29話 死の影
「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」
ベヒーモスの突進を防ぐべく、即座に魔法を発動した。
不可視の力場が形成されるが……
ギィンッ!!!
「ぐっ!?」
一瞬、ベヒーモスの動きが止まるものの……
不可視の力場はベヒーモスの馬鹿力に耐えきれず、そのまま押し切られた。
盾と一緒に吹き飛ばされてしまう。
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ!」
さすがに、上級に分類されるベヒーモスの一撃を、第7位の魔法で防ぐことはできないか。
もっと上の魔法を使わないといけない。
「うぅ……ど、どうして、こんなところにこんな魔物が……」
エリゼはすっかり萎縮してしまっていた。
それも仕方ない。
エリクサーを飲むことで力を手に入れたものの、実戦経験はほぼ皆無なのだ。
それなのに、いきなりベヒーモスのような相手と対峙したら、冷静でいられるわけがない。
しかし、一方のアリーシャは落ち着いていた。
焦りを表情ににじませているものの、恐慌に陥ることはなく、剣を構えている。
「なんでべヒーモスなんかが……!」
「突然変異かもな」
「突然変異?」
「今回の試験のために、ダンジョン内に魔物が多数放たれたんだろう? その中で、過酷な生存競争を勝ち抜いて、進化した個体が現れたのかもしれない。こういう限られた空間では稀にではあるが、起きることだ」
「どうしてそんなことを知っているの?」
前世でたくさんの知識を詰め込んでおいたからな。
それが今、役に立った。
「そんなことよりも、あいつをどうにかしないと」
「そうね。このままだと、あたし達は全滅ね」
「わ、私……がんばり、ますっ!」
エリゼは恐怖に声を震わせながらも、杖を構えた。
その意思は素直に称賛できるが、今、エリゼにできることはない。
「ここは俺が……」
「あたしがアイツをやるわ。二人は逃げて」
アリーシャが一歩前に出た。
「おい!?」
「あたしは平気だから、二人はすぐに逃げて! そして、ここに誰も近づけないようにして!」
「そんなことできるわけないだろう!」
「そうですよ、アリーシャちゃんを置いていくなんて……」
「勘違いしないで。あたしは、あたしを犠牲にするつもりはない。そういうのじゃなくて……二人がいると巻き込んでしまうの」
「巻き込む……?」
「こういう時は、いつも……うぅ……やっぱり、アレが来た」
アリーシャが頭を押さえた。
ひどい頭痛に襲われているらしく、顔を歪めている。
「もう、イヤなのに……また、あんなことは……うっ、ぐううううう!?」
「アリーシャちゃん!?」
「うあっ、あああ……早く、逃げて……!」
エリゼがアリーシャに突き飛ばされた。
俺はエリゼのところに駆け寄り……
そして、見た。
「アアアアアッ!!!」
赤い剣が光を放つ。
刀身が、さらに深い真紅の色に染まる。
紅のオーラが刀身にまとわりついて、幻影を浮かび上がらせる。
刀身から現れたものは……死神だった。
「そういうことか!」
ここにきて、アリーシャが死神に魅入られている、と言っていた本当の意味を理解した。
「お兄ちゃん、どういうことですか? アリーシャちゃんに何が……」
「アリーシャが持っている剣……あれは、魔法剣だ」
「まほー……けん?」
「特定の魔法を封じ込めた剣のことだ。使用者の意思によって、魔法を解き放つことができるが……」
「で、でもでも、あれは魔法なんですか? 魔法というよりは、本物の死神みたいで……」
「魔法だけじゃなくて、召喚獣も封印することができるんだよ。そんな魔法剣は希少だから、滅多にないけどな。封印されているものだから、普段は気配は欠片もしないから……くそ、そのせいで見落としていたか!」
「それじゃあ……あの死神は、アリーシャちゃんが使役している召喚獣……?」
「というよりは、アリーシャが言っていたように、取り憑かれているんだろうな。魔法剣というよりは、呪いの魔剣だ」
「ウアアアアアッ!!!」
死神の幻影がアリーシャに重なり……
彼女の瞳が真紅に染まり、吠えた。
「フッ!」
アリーシャがベヒーモスを睨み、駆けた。
「グァアアアアアッ!!!」
ベヒーモスが前足を振るい、アリーシャを叩き潰そうとした。
しかし、遅い。
アリーシャはすでにベヒーモスの懐に潜り込んでいて、剣を振るう。
ベヒーモスが振り上げた前足が切り裂かれた。
召喚獣に憑依されていることで、普段の何倍もの力を出しているらしい。
強靭な表皮を切り裂いて、肉を断っている。
だけど、それでも足りない。
丸太よりも太い足を切り飛ばすことはできない。
ただ、そのことはアリーシャも理解していたらしく……
「シャアアアアアッ!!!」
一回。
二回。
三回。
立て続けにアリーシャが剣を振るう。
まるで嵐のように激しい猛攻だ。
同じ場所を寸分のズレもなく、何度も何度も斬りつける。
ベヒーモスの血飛沫でアリーシャの体も赤く染まる。
それでも、アリーシャは一心不乱に剣を振るい……
「グギャアアアアアッ!!!?」
ついに、ベヒーモスの前足を切り飛ばした。
体を支えることができず、ベヒーモスが床に沈む。
「シッ!!!」
アリーシャが跳躍して、ベヒーモスの背中に降り立った。
それと同時に、剣を突き立てる。
剣を突き立てた状態で駆ける。
ベヒーモスの背中を縦一文字に切り裂いて……
体を裂かれる痛みに、ベヒーモスが暴れ狂う。
それでも、アリーシャはベヒーモスの背中から離れない。
繰り返し剣を振るい、執拗なまでにダメージを与えていく。
まるで戦鬼だ。
召喚獣に憑依されているとはいえ、俺と同じ12歳の女の子が、まさか、ここまでやるなんて……
驚いてしまい、ついつい、その場で足を止めてしまう。
本来ならば、援護をした方がいいのかもしれないが……
その必要はなさそうだ。
それに、今援護などをしたら、アリーシャの矛先がこちらに向くかもしれない。
「シネッ!」
アリーシャがベヒーモスの背中を駆け上がり、頭部に達する。
剣を逆手に持ち替えた。
そして、一気に振り下ろす。
「グアアアアアッ!!!?」
真紅の刃が、ベヒーモスの頭部を上から下に、一直線に貫いた。
それでもまだ、ベヒーモスは動いていた。
もがき苦しみ、アリーシャを振り払おうとしている。
しかし、そんな抵抗は無駄というように、アリーシャは剣を90度、横に回転させて、傷をえぐる。
さらに、一度引き抜いて……
もう一度、突き刺した。
そのまま、今度は横に切り裂き、引き抜いた。
急所を絶たれて……
今度こそ、ベヒーモスが絶命して、その動きを止めた。
血が滝のように吹き出す。
それがアリーシャの体をさらに赤く染めていく。
剣先から、ベヒーモスの血が滴り落ちていた。
その姿は……まさしく、死神だ。
「死神に取り憑かれているわけじゃなくて、アリーシャ自身が死神だった、っていうオチか……」
「で、でもでも……あれはアリーシャちゃんの意思じゃないです。取り憑かれている、ってお兄ちゃんが言ってましたから……まだ出会って間もないけど、私にはわかります。アリーシャちゃんは、あんなことをする子じゃないはずです」
「同感だ」
突き放すようなところはあったけれど……
でも、それは俺達を傷つけまいとするアリーシャなりの優しさだ。
彼女は優しい子だ。
こうして暴れることを、本心から望んでいるとは思えない。
今まで、彼女の周りで起きた不幸というのは、全て、剣に宿った召喚獣のせいだろう。
危機的な状況に陥った時に、勝手に召喚獣が宿主の体を乗っ取り……
好き勝手に暴れて、暴走して……
その結果、不幸が積み重ねられてきたのだろう。
さて。
原因は理解した。
ならば、俺はどうするべきか?
「考えるまでもないな」
俺は、アリーシャの死神の存在を否定してみせた。
だから、これ以上、死神を放っておくわけにはいかない。
アリーシャの体を好き勝手にさせるわけにはいかない。
ここで止めてみせる!
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