37話 学院生活の始まり
右を向いても女の子。
左を向いても女の子。
前を見ても後ろを見ても……以下同文。
30人くらいの女の子たちが、学院の教室に集まっている。
どうしてこうなった?
入学初日。
いよいよ学院生活が始まり、期待に胸を膨らませていたのだけど……
割り当てられた教室に移動すると、男は俺一人だけ。
他はみんな女の子。
今年から入学した生徒が集められているので、年齢はバラバラだ。
俺よりも年下の子もいれば、大人といっても間違いではないくらいの歳っぽい人もいる。
みんな、遠巻きに俺の方を見ていた。
ヒソヒソと言葉を交わしている。
その言葉は、聞き取るまでもない。
なんで男がこんなところに?
そんなことを話しているのだろう。
顔がそう言っていた。
「はぁ……」
ジロジロと見られて、さすがに少し疲れた。
でもまあ、こうなるのが普通なんだよな。
よくよく考えてみれば……
今の時代、魔法は女性しか扱うことができないといわれている。
そんな中、俺だけが男でありながら魔法を使うことができて……
魔法使いを育成する学校に入学すれば、こうなるよな。
男は俺一人だけになるよな。
本格的な魔法を勉強することができる!
という、そのことだけに思考が囚われてしまい、こうなることをまるで考えていなかった。
不覚。
「えっと……」
「きゃー!?」
これから一緒に学ぶ学友になるんだ。
とにかくも、親交を深めようと声をかけようとしたら、悲鳴をあげて逃げられてしまった。
俺は熊か何かか……?
思わず、がくりとうなだれてしまう。
「まいったな」
魔法にはそれなりに自信があるんだけど……
女の子と接する方法なんて、まるでわからない。
前世では、強くなることしか考えてなくて、恋愛なんて放り投げていたからなあ……
そのツケが今になって回ってきたのかもしれない。
エリゼとアリーシャが同じ教室にいれば、あるいは、何かが違っていたのかもしれないけど……
あいにくと、二人は別のクラスに振り分けられてしまった。
アラム?
あいつも入学しているが、どうでもいいことなので覚えていない。
少なくとも、別のクラスであることは間違いない。
ちなみに、今年入学の新入生は三つのクラスに振り分けられている。
入学試験の結果で判定されて、能力別に振り分けられている。
エリゼとアリーシャは、上位ランクの『マーセナル』。
俺は最低ランクの『ガナス』。
ついでにいうと、アラムが所属する中位ランクの教室は『シルカード』という。
これらの教室の名前は、過去の英雄の名前が使用されている。
上位ランクのマーセナルはともかく……
下位ランクの教室の名前に使われているガナスは、本人からしたら名誉毀損も甚だしいだろう。
ただ、ガナスは魔法使いでありながら、近接戦闘に優れた戦士であったとも聞く。
魔法の才能がなくても、活躍の場は与えられる。
そんな願いをこめられて、下位ランクの教室にガナスの名前が与えられたのだろう。
「とはいえ、俺は戦術よりも魔法を求めているんだけどな」
どうせなら、上位ランクのマーセナルが良かった。
中位ランクのシルカードですらなくて、下位ランクのガナスなんて……
たぶん、俺が男だから、という理由でガナスに回されたのだろう。
改めて、今の時代は女尊男卑なんだなあ、と思い知らされる。
「あと……男が一人だけっていうのは、きついな」
未だ、周囲の女の子達は腫れ物を扱うように、俺を遠巻きに観察している。
ずっとこの状態が続くのかと思うと、頭が痛い。
せめて、エリゼとアリーシャが一緒なら……
なんて情けないことを考えていると、教室の前の扉が開いた。
きらびやかな装飾がほどこされたマントをはおる女性が姿を見せる。
たぶん、教師だろう。
「はい、みなさん。席についてください」
マント姿の女性は壇上に立ち、パンパンと手を鳴らした。
それに反応して、みんなが席に戻る。
「私は、このクラスを担当するローラ・エディアントです。我がエレニウム魔法学院では、卒業までの三年間、特例を除けばクラスが変更されることなく、このままずっと同じということになります。これから三年間、よろしくお願いしますね」
ローラ先生の言葉で、学院生活が始まるという実感が強く湧いてきた。
さっきまでの憂鬱とした気分が吹き飛び、わくわくする。
「まずは、自己紹介をしてもらいましょうか。これから三年間、一緒に過ごす仲間のことを知っておいた方がいいですよ」
そんな先生の言葉と共に、自己紹介が始まった。
扉に近い席の子から、順々に自己紹介をしていく。
俺の席はちょうど教室の真ん中なので、もう少し後になる。
どんな自己紹介をしようか?
ウケを狙ってみた方がいいかな?
いや。
俺は唯一の男だから、あまり目立つようなことはしないほうがいいか。
無難な自己紹介がベストかな?
……なんて、あれこれ考えていると、ガタンッ、と大きな音がした。
「ひゃっ!? す、すみませんすみません!」
どうやら、緊張のあまり勢いよく立ってしまったみたいだ。
自分の番になったであろう女の子が、ぺこぺこと頭を下げている。
「誰も気にしていないわ。さ、自己紹介をお願い」
「は、はひっ」
先生に促されて、その子は口を開いた。
その子は、俺と同じくらいの歳だろうか?
淡い桃色の髪は、まるで花みたいでとても綺麗だ。
その綺麗な髪を、これまた綺麗な花の髪飾りでまとめている。
ただ、どことなく気弱そうな表情が、女の子の容姿を残念な感じにしてしまっている。
かわいいはかわいいんだけど……
もう少しピシッとしていた方が、もっとかわいくなると思うんだよな。
そんな女の子は、俺と同い年とはおもえないくらい、わがままな体をしていた。
制服が窮屈そうだ。
特に胸のあたり。
って、俺はどこを見てる?
エロオヤジじゃないんだから、自重しろ。
「えっと、えっと、その、あの……ふぃ、ふぃにゃあむぐぅ!?」
噛んだ。
どうしようもないくらいに噛んだ。
痛みよりも羞恥心の方がすごかったらしく、女の子が涙目になる。
プルプルと小刻みに震えてさえいた。
「あ、あああ……えと、えと……その……あぅ」
見ていてかわいそうになるくらい慌てている。
これは……ちょっと放っておけないな。
ちょうど隣の席だし……
なんとかしてみよう。
「落ち着いて」
「ふぇ?」
声をかけると、女の子がこちらを見た。
涙目で、未だにプルプルと震えている。
「ただの自己紹介だから。そんなに緊張することないって」
「で、でもぉ……」
「難易度なら俺の方が上だぞ? なにしろ、この教室で唯一の……いや。この学院で唯一の男なんだからな。注目度は抜群だ」
「あ……」
「失敗するつもりでやればいいんだよ。っていうか、失敗しよう。一度失敗したら、色々と振り切れるぞ」
「は、励ましているのか落としているのか、どっちなんですかぁ……」
「どっちだと思う?」
「……変な人です」
「そうそう、その調子」
「ふふっ」
女の子は小さく笑い、軽く頭を下げた。
それから、改めて前を見る。
「えっと、その、あの……ふぃ、フィア・レーナルト……です。よ、よろしくおねがいしますっ」
女の子……フィアが頭を下げて、教室のみんなが拍手をした。
「あの……あ、ありがとう……ございました」
フィアは席につくと、小声でそう言った。
それに対して、俺は軽く笑みを返す。
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