3話 妹
父さんと母さんと別れた後、俺は書庫に移動した。
魔法についての情報を集めるためだ。
大切な本もあるということで、今まで書庫には自由に入れなかった。
しかし、先の一件がきっかけとなり、鍵を与えられた。
「……なるほどな、そういうことか」
哲学書に歴史書に教本。
さらに絵本まで含めた色々な本を読むことで、現代の魔法について、ある程度のことを知ることができた。
父さんが言っていたように、魔法は女性しか扱うことができないらしい。
俺が転生して500年。
その間に、なにかしらの魔法の技術革新……いや、衰退と呼ぶべきか?
とにかくも、魔法の技術変化が発生して、男は魔法を使うことができなくなった。
魔法は女性だけの特権になった。
なぜ、そんなことになったのか?
それは、書物を読むだけではわからない。
ただ、それに付随する、興味深いことを知ることができた。
今の世の中は、女尊男卑の時代なのだ。
魔法という力を使うことができる女性は尊い存在で……
魔法を使うことができない男は劣等種とされている。
男は女性に頭が上がらない。
ありとあらゆる事柄で女性が優先されて、もてはやされる。
魔法が使える、使えないというだけで、ここまでの差が出ているのだ。
それだけ、魔法が社会に与える影響は大きいのだろう。
我が家でも、その影響が垣間見える。
父さんは男であるにも関わらず、婿入りという形で母さんの家に嫁いだ。
最初は父さんが冒険者で貴族ではないから、と思っていたのだけど……
違った。
父さんが男だから、婿入りという方法しかなかったのだ。
それほどまでに男の地位は低い。
まあ、幸いというべきか、父さんと母さんの仲は良い。
女尊男卑の世の中とは思えないくらい、うまくやっていると思う。
よくよく思い返してみたら、他の家では、男がコキ使われていたからな……
「しかし……わからないな。そうなると、どうして俺は魔法を使えることができるんだ?」
俺はまごうことなき男だ。
ちゃんとついている。
それなのに、魔法を使うことができる。
男は魔法を使えないと言われているのに……どういうことだろう?
もしかしたら、俺という存在が、現代の魔法の性質を解き明かす鍵になるのかもしれない。
あるいは、どうして女性しか魔法を使うことができなくなったのか、その変化を解明することができるかもしれない。
「さて……ひとまず、現状の確認はこれくらいにしておくか。わからないことは多いが、それらの解明は後回しだ。今は魔法の勉強をすることにしよう」
魔法を使うことができなくても、魔法の本を読んでみたい!
とお願いしたところ、父さんと母さんは快く承諾してくれた。
子供の夢を掴み取るのは申し訳ないと思ったのだろう。
せめて本くらいは……という考えなのだと思う。
その親切心は、ちょっと的を外れているのだけど……
まあ、説明しても納得してくれるとは思えないので、そのままにしておく。
とりあえずは、魔法理論の本などを読めるようになったことをよしとしておこう。
俺は改めて本棚に手を伸ばして……
「……お兄ちゃん?」
コンコン、と扉がノックされた。
「はい?」
「あの……私です。エリゼです。入っても……いいですか?」
どこか遠慮がちな声が聞こえた。
間違いない。
妹のエリゼの声だ。
「どうぞ」
「失礼します」
扉が開いて、エリゼが姿を見せた。
輝くような銀色の髪は、リボンでまとめられている。
陶器のように白い肌は、染み一つない。
紫の瞳は、宝石のように輝いていた。
俺の二つ下の妹……エリゼ・ストライン。
まるで妖精のように……
いや、妖精以上にかわいい。
兄バカと言われるかもしれないが……
実際に、そう言えるほどにかわいいのだから仕方ないだろう?
「お兄ちゃん♪」
エリゼは俺の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせて、胸に飛び込んできた。
「っと」
しっかりと受け止める。
「どうしたんだ、突然?」
「部屋に行ってもお兄ちゃんがいなくて、それで、ちょっと寂しくなってしまって……家中、探してしまいました」
「そっか。悪かったな。ちょっと、ここで調べ物をしていたんだ」
エリゼが相手だと、父さん母さんとは違い、気軽な口調になる。
肩肘を張る必要がないというか……
どこにでもいるような兄妹の関係になるんだよな。
「あ……私、邪魔をしてしまいましたか……?」
「いや。ちょうど終わったところだから、気にするな。というか、エリゼが邪魔になるわけないだろう」
エリゼの頭を撫でる。
「えへへ……お兄ちゃん♪」
頭を撫でられて、エリゼはうれしそうに目を細めた。
今年で6歳になるのだけど、こうして、エリゼは俺に甘えてばかりだ。
でも、それはそれで構わないと思う。
甘えられるっていうことは、兄妹の仲が良い、ってことになるからな。
「それで、どうしたんだ? 俺を探していたんだよな? 俺に何か用が?」
「用というか……なんていうか……」
エリゼがもじもじとした。
ちらりと、こちらを見る。
「お兄ちゃんと遊びたいなあ、って思って」
実の妹に萌えてしまった。
でも、仕方ないだろう?
こんなにかわいい妹が俺のことを慕ってくれているんだ。
かわいいと思わないわけがない。
「よし、いいぞ! たくさん遊ぼう! おもいきり遊ぼう!」
「い、いいんですか?」
なぜか、言い出した本人が驚いていた。
「俺が断るとでも?」
「いえ、だって、その……体によくないから寝ているように、と言われることが多いから……」
そういえば、エリゼは体が弱いんだった。
ちょっとしたことで風邪を引いてしまい、何日も寝込んでしまうことがあった。
そのことを考えると、無理はさせられないな……
でも、あれこれと強制して、自由を奪うのはどうかと思う。
籠の中の鳥じゃないんだから、ある程度は好きにしてやるべきだ。
「じゃあ……散歩なんてどうだ?」
そんな妥協案を口にした。
「お兄ちゃんと一緒に散歩……」
「ダメか? やっぱり、おもいきり遊びたいか?」
「いいえ。そんなことありません。あ、いえ。本当は遊びたいですが……でもでも、お兄ちゃんと一緒に散歩っていうのも、とても楽しみです」
「よかった、なら行こうか」
「はい♪」
――――――――――
俺達はまだ子供なので、家の近くを散歩するだけにしておいた。
我が家……ストライン家は名門貴族として有名だ。
貴族の名にふさわしく、家は大きく庭も広い。
なので散歩には困らなかった。
「ふふっ」
エリゼがごきげんな様子で笑みを浮かべた。
「どうしたんだ?」
「お兄ちゃんが隣にいるのがうれしくて」
「いつも一緒にいるじゃないか」
「ウソです。最近のお兄ちゃんは、一人で色々なことをしてて、あまりかまってくれないじゃないですか」
ぷくー、とエリゼの頬がふくれた。
そういえば、訓練をするようになってからは、エリゼと一緒にいる時間が減ってしまった。
訓練も大事だけど、エリゼも大事だ。
「ごめんな。これからは、もう少し一緒にいられるようにするから」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ。約束するよ」
「うれしいです。ふふっ……お兄ちゃんと一緒♪ お兄ちゃんと一緒♪」
なにこのかわいい生き物。
「お兄ちゃん? どうしたんですか?」
「……いや、なんでも」
見惚れていた、なんて恥ずかしくて言えなかった。
「ちょっと、ぼーっとしてただけだよ」
「疲れたんですか? そろそろ、おうちに戻りますか?」
「いや、俺は大丈夫。エリゼこそ疲れてないか? それと、退屈してないか?」
「いいえ。私も大丈夫ですよ。それに、お兄ちゃんとおしゃべりするのは楽しいですから。むしろ、うれしいです」
エリゼの笑顔に癒やされる。
俺の妹は女神さまだろうか?
ついつい、真面目にそんなことを考えてしまう。
……と、その時のことだ。
「ちょっとっ!」
今日、21時にもう一度更新します。