36話 目標
時間はあっという間に流れて……
いよいよ明日、入学という日になった。
「明日か……」
ようやく、エレニウム魔法学院に入学することができる。
学院でしか学ぶことができないことがあるだろう。
それらのことを逃すことなく、全て学び、吸収して……
俺は、さらに強くなれるはずだ。
明日から、いったいどんな日々を送ることになるんだろう?
楽しみになってきた。
「さてと……そろそろ寝るか」
もう夜も遅い。
大事な日に寝坊して遅刻、なんてことになったら目も当てられない。
俺はベッドに……
「……お兄ちゃん?」
潜り込もうとしたところで、ノックと共にエリゼの声が聞こえてきた。
「えっと、その……ちょっといいですか?」
「いいよ」
「失礼します」
扉が開いて、エリゼが姿を見せた。
寝る前だったのか、パジャマ姿だ。
そして、なぜか枕を持っている。
「どうしたんだ?」
「えっと……」
そわそわとした様子で落ち着きがない。
やがて、決心した様子でじっとこちらを見つめる。
「……一緒に寝てもいいですか?」
「うん?」
「その……いよいよ明日だと思うと緊張してきて、眠れなくて……でもでも、お兄ちゃんと一緒なら眠れるような気がして……ダメですか?」
「うーん」
エリゼは、ちょっと甘えすぎかなあ、と思うことがある。
俺が甘やかしてきたせいでもあるが……
学院に入学したら、いつも一緒にいられるわけじゃない。
そろそろ兄離れをしてほしいのだけど……
「まあ、いっか」
今日くらいは仕方ない。
なんてことを思う俺の方こそ、妹離れしないといけないのかもしれない。
「えへへ、ありがとうございます、お兄ちゃん」
エリゼはうれしそうにして、ベッドに上がってきた。
ぽんぽん、と自分の枕を良い位置にセッティングする。
そして、明かりを消そうとして……
コンコン、と再びノックの音が響いた。
「はい?」
「えっと……あたしだけど」
「アリーシャ? どうぞ」
「遅くにごめんなさい……って、エリゼ?」
アリーシャが部屋に入ってくると、すでに中にいたエリゼを見て驚きの声をあげた。
「どうして、エリゼがここに?」
「一人だと眠れそうになかったので、お兄ちゃんと一緒に寝ようと思ったんです」
「むぅ……侮れない子ね」
「アリーシャちゃんは、どうしたんですか?」
「それは、その……」
問いかけられて、途端にアリーシャの目が泳いだ。
なにやらごまかそうとしているみたいだけど……
その手に持っていた枕を見て、すぐに目的を察してしまう。
「あ、もしかして、アリーシャちゃんもお兄ちゃんと一緒に?」
「え、えっと、それはその……なんていうか……その、つまり……あぅ……そ、そういうことで……いい、わ……」
「ほらほら、アリーシャちゃんも一緒ですよ。これで、今日は三人で一緒におやすみですね!」
「え? いや、勝手に話を……」
「私はお兄ちゃんの右で、アリーシャちゃんは左ですね。はい、こっちへどうぞ」
たまに、エリゼは強引になるんだよなあ……
人の話を聞かないエリゼは、ベッドから降りて、ぐいぐいとアリーシャの手を引っ張る。
そのままベッドに連れて行かれたアリーシャは、エリゼが言ったように、俺の左側に移動させられた。
「えっと……ごめんなさい。迷惑だった……?」
申し訳なさそうにそう言うアリーシャに、俺は笑いかける。
「俺は気にしないから」
「ホントに……? よかった……そう言ってもらえると、助かるわ」
「でも、アリーシャの方こそいいのか? 俺なんかと一緒に寝るなんて」
「それは……うん。い、イヤなんてことないし……むしろ、う、うれしい……かも」
「なんか、性格変わった?」
「なによ、それ」
「だって、最初に会った頃は、もっとトゲトゲしてたような?」
「……色々と気にする必要がなくなったから。だから、肩の力が抜けたのかも。全部、レンのおかげ」
優しく笑うアリーシャ。
こういう風に、たまに見せる笑顔って反則だよなあ。
最初はツンツンしていただけに、笑顔がなおさら輝いて見える。
「って……は、恥ずかしいこと言わせないでよ」
照れるアリーシャも、素直にかわいいと思った。
――――――――――
明かりを消して、三人で横に並んで寝た。
「「「……」」」
ベッドはそこそこ広いのだけど……
それでも、三人一緒に寝るとなると狭い。
自然と体を寄せるようになり、二人の温もりが伝わってくる。
「えへへ」
右隣のエリゼが、なにやらうれしそうに笑う。
「どうしたんだ?」
「なんか、旅行に来ているみたいで楽しいです」
「その気持ち、なんとなくわかるかも」
反対側のアリーシャが同意した。
二人の言いたいことは、まあ、わからないでもない。
こうして一緒に寝ることなんて、普段はないからな。
とはいえ、明日から学院生活が始まるのだ。
夜更かししないで、早く寝ないといけない。
「言っておくが、おしゃべりとかはなしだから。早く寝ないと」
「残念です……」
その気になっていたらしく、エリゼががっくりとした。
「明日に備えて寝ないとな。夜更かしは……まあ、そのうち機会があるさ」
「……」
気がついたら、アリーシャがじっとこちらを見つめていた。
「レンは緊張していないの?」
「明日からのことについて、か?」
「どんな生活になるのか、うまくやっていけるのか……普通は緊張すると思うんだけど、レンはそんな様子はないし……むしろ、楽しみにしているみたい」
アリーシャの言う通り、俺は入学を楽しみにしていた。
新しい力を得るために、わざわざ転生したんだからな。
そのための第一歩を、ようやく歩みだすことができると思うと、わくわくしてしまう。
ただ、エリゼとアリーシャはそうはいかないらしく、緊張した顔を見せていた。
「あまり気構えない方がいいんじゃないか?」
「そうは言われても……」
「緊張するものは緊張してしまいます……」
エリゼはともかく、アリーシャも弱気になっているのは、ちょっと意外だった。
と、そんなことを口にしたら怒られるだろうか?
「そうだな……目標を設定するといいんじゃないか?」
「目標、ですか?」
「エリゼもアリーシャも、こういうのはなんだけど、学院で成し遂げたい目標っていうのがないだろう?」
エリゼは俺にくっついてきて……
アリーシャは生活を確保するためで……
二人共、特に目標らしい目標を設定していない。
だから先が見えなくて、足元が不安定で……それ故に、不安を覚えているのかもしれない。
「何かしら目標を定めたら、意外と心は落ち着くものだ。二人は、学院に入学したらどうしたい? 何を成し遂げたい?」
「私は……」
「あたしは……」
二人は、共に迷うような声をこぼした。
いきなり目標を決めろ、と言われても難しかったかもしれない。
「まあ、今すぐにとはいわないけど、目標は定めておいた方がいいと思うぞ。それは、どこかで絶対に活きてくることになるからな」
「なるほど……さすがお兄ちゃんです。私、そこまで考えていませんでした」
「今のあたしは、ただ流されているだけのようなものだから……そうね、きちんと考えないといけないわね」
俺の言葉は二人の心になにかしらの影響を与えたみたいだ。
二人共、さっきまでとは違う顔つきになっている。
多少は、緊張もほぐれたらしい。
これならゆっくりと休むことができるだろう。
「ところで……お兄ちゃんは目標はあるんですか?」
「あ。それ、すごい気になるわ」
アリーシャも話に食いついてきた。
「俺? 俺は……」
魔神を討伐することは最終目標で……
エレニウム魔法学院に入学することで、成し遂げたい目標は別にある。
それは……
「まずは、学院で一番の実力者になることだ」
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