47話 声をかけてくれたから
「え、えっと……」
フィアはおろおろした後、シャルロッテを追いかけようとするが……
「あなたは付いてこなくていいわ」
「えっ」
「その男が追いかけてこないように、なんとかしてちょうだい」
「そ、そそそ、そんなことを言われても……」
「いい? 頼んだからね? お願いしたからね? もう断れないわよ。というか、あたしのお願いを断るつもりなんてないわよね?」
「うぅ……は、はい……」
たたみかけるように言われて、フィアは渋々という様子で頷いた。
「じゃ、よろしくー」
その間に、シャルロッテは立ち去ってしまう。
「えっと……」
「……」
俺とフィアが残されて、妙に気まずい空気が流れた。
フィアを置いてシャルロッテを追いかけることは、そう難しいことじゃなさそうだけど……
そんなことをしたら、多分、フィアは泣くよな?
というか、シャルロッテのフィアへの言動を改めさせるためにやってきたわけだから……
意図していないとはいえ、フィアと引き離すことができたのだから、結果として、これはこれでよしなのかもしれない。
とはいえ、残された俺達はどうするべきか?
このままさようなら、でもいいんだけど……ちょっと、フィアのことが気になるんだよな。
「えっと……」
「はぅ!?」
声をかけようとしたら、フィアがビクッと震えた。
まるで、野生の熊に遭遇したような反応だ。
正直、珍しい反応だ。
女尊男卑の世の中で、男である俺にこんな態度を見せるなんて……
男とか女とか、そういうことは関係なく、フィアはコミュニケーションが苦手なのかもしれないな。
それなら……と思い、なるべく威圧感を与えないように、笑顔で、気楽に話しかける。
「なんか悪いな。俺のせいで、シャル……ブリューナクさんに変な役目を押しつけられたみたいで」
「い、いえ……わたしは、その……別に、なにも問題はないというか……えと、その……あぅ」
すぐにフィアの目が泳いだ。
もしかして、男が苦手なのか?
……いや。
というよりは、人が苦手なのかもしれない。
話し慣れていない印象を受ける。
「フィアって……あ、フィアって呼んでもいい? それとも、レーナルトさんの方がいい?」
「えっと、その……フィア、で……いいです」
「そっか。じゃあ、フィアって呼ばせてもらうよ。俺のことも、レンって呼んで」
「わ、わかりました……レン、君……」
名前で呼んでもらうことに成功した。
主である女王さまはともかく……
フィアは、俺に対して悪い感情を抱いていないみたいだ。
よかった。
クラスメイト……しかも、隣の席の女の子に嫌われるっていうのは、けっこうキツイからな。
そんなことになっていないみたいで、ほっと一安心する。
「フィアは、ブリューナクさんと仲が良いんだな。友達なのか?」
「そ、そんな! シャルロッテさまと友達なんて、お、おそれおおいです……! はうあう」
「そ、そうなのか? っていうか、さま付けなんて……」
思っていた以上に、二人の関係は入り組んでいるのかもしれない。
そんな俺の疑問を察したらしく、たどたどしいながらも、フィアが説明をする。
「えっと、その……わ、わたしの家は、シャルロッテさまの家に仕えるところ、で……代々、付き人のようなことをして……」
「へえ、そういう関係なのか。でも、主があれだと苦労するだろ?」
「い、いえいえ! そんなことは決して!」
ぶんぶんぶんぶんぶん! と手を振り、フィアは俺の言葉を否定した。
どれだけ強く否定するんだよ……
それだけ強く否定したら、逆に、苦労しています、って言いたいように見えてくるぞ。
「あんな風に、見えても……シャルロッテさまは、とても優しい……です。わたし、何度も助けてもらったことが……あっ!? あ、あんな風に、という言葉は不適切でした……えと、えと……あうあう!?」
自爆してしまい、フィアはぐるぐると目を回して混乱した。
見た目通り、ドジっ子なのだろうか?
それはともかく。
あんなことを言われながらも、シャルロッテがフィアに慕われているというのは、ちょっと意外だった。
あんな風に見えて、意外と面倒見がいいのだろうか?
それとも、時折見せる優しさが、心にしみているのだろうか?
俺は知らないだけで……
シャルロッテにも、優しい一面があるのかもしれないな。
今後、彼女と接する時は、一方的な偏見を持たないように気をつけよう。
そして、俺には見せていない一面を見つけることができるように努力しよう。
「でも、いいのか?」
「なにが……ですか?」
「そういうことを俺にしゃべっても、っていうこと。ブリューナクさんが今の会話を聞いたら、たぶん、怒りそうなんだけど……」
「あうっ!? そ、それは……」
そこまでは考えていなかったらしく、フィアが慌てた。
あちこちに視線を泳がせて、あわあわとうろたえて……
少しして、じっとこちらを見る。
「そう、かもしれないけど……でも、その……レン君にウソはつきたくない、というか……ちゃんと、話をしたいなあ……って」
なんか、妙に俺の評価が高い。
力がある、ということを見せつけたからなのだろうか?
そんなことを思うが、フィアが口にしたのは、まったく別の答えだった。
「あの、ね……? 最初、教室で自己紹介を、する時……レン君、わたしのこと、助けて……くれた、でしょう?」
「えっと……ああ、そういえばそんなことも」
「すごく、うれしかったから……」
フィアがにっこりと笑う。
もしかして、そのお礼として……?
だから、ちゃんと俺と話をした、っていうことなのか?
「それが理由?」
「そう、だよ……?」
むしろそれ以外になにがあるの?
……というように、フィアはきょとんとした。
正直なところ、ちょっと驚いた。
俺の力じゃなくて、行動を評価してくれるなんて初めてのことだから……
でも……うん、そうか。
フィアは、そういうことができる子なんだな。
なかなかできることじゃないと思う。
フィア・レーナルト。
これはただの勘でしかないのだけど……
きっと、彼女とは仲良くなれるような気がする。
そんなことを思った。
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