28話 死神を否定する
アリーシャの快進撃が続いて……
俺達はさほど苦労することなく、地下二階にたどり着いた。
「ほわぁ」
エリゼがやや間の抜けた声をこぼした。
キラキラとしたその視線は、アリーシャに向けられている。
「……なによ?」
「アリーシャちゃんって、やっぱりすごいんですね。ここに来るまで、ほとんどの魔物をアリーシャちゃんが倒してしまいましたし……しかも、魔法をほとんど使わないで、剣だけで。どうすればそんなに強くなれるんですか?」
「別に……大してコツなんてないわ」
「そうなんですか?」
「生きることに必死になれば……これくらいの力は、自然と手に入るものよ」
そう言うアリーシャは、どこか生き疲れているように見えた。
だからなのだろうか?
ついつい、余計なことを聞いてしまうのは。
「死神、っていうのは?」
「……」
「アリーシャの傍にいる人がたくさん死んだ、っていうことは聞いたが……具体的なことは何もわからないんだよな。よかったら教えてくれないか?」
「どうして、あなた達にそんなことを教えないといけないの?」
「一時とはいえ、パーティーを組んでいるだろう? 連帯感を得るためには、そういうことを話すのは必要だと思うんだよな。アリーシャも、俺達に聞きたいことがあればバンバン聞いてくれていいさ」
「……はぁ」
根負けしたという様子で、アリーシャはため息をこぼした。
「あなた、見た目によらずしつこいのね」
「そんなこと初めて言われた」
「まあ、お兄ちゃんですから。でもでも、そういうところが素敵なんですよ、お兄ちゃんは」
あれ?
エリゼもそんなことを思っていたのか?
意外と辛辣なところがある妹だった。
「でも、話せることなんて大してないわよ? さっき話したことが全てよ」
「周りにいる人がみんな死んだっていうやつか?」
「そうよ。家族も友人も隣人も……みんな死んだ。その後、あたしは一人になって、生きる糧を得るために剣の腕を磨いたわ。あちこちを歩き渡って……そして、その先でたくさんの人が死んだ」
「アリーシャに関わって……か?」
「ええ、そうよ」
凄絶に笑うアリーシャ。
でも、俺からしてみると、泣いているように見えた。
「あたしに関わる人はみんな死ぬ。親しい人も、親しくない人も、みんな、みんな、みんな……ううん。死ぬというよりは、私が殺したの」
「……」
「だから、あたしに関わらない方がいいわ。今回のテストも、あたし一人でなんとかする。だから、あなた達は入り口で待ってなさい」
「アリーシャちゃんって、優しい人なんですね」
エリゼがにっこりと笑いながら、そう言った。
「……何を言っているの? あたしは死神に魅入られているのよ? あたしの話、ちゃんと聞いていた?」
「聞いていましたよ? たくさんの不幸があったんですよね? それはとても辛いですよね……」
「だったら」
「でも、そんなものはただの偶然です」
俺が言おうと思っていたことを、エリゼは先に言ってしまう。
「偶然、って……そんなわけ!」
「いいや、偶然だよ」
認めようとしないアリーシャに、続けて、俺も言った。
「相当に運が悪いことは否定しないが……でも、死神に魅入られている、っていうのはいきすぎた考えだよ。そんなことはないさ」
「どうして、そう言い切れるのよ? あなた達に、あたしの何がわかるの?」
「エリゼが言う通り、優しい子、っていうくらいしかわからないな。で、そんな優しい子が死神なんかに魅入られるわけがない」
事実、そんな邪悪な気配は微塵も感じられないからな。
呪いというものは、確かに存在するが……
この子からは、そういった類の気配は何も感じられない。
不幸が続いたことによる、ただの思いこみなのだ。
「バカみたい。死神に魅入られていないとかあたしが優しいとか……」
「死神に魅入られていないことは、そうだな……この試験で、俺達が怪我の一つもしないでクリアーすることで、それを証明とするさ」
「そんなことができると思うの? 試験官も言ってたけど、大怪我してもおかしくない、って話じゃない」
「それでも、してみせるさ。それで、アリーシャが納得してくれるのならな」
「……」
「で、優しいっていう方の証明だけど……これはもう、すでに証明されている」
「どうして?」
「だって、さっきから俺達のことを気遣っているじゃないか。一緒にいたらいけないとか、自分に任せて入り口で待っていろとか。俺達のことを気遣っていなければ、そんな言葉は出てこない」
「それ、は……」
「お兄ちゃんの言う通りです。アリーシャちゃんは優しい子です」
「……」
なんとも言えなくなった様子で、アリーシャは視線を逸らした。
「俺が、アリーシャの死神を否定してみせる。今は信じてくれないか?」
「……勝手にすれば」
突き放すようなことはせず。
アリーシャは、そう言って、先を歩き出した。
素直になれないものの、ひとまずは、受け入れてくれたということかな?
なら、それに応えてみせないとな。
――――――――――
訓練用のダンジョンを探索することしばらく……
地下三階へ降りる階段を見つけた。
「もうすぐで試験クリアーだな。無事にクリアーすれば、アリーシャの思い込みを否定することができる」
「呑気なことを……」
「それだけの自信があるからな」
「お兄ちゃん、アリーシャちゃん。早く行きましょう」
アリーシャが地下三階に降りる。
俺達も後に続いた。
「ん?」
地下三階に降りたところで、妙な気配を感じた。
奥の方から、強い魔物の気配を感じる。
試練用のダンジョンだから、これほど強い魔物はいないはずなのに……どういうことだ?
「エリゼ、アリーシャ。俺の後ろへ」
「え?」
「なによ」
「いいから、今は従ってくれ」
強い口調で言うと、二人は素直に俺の後ろについた。
二人を背中にかばい、いつでも魔法を唱えられるように構える。
その状態で、少しずつ奥へ進む。
「いやあああああっ!!!?」
奥から受験生達が駆けてきた。
皆、顔に恐怖の色を張り付かせて、一心不乱に逃げている。
「おい、どうしたんだ?」
……と、声をかけてみるものの、まともに答えてくれる人はいない。
逃げ出した受験生達は、そのまま地下二階へ移動してしまった。
「なんだ?」
「どうしたんでしょうね……?」
「この奥が最深部だから、証とやらを守る魔物に恐れをなしたんじゃない?」
アリーシャの言うことが一番正解に近いだろう。
ただ、あそこまで怯えていたことが気になる。
それと、この魔物の気配……
なにかイレギュラーが発生しているのかもしれないな。
「これは……」
ほどなくして、俺達も最深部にたどり着いて……
それを見た。
巨大な角と槍のように鋭い牙。
丸太よりも太い四肢は、筋肉の鎧のような体をしっかりと支えている。
猛牛にも似た姿を持つその魔物の名前は……ベヒーモス。
上級に分類される魔物で、並の冒険者が百人集まっても倒せないと言われている。
「グルァアアアアアッ!!!」
俺達をその視界に収めると、ベヒーモスは凶悪な咆哮を発した。
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