5話 姉をこらしめる
翌日。
「よく来たわね! 逃げだすものかと思っていたけれど、ちゃんとやってくるなんて……その度胸だけは褒めてあげるわ、あははは!」
先に庭に出て俺を待っていたアラムは、高笑いをあげた。
鬱陶しい。
「アラム。高笑いなど、品の欠ける行為はしないように、と言いましたよね?」
俺とアラムの決闘……もとい、試合を観戦するために来た母さんが、そんな注意をした。
母さんは生粋の貴族だから、品の欠ける行為を嫌う。
「す、すみません。お母様」
アラムも母親には逆らえないらしく、おとなしく頭を下げた。
「アラムよ。それと、レンのことを男だからとバカにするな。レンはお前の弟なのだぞ。姉弟、仲良くしないといけない」
同じく、訓練を観戦するために来た父さんが、アラムに注意をした。
父さんは元冒険者なので、仲間を大事にしなければならない、と考えている。
それは姉弟にも適用されるらしく、日頃から、俺とアラムの仲が悪いことを憂いていた。
「……別に、お父様にそんなことを言われる筋合いはないわ」
アラムはふてくされたような態度で、渋々と頷いた。
男だからということで、アラムは父さんのことも見下していた。
こんなヤツと仲良くする必要があるんだろうか?
父さんの考えはわからないでもないけど、アラムと仲良くできる未来が見えない。
でもまあ……
こんなでも、一応、姉だからなあ。
実年齢はともかく、精神年齢は俺の方が圧倒的に上だ。
仕方ない。
ここは俺が折れて……
「ちょっと、レン」
「はい、なんですか?」
「覚悟しなさいよ。お父様とお母様の前であんたをボッコボコにして、男なんて不要で無能だということを知らしめてあげるわ」
……やっぱり、こいつとは仲良くできそうにないな。うん。
「実戦形式の訓練ということで、審判は俺が務める」
父さんが審判を務めるなら安心だ。
元冒険者である父さんなら、公正な判断を下してくれるだろう。
「お兄ちゃん……が、がんばってくださいね!」
エリゼの応援があれば100人力だ。
「エリゼ。私には?」
「え、えっと……あ、あまりお兄ちゃんをいじめないでくださいね……?」
哀れ、アラム。
妹の声援を得ることができず、本気で落ち込んでしまう。
「くそっ、あんたをボッコボコにしてエリゼの目を覚まさせてあげるわ!」
「俺に八つ当たりしないでくださいよ。アラム姉さんがエリゼに嫌われているのは、日頃の態度が原因なんですからね? もう少し、己を見直した方がいいですよ。こんなことが続いたら、将来、独り身になりますよ?」
「……コロス!」
優しく助言をしてあげたというのに、なぜか怒るアラム。
俺、なにかまずいことを言っただろうか?
「両者、構え!」
父さんの合図で、俺とアラムは同時に構えた。
「始め!」
父さんの声に反応して、アラムは杖を前に出した。
「火炎槍<ファイアランス>!」
「その魔法は……!?」
予想外のアラムの行動に、俺は思わず愕然としてしまい、動きを止めてしまう。
魔法のランクは、第10位から第1位と、全部で十段階に分かれている。
数字が少なくなればなるほど強力な魔法という認識になる。
アラムが唱えた魔法は、第10位の魔法『火炎槍<ファイアランス>』だ。
炎の槍を生成して対象を攻撃する、初歩の魔法だ。
決闘なのに、わざわざそんな魔法を選ぶなんて……
まさか、アラムのヤツ……俺を殺るつもりか!?
初歩の魔法とはいえ、『火炎槍<ファイアランス>』は比較的威力が高い魔法だ。
場合によっては、第8位の魔法に匹敵することもある。
それだけ、汎用性が高く、使い勝手の良い魔法なのだ。
アラムは俺を確実に殺るために、あえて『火炎槍<ファイアランス>』を選択したに違いない。
そこまで強い思いを持っていたなんて……
予想以上のアラムの行動力に、ついつい驚いてしまう。
「くっ!?」
俺はとっさに横に飛んで、アラムの魔法を避けた。
危ない。
もう少しで直撃するところだった。
これは、気を引き締めた方がいいかもしれないな。
油断できない相手だ。
生半可な攻撃は通用しないと見たほうがいい。
そうなると、第10位の魔法ではなくて……
ここは、第8位の魔法でいく!
男である俺が魔法を使うと、ちょっとした騒ぎになるかもしれないが……
こうなれば、そんな呑気なことは言ってられない。
命がかかっているのだ。
「疾風連撃波<タービュランスウェイブ>!」
第8位の風属性の攻撃魔法を放つ。
防がれてしまうかもしれないが、これで多少の時間稼ぎを……
「きゃあああっ!!!?」
『疾風連撃波<タービュランスウェイブ>』がまともに直撃して、アラムが吹き飛ばされた。
「……え?」
思わぬ出来事に、目を丸くしてしまう。
なんで、アラムが吹き飛んでいるんだ……?
あれだけ自信たっぷりにしていたものだから、てっきり、防御は万全なものかと思っていたのだけど……
え?
これはどういうこと?
「えっと……姉さん?」
「……」
「おーい、姉さん」
「……きゅう」
完全に目を回していた。
女性しか魔法が使えず、女尊男卑の世界だから、さぞかし強い力を持っていると思っていたのだが……
なんだ、これは?
この程度の力しか持っていないのか?
第8位の魔法、一撃でやられるなんて、素人もいいところだぞ?
「な、なんだと!?」
「まあ……こ、これは……!?」
父さんと母さんが驚いていた。
当然、こちらをじっと見つめてくる。
「レン!」
「は、はい!?」
「お前……今、何をしたんだ!?」
「えっと……魔法を使いました」
「お前……魔法を使えるのか!? そんなバカな……」
「でも、あなた……今のは、確かに魔法よ?」
「そ、そうだな……信じられないが……今のは確かに魔法だった……」
「しかも、極々少数の者しか使えないと言われている、上級魔法よ……第3位に匹敵するかもしれないわ……」
父さんも母さんも、とんでもない顔をしていた。
というか、今、なんて言った?
今の魔法が第3位?
そんなわけないだろう。
今のは第8位なんだけど……
二人は、どうしてそんな勘違いをしているんだろう?
「レン……もしかして、なにかしらの魔法具の力を借りたのですか?」
「そうか、そういうことか。魔法具の力を借りれば、男でも魔法を使うことはできるからな……なんだ、そういうことだったのか」
「いえ、そんなことはしていませんよ」
「本当に? 本当のことを言うなら、今のうちだぞ」
「疑われるなんて心外です。なんなら、調べてもいいですよ。何も出てこないですから」
「……すまないが、少し調べさせてもらうぞ」
父さんが俺の体に触れる。
足や腕、胸元などを確認した。
当然、魔法具なんてものは出てこない。
「本当に何もないな……」
「だから、そう言ったでしょう?」
「ということは、レン……あなたは、自分の力だけで魔法を唱えたというのですか……? 男の子のあなたが……?」
母さんが信じられないといような顔をして、そう問いかけてきた。
「えっと……なにか勘違いしてるみたいですけど、今俺が使ったのは、第8位の魔法ですよ?」
「「そんなわけないっ!」」
揃って否定されてしまった。
「あのような強力な魔法、俺は見たことないぞ!」
「私も……あれは、国で数人しか使うことができないと言われている、第3位の魔法に違いないわ。あるいは、それに匹敵する力の魔法ね」
そんなバカな。
「それにしても、男が魔法を使い……」
「しかも、第3位の魔法を使うなんて……」
「えっと……今のって、そんなにおかしいことなんですか?」
「「おかしいに決まっているだろう!(でしょう!)」」
二人揃って、おかしいと否定されてしまった。
まいったな。
思っていた以上に騒ぎになってしまったみたいだ。
男が魔法を使うということは、それほどまでに異常なことらしい。
ちょっとくらい平気かな、なんてことを思っていたのだけど……
どうやら、それは甘い認識だったらしい。
「いいか? 魔法というものは、男が使えるものではないんだ。女性のみに許された特権というか、特殊能力であり……過去300年前にさかのぼっても、男が魔法を使ったという記録はないんだぞ? それなのに、レン……男であるお前が魔法を使えるなんて……」「これがどれだけ異常なことか……あ、いえ。異常なんて言い方、ダメですね……と、とにかく。レンは国の英雄でさえも成し遂げていない、とんでもないことをやったのですよ? いったい、どうして魔法が使えるのですか? しかも、第3位の魔法を……」
「え、えっと……」
父さん母さんから質問攻めに遭ってしまう。
おかしい、なぜこんなことに?
「お兄ちゃん、すごいですね! えへへ、お兄ちゃんが勝ってうれしいですっ」
そんな中、エリゼは無邪気に俺の勝利を喜んでいた……
21時にもう一度更新します。