4話 姉に絡まれる
突然、第三者の声が乱入してきた。
振り返ると、ストライン家の長女、アラムの姿が。
つまり、俺の姉だ。
アラム・ストライン。
12歳。
名門貴族ストライン家の長女で、次期当主。
その顔は芸術品のように整っていて、幼いながらも、同世代の男からの人気を集めていると聞く。
将来は、魔性の女に育つことだろう。
しかし、その中身は外面と反比例して、かなり歪んでいる。
傲慢という言葉がよく似合う性格をしていて、問題行動が目立つ。
女尊男卑のこの時代。
こういう女性が増えていると聞く。
女性は優れている、と幼い頃から何度も何度もそう聞かされて育てば、こうなるのも仕方ないかもしれない。
「エリゼ、こんなところで何をしているのかしら?」
「えっと……その、お兄ちゃんと散歩を……」
「この前、風邪を引いたばかりでしょう? 散歩なんてしてないで、部屋で寝ていなさい」
「でも……」
「エリゼ。私を困らせないでちょうだい」
「……はい」
エリゼはしゅんと肩を落として、部屋に戻ろうとする。
って、勝手に話を進められても困るんだけどな。
「アラム姉さん。俺は今、エリゼと散歩をしている最中なんですけど」
一応、ダメな姉とはいえ目上なので、口調には気をつける。
「レン」
アラムは蔑むような視線をこちらに向けた。
「男であるあなたが、この私に意見なんてしないでくれる? そんなことをして、タダで済むと思っているのかしら?」
「タダで済まないということは、お金がかかるんですか? いくらですか?」
「このっ……!」
ちょっとからかっただけなのに、アラムは顔を赤くして怒った。
うん。瞬間湯沸かし器かな?
「もう一度言いますが、エリゼは俺と散歩をしている最中なんです。アラム姉さんは邪魔をしないでくれますか?」
「あなた……この私に向かって、そのような口を……」
「エリゼのことなら心配いりませんよ。ちゃんと俺が見ていますから」
「ちょっと、エリゼ! あなたはどっちの言うことを聞くのかしら? 私か、男であるレンなのか……どっちなのかしら?」
「ケンカはしないでください……私、部屋に戻りますね」
エリゼが悲しそうにしながらも、アラムの言うとおりにしようとした。
アラムは、俺のことを出来損ないとして嫌っている。
それは、俺が男だからだろう。
アラムは魔法の才能があり、天才ともてはやされていて……
それ故に、魔法を使うことができないといわれている、男の俺を蔑んでいる。
逆に、エリゼのことは溺愛している。
しかし、エリゼがアラムに懐くことはなくて……
俺の方を慕ってくれている。
そんな状況が気に食わないらしく、アラムはさらに俺を嫌うようになり……という負のスパイラルが完成していた。
アラムに嫌われている俺は、色々な嫌がらせを受けたきた。
今のような暴言は日常茶飯事だ。
そのことを知っているエリゼは、俺をかばうために、自ら部屋に戻ろうとしたんだろう。
でも、そんなところを見せられてしまうと、ますます放っておけなくなる。
「アラム姉さん」
「なに? というか、あなたは不用意に外に出ないでちょうだい。ストライン家に役立たずの男がいるなんてこと、本当は隠しておきたいんだから。我が家の恥を世間に晒してしまうわ。それと、気軽に話しかけ……」
「睡眠<スリープ>」
魔法を使い、アラムを眠らせた。
アラムは地面の上に転がり、いびきをかきはじめる。
「これでよし」
「え? え?」
「さあ、エリゼ。散歩の続きをしようか」
「今、お兄ちゃんは何を……? 魔法? でも、そんなことは……あれ?」
エリゼが地面で寝ているアラムと俺の顔を交互に見る。
「今のうちに行くぞ」
「で、でも……こんなことをしたら、後でお兄ちゃんが……」
「大丈夫だよ。なんとかなるさ」
「なんとか、って……」
「ほら、行こうぜ」
エリゼの手を引いた。
エリゼは、最初は困惑するような顔をしていたのだけど……
やがて、くすりと笑う。
「ふふっ……こんな時になんですけど、ちょっと楽しいです」
「エリゼは悪い子になったのかもな」
「私、悪い子になっちゃったんですか?」
「イヤか?」
「……いいえ。お兄ちゃんと一緒なら、うれしいです♪」
エリゼが笑い、俺の隣に並ぶ。
この笑顔を守るためなら、なんでもしてやるさ。
そんなことを思いながら、エリゼとの散歩を楽しんだ。
――――――――――
「レンっ!」
日が暮れてしばらく経った後のことだ。
エリゼとの散歩も終わり、自室で今後のことを考えていると、アラムが怒鳴り声をあげながら部屋に飛び込んできた。
「なんですか、アラム姉さん。というか、人の部屋に入る時はノックをするのが常識ですよ」
「うるさいわね! あんたのせいで大恥をかいたわっ」
アラムは、血管が切れるような勢いで怒っている。
はて? なにかしただろうか?
「あなた、何をしたのかわからないけど、私を眠らせたでしょう? あんたのせいで、あちこち虫に刺されるわ、メイドに笑われるわ、散々な目に遭ったのよ!?」
「ああ、そういえば」
アラムを眠らせたこと、すっかり忘れていた。
どうでもいいことだからなあ。
忘れても仕方ないよな? うん、不可抗力だ。
「すみませんでした。以後気をつけます」
「なによその謝り方は! まるで反省してないでしょう!?」
適当に謝罪すると、それが気に入らなかったらしく、ますますアラムの顔が赤くなる。
こいつ、そのうち血管が切れるんじゃないだろうか?
「あんたは自分の立場を忘れてるみたいね」
「俺の立場ですか?」
「あんたはストライン家の長男だけど、でも、男よ。跡を継ぐことなんてありえない。それは、長女であるこの私よ。そのことをわかっているのかしら? もしかして自分にもチャンスがある、なんてことを思っていない?」
「いえ、そんなことはまったく。というか、家を継ぐなんてことは考えたこともありませんよ。それはアラム姉さんにお任せします」
本心だった。
家を継ぐなんてことをしたら、どうなる?
ウチはそれなりに大きい貴族だ。
そんなものを継げば、間違いなく面倒なことになる。
大きな権力は、その分、個人の自由を束縛することになるのだ。
前世で俺はそのことをよく学んだ。
なので、跡を継ぐなんてお断りだ。
「ふんっ、どうかしら。あんたは悪知恵は働くからね」
アラムは疑わしそうに俺を見た。
俺の言葉を信じていないらしい。
本心なんだけどなあ……
「いい? あんたはストライン家の長男であるけど……でも、女性であり、長女である私に逆らうことなんて絶対に許されないのよ。わかっている?」
「はい、わかっていますよ」
「まあ、私は寛大だからね。今日のいたずらは許してあげるわ。ただ、二度はないわよ?」
「はい、ありがとうございます。寛大なアラム姉さんに感謝します」
「それと、エリゼには近づかないように」
「それはお断りします」
「なっ」
適当にあしらっていたのだけど……
どんどん要求がエスカレートして、しまいにはエリゼに近づくなというバカな命令までしてきたので、つい反射的に断ってしまった。
「あんた……私の言うことが聞けないの?」
「兄が妹と一緒の過ごすのに、なんでアラム姉さんの許可がいるんですか?」
「それはあんたが男だからよ」
アラムはドヤ顔で語る。
「あんたは魔法を使うことができない男よ。いわば、無能」
本当は、普通に魔法を使えるんだけどね。
「無能のレンが傍にいたら、エリゼに無能がうつってしまうかもしれないわ。それは避けないと」
無能、無能、無能……
さっきから言いたい放題だな、おい。
これでも、前世では賢者と呼ばれていた身だ。
そんなに無能を連発されると、さすがにカチンと来るぞ。
それに、男だからな。
男なりのプライドっていうものもある。
魔法が使えないからと見下すこの女をぎゃふんと言わせてやりたい。
「……それなら、俺にある程度の力があればいいわけですね?」
「ふんっ、男は黙ってなさい。男であるあんたは、何も力はないでしょう」
「でも、あるとしたら? 例えば、そう……アラム姉さんに勝てるだけの力があるとしたら?」
「なんですって?」
「そうしたら、エリゼと一緒にいても問題はないですよね」
「……その言葉、撤回するなら今だけよ?」
アラムが牙を剥くような感じで、怒りの表情を作る。
しかし、残念ながら、迫力というものがまるでない。
所詮は子供だ。
子供がいくら怒ろうと、まるで怖くない。
まあ、今の俺も子供なんだけどな。
「撤回なんてしませんよ」
「男のくせにいい度胸ね……!」
アラムが掴みかかってこようとしたので、それを手で制止する。
「こんな部屋で暴れ回るわけにはいかないでしょう? それに、ただのケンカをしたら、父さんと母さんに怒られてしまいますよ」
父さんと母さんは、俺達に貴族らしいふるまいを求めている。
ケンカなんてしたら、後で怒られることは確実だ。
「なので、明日、訓練をしませんか?」
「なんですって?」
「訓練という形式で試合をしましょう。それで決着をつける。これなら、父さんと母さんに怒られることもないし……どちらが上なのか、優劣をハッキリとさせることもできるんじゃないかと」
「いいわ……男のくせに、なかなか良い提案をするじゃない」
男のくせに、ってうるさいなあ。
アラムは男を見下しすぎじゃないだろうか?
最初の子供ということで、父さんと母さんはアラムのことを溺愛しすぎて、教育に失敗しているような気がする。
「明日を楽しみにしているわよ。ああ、言っておくけれど逃げたりなかったことにしたりしないようにね? 私は、ハッキリと聞いたから。今更撤回はできないわよ、あはははっ」
アラムはご機嫌な様子で部屋を出ていった。
「さてと……」
ひょんなことからアラムと試合をすることになってしまったが……
まあ、特に問題はないだろう。
というか、ちょうどいい。
そろそろ、一度でいいから対人戦を経験したいと思っていたところだ。
転生して、今年で8年。
いい加減、対人戦を経験しておかないと勘が鈍ってしまう。
アラムならちょうどいい相手になってくれるだろう。
「お兄ちゃん、まだ起きていますか?」
「どうぞ」
「失礼します」
エリゼが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん。明日、アラム姉さんと試合をする、って……本当ですか?」
「そうだけど……あれ? なんで知っているんだ?」
「さきほど、アラム姉さんが来て、そのことを話したので……」
アラムのヤツ、どれだけ暇人なんだ?
さっそく、エリゼに訓練……というか、試合のことを話すなんて……
大方、妹に良いところを見せようと張り切っているのだろう。
まあ、そんな思惑通りには進まないんだけどな。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん……アラム姉さんと試合をするなんて……」
「大丈夫だ」
「あ……」
心配そうにするエリゼの頭を、ぽんぽんと撫でてやる。
「俺のことなら心配いらない。怪我なんてしないし、試合にも勝ってみせるよ」
「本当ですか……?」
「俺がウソをついたこと、あるか?」
「……ありません」
「だろ? だから、エリゼは信じてくれないか? あと、応援してくれるとうれしい」
「……わかりましたっ」
エリゼは、胸の間で小さな拳をぐっと握りしめる。
「私、お兄ちゃんの応援をしますねっ。がんばってください!」
「ありがとな。エリゼの応援があれば、絶対に負けないよ」
再びエリゼの頭を撫でる。
「あっ……お兄ちゃん。その、頭……」
「っと……悪い。子供扱いするつもりはなかったんだけど」
「そんなこと気にしませんよ。というか、私、まだ子供ですよ? お兄ちゃんだって、まだまだ子供じゃないですか」
そういえばそうだった。
転生していることもあり、自分が子供っていうことがいまいち実感できないんだよな。
「その……もっと、撫でてもらってもいいですか?」
「こうか?」
「えへへ……」
頭を撫でると、エリゼが幸せそうに笑う。
天使か。
この笑顔を守るためにも、明日は、きちんとやらないとな。
最近のアラムは、ちょっと調子に乗っている。
俺はともかく、エリゼにまであれこれと余計なことを言いそうな雰囲気だ。
そんなことにならないように……
ここらで一つ、痛い目に遭わせておくことにしよう。
明日は、12時に更新します。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!