
誰もが一流の魔法使いを目指している。
大会に参加して優勝すれば、栄誉と特典が手に入るが……
それだけではなくて、色々な経験を積むことができる。
なので、自分からチャンスを棒に振るようなことはしない。
学院の生徒の9割が参加するという。
もちろん、俺もその一人だ。
「ああ。とっくに受付は済ませておいたよ。エリゼとアリーシャは?」
「私も、もちろん参加しますよ」
「あたしも。どこまで通用するかわからないけど、自分の力を試してみたいもの」
シャルロッテも参加するだろうから……
顔見知りは全員参戦、ということか。
ぶつかったらどうしよう?
「お兄ちゃん」
「うん?」
「もしも激突したとしても、手加減なんてしないでくださいね」
俺の考えていることを読んでいるかのように、エリゼが言う。
ちょっとだけ、ドキッとした。
「そんなことをされてもうれしくないですからね。私はいつか、全力のお兄ちゃんに追いついてみせるんです。だから、こんなところで手加減なんてされたら、ダメダメなんです。だから、もしもぶつかった場合は、ちゃんと戦ってくださいね?」
「あたしの時も同じようにしてね? 手加減されるとか腹が立つし……なんか、レンが余裕持っているみたいでむかつくわ。まあ、力に差があるのはわかっているんだけど……それでも、ちゃんと挑んでみたいのよ」
エリゼとアリーシャが、まっすぐな視線をぶつけてきた。
二人の想いにきちんと応えないといけないな。
「わかった。その時は、正々堂々と戦うよ」
俺はしっかりと頷いてみせた。
――――――――――
魔法大会の会場は、俺達が最初の授業で使った屋内訓練場だ。
あそこなら観客席があるし、結界が張られているから怪我をすることはない。
「おおー……生徒が一同に集まると、けっこう壮大な光景になるなあ」
エレニウム魔法学院のほとんど生徒達が、屋内訓練場に集合していた。
観客席は埋め尽くされていて、座る席を探すのが大変だ。
あちらこちらから話し声が聞こえてきて、生徒達のやる気と熱気が伝わってくる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。席、ここが空いてますよ」
ちょうど、四人分の席が空いているのをエリゼが見つけた。
俺達は並んで横に座る。
ちなみに順番は、エリゼ、俺、アリーシャ、フィアだ。
なぜかエリゼとアリーシャは、俺の隣を譲ろうとしなかった。
席順なんて、どうでもいいと思うんだけどな……
「も、ももも、もうすぐ始まるんですね……ひぃ」
フィアは顔を青くして、今にも死にそうな顔をしていた。
試合の前に、緊張で倒れてしまうんじゃないか?
本気でそんなことを思う。
「大丈夫か?」
「だだだ、だい、大丈夫ですっ」
「そうは見えないんだが……」
やはり、あがり症を完全に克服できなかったことが痛いな。
このままだと、まず間違いなく、誰と戦っても実力を発揮できず負けてしまう。
「……フィア。俺を見てくれ」
「ふぇ?」
フィアがこちらを向いて……
その頬に両手をやり、視線を固定させた。
そのまま顔を近づけて、フィアの顔を覗き込む。
「ちょっ……え? え? えええっ!?」
「お、お兄ちゃん!?」
「ちょっとレン、こ、こんなところでなにを……」
三人が慌てるものの、それは気にしないことにして、俺は魔法を唱えた。
「心理掌握<メンタルコントロール>」
ふわりと光の粒子が浮かび上がり、フィアを包み込む。
やわらかい光は、そっとフィアの体に吸い込まれるようにして消えた。
「今のは……?」
「どうだ? まだ緊張しているか?」
「え? ……あっ」
フィアが目を大きくした。
「な、なんていうか心が落ち着いていて……不思議です。さっきまで、あれほど緊張していたのに……」
「もしかして、お兄ちゃんの魔法ですか?」
「正解。ちょっと、心を落ち着かせる魔法を使ったんだ」
……というのは、半分本当で半分ウソだ。
『心理掌握<メンタルコントロール>』は、対象の心理状態を自由自在に操作する魔法だ。
やろうと思えば、洗脳もできる。
まあ、そんな物騒なことをするつもりはない。
俺はただ、フィアの心の中から、恐怖や怯えといった感情を、一時的に切り離しただけだ。
そうすることで、緊張状態から脱却させた……というわけだ。
最初からこの魔法を使っていればいいのでは? と思うかもしれないが……
あくまでも応急処置的なもので、効果は絶対じゃない。
それに、制限時間もあるし……
なによりも、そんなことをしても本人の成長に繋がらない。
今回は時間がないということで魔法を使用したが……
本来なら、本人のためにならないので、こういう手は避けるようにしている。
「あ、ありがとうございます……! これなら、なんとかなるような気がしてきましたっ」
「がんばろうな」
「はいっ」
その時、周囲の生徒達がおしゃべりをやめた。
どうやら、大会が始まるみたいだ。
まずは、学院長による挨拶。
そして、大会に対する想いを語り……
続いて、先生による諸注意など。
それから、いよいよ本題に入り……
対戦の組み合わせが発表された。
魔法を使った立体映像が宙に浮かび上がる。
魔法大会はトーナメント方式だ。
たくさんの生徒がいるから、いきなりエリゼ達と激突する可能性は少ないと思うが……
「よかった。みんなバラバラですね」
俺達四人……プラスシャルロッテは、全員、別々のブロックで、決勝トーナメントに進出するまで激突しないことが明らかになった。
それなのに。
なぜか、フィアの顔色はよくない。
「どうしたんだ、フィア?」
「そ、その……」
何度か言いよどみ……
やがて、フィアは口を開く。
「私の最初の対戦相手が……」
なぜか、怯えたような顔をしている。
気になり、フィアの対戦相手の名前を見た。
『フニン・ユースルト』
確か……クラスメートだ。
自己紹介の時に、フニンという名前を聞いたことがある。
もっとも、大して話をしていないし親しくもしていないから、どんな子なのかわからない。
でも、フィアのこの反応を見ると……
「もしかして、彼女がフィアをいじめている、っていう……?」
「……は、はい」
なんてこった。
まさか、一回戦から因縁の相手と激突するなんて。
思わず頭を抱えそうになっていると、上から声が降ってきた。
「ふふっ、ラッキー♪ 一回戦は楽勝ね」
視線を移すと……
嗜虐的な笑みを浮かべてフィアを見ている、フニンの姿があった。
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