52話 シャルロッテの過去
シャルロッテの表情からは、男に対する嫌悪が見えた。
アラムのように、魔法を使えない男を理由もなく見下しているわけではなくて……
シャルロッテの場合は、きちんとした理由があるように思えた。
「よかったら話してくれないか?」
「なんで、話さないといけないの?」
「シャルロッテに興味があるんだ」
これはウソじゃない。
「……まあ、別にいいわよ。調べようと思ったら、簡単にわかることだし」
「そっか。ありがと」
「あと、あたしのことは名前で呼ばないで。そんなこと、許可してないわ」
ちょっと歩み寄ることができたと思ったら、すぐに睨みつけられてしまった。
やれやれだ。
「あたしは貴族なんだけど、知ってる? ブリューナク家っていうところなんだけど」
「聞いたことはあるよ」
俺も貴族なので、横からそういう情報は入ってくる。
「ブリューナク家は、今時、珍しく男が当主なのよ」
「へえ、それは確かに珍しいな」
ウチは母さんが当主だ。
「跡継ぎが男しか産まれなくて……それで、父さまが当主になったらしいわ。でも、父さまは最低の人よ」
「けっこう言うな」
「事実だもの。権力を盾に、色々とやりたい放題。幸いというべきか、大きな事件はまだ起こしていないけど、小さな事件はしょっちゅう起こしているわ。で、それを権力で握りつぶしている」
「おぉ……」
こう言ったらなんだけど、典型的な小悪党みたいだ。
「父さまは男だってことを理由に、色々とあったみたいで……そのせいで歪んだ性格になったみたいだけど、だからといって、好き勝手していい理由にはならないわ。母さまは気が弱い人で、父さまにひどい目にあわされてきた。あたしが小さい頃から、ずっとずっとひどい目に……」
シャルロッテが、怒りの表情を浮かべた。
それと同時に、拳をぎゅうっと握る。
胸の内の激情が溢れ出そうとしているのかもしれない。
「父さまだけじゃなくて、その周りの男もくだらない連中ばかりよ。甘い汁を吸うためにすがりよってきて、父さまにへりくだり……好き放題してくれたわ」
「一つ疑問なんだけど……そういうのって、周囲が正してくれないのか? あるいは、さらに上の偉い人とか?」
「もちろん、正してくれるわ。女性の方が力を持っているからね。でも、父さまはずる賢い人だった。表向きは何事もないようにふるまい、女性に媚を売り、母さまを上に立たせるように見せて……でも、裏で好き勝手していて……そんなだから、上はなかなか動くことができなかったのよ」
「なるほど」
シャルロッテの父親は、魔法という力を持たないが、権力と悪知恵という力は持っていたみたいだ。
うまく立ち回り、女尊男卑の世の中でずる賢く生き抜いてきたのだろう。
「まあ、それもあたしが10歳の時に終わりを迎えたわ。長年、好き勝手やっていた父さまは、自分はあたしたち女性よりも偉い、って勘違いしたのね。次第に増長していって、周囲の人々にケンカを売るようなことをして……そのまま反撃をくらい、叩き潰されたわ。で、今までのことが明らかになって、家を追放されたわ」
「壮絶だな……」
「あたしはスッキリしたけどね」
追加で聞いたところ……
全てを失ったシャルロッテの父親は、街を追われて、姿を消したらしい。
今は、どこにいるかわからない。消息不明だ。
「男なんて、くだらないわ」
シャルロッテは不快感を表に出して言う。
「魔法が使えないと、自分には力がないからと卑屈になり、必死になって媚を売る……かと思えば、権力などの力を手に入れたら、増長して好き勝手にふるまう。男なんて、みんな勝手よ」
シャルロッテの気持ちはわからないでもない。
産みの親がそんなヤツだとしたら、ここまでひねくれてしまうのも納得だ。
でも、男の全てをくだらないと判断してしまうのは、どうかと思う。
父さんみたいに、しっかりとした人もいるのだから。
なによりも、俺たちはまだ子供だ。
自分の目で見たものが正しいと限らないし、後で価値観が覆されることもある。
絶対にこうだ、と決めつけてしまうことは、ちょっと寂しいことのような気がした。
「あたしが男を見下しているのは、魔法が使えないからじゃないわ。サイテーの生き物だから、見下しているの」
「シャル……ブリューナクの言い分はわかったが、それでも、そうと決めつけるには早いんじゃないか? 父親の件も、一部の話に過ぎないだろうし……」
「そんなことわかっているわよ。でも……しょうがないじゃない」
シャルロッテは、寂しそうに悔しそうに、顔を歪める。
「そういう風に思うようになったんだもの。一度こうと認識した価値観は、そうそう簡単に塗り替えることはできないわ」
「……それもそうだな」
「それに、この人はすごい、っていう男に会ったことがないし……考えを改めようとしても、そうするだけのきっかけがないの。だから、無理よ」
「なら、俺がそう思わせてみるよ」
気がつけば、自然とそんなことを口にしていた。
「え?」
「俺のことをすごい、って思わせてみせる」
「あんたが?」
「ああ、俺が」
第一印象は、わがままな女王さま。
その次は、アラムのような困ったちゃんで、扱いに困る女の子。
でも、こうして話してみると、そういった印象は消えていた。
ちょっとプライドが高いだけで、普通の女の子に思えた。
だから。
もう少しだけ、踏み込んでみようと……
そう思ったのだ。
「……」
シャルロッテがじーっと見つめてきた。
顔が近い。
吐息が触れてしまいそうだ。
そんな至近距離で……
「ぷっ」
シャルロッテが笑う。
「あははっ。あたしの話を聞いて、まさか、そんなことを言えるなんて……あんた、変わっているわね」
「そうか?」
「変わっているわよ。ものすごく。少なくとも、今まで生きてきた中で、あんたみたいな男に出会ったことはないわ」
「褒められてる……のかな?」
「自分をすごいと思わせてみせる、か……ふふっ、楽しみにしてるわよ」
シャルロッテが、とんっと俺の胸を軽く叩いた。
それから、にっこりと笑う。
その笑顔は、素直にかわいいと思った。
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