24話 妹の試合
「お兄ちゃんっ!」
試合を終えてエリゼのところへ戻ると、ものすごい勢いで抱きつかれた。
受け止めきれなくて、そのまま一緒に倒れてしまう。
「いてっ」
「わっ、わっ。ご、ごめんなさい……お兄ちゃん。大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど……どいてほしい。重いぞ」
エリゼが上に乗るような形になっていて、起き上がることができない。
男とはいえまだ子供なので、エリゼを押しのける力はない。
身体能力強化の魔法を使えばなんとかなるかもしれないが、無理にしたら怪我をさせてしまいそうなので、やはり押しのけることはできない。
「むぅ……私、重くなんてないです」
エリゼは妙なところに怒りながら、そっと俺の上からどいた。
「まあいいです。それよりも、おめでとうございます!」
「ありがとな。エリゼのおかげだ」
「え? 私、なにもしてませんよ?」
「大きな声で応援してくれただろ? おかげで、やる気が出た」
「えへへ……お兄ちゃんの役に立てたならよかったです♪」
自分が役に立てたと知り、エリゼはうれしそうだ。
さっきまで怒っていたのに、すぐに笑顔になる。
コロコロと表情が変わるのが、エリゼのかわいいところだ。
「私が負けるなんて……」
「な、なにかのまぐれよ。それかインチキか……とにかく、あなたが気にすることはないわ」
「……しかし、レンは男なのに、本当に魔法を使えるのだな……意外とかっこいいかも。それに、今の一撃……これはこれで悪くないかも、はぁはぁ」
「えっ」
少し離れたところで、ラウルムとアラムが何事か話していた。
ラウルムが俺に熱い視線を送ってくるのだけど……
そんなことは気づかないぞ。
俺は知らない、なにも知らない。
「なにはともあれ、第一関門は突破だな」
これで合格になったわけではないけれど、一歩、目標に近づいた。
そのことは素直にうれしい。
エリゼが自分のことのように喜んでくれることもうれしい。
「そういえば、エリゼの試合は?」
「次みたいです」
「そっか。がんばれよ」
「はいっ、がんばります!」
エリゼが小さな拳をぐっと握りしめた。
「エリゼ・ストライン! 前へっ」
ちょうどいいタイミングでエリゼが呼ばれた。
どうやら、エリゼの番みたいだ。
「いってきますね、お兄ちゃん!」
「気をつけてな」
「できれば、もっと違う言葉がほしいです」
「えっと……がんばれ」
「もう一声!」
「エリゼなら絶対に勝てる」
「もうちょっと!」
「俺がついているからな」
「はいっ! お兄ちゃんの応援があれば、完璧です! 絶対に負けないから、見ていてくださいね。それだけで、私はどこまでもがんばることができますから」
エリゼはにっこりと笑い、広場に移動した。
「では、これより試験を始める……両者、構えっ」
エリゼの相手は12歳くらいの少女だ。
「始め!」
試験官の合図で、二人が同時に動いた。
「火炎槍<ファイアランス>!」
先手を打ったのは少女だ。
炎の槍を射出する。
以前のエリゼなら、避けることは難しかったかもしれないが……
エリクサーのおかげですっかり元気になった今なら、それは難しいことではない。
大きく跳躍して、魔法を避けた。
そして、杖を構えるが……
「火炎槍<ファイアランス>!」
再び、少女が先手を打つ。
「悪いけど、本気でいかせてもらうからね!」
少女の詠唱速度はエリゼよりも速い。
エリゼが魔法の詠唱を完了する前に、少女は魔法を解き放っていた。
結果、エリゼは回避に専念することになり……
まともに攻撃に移ることができない。
「エリゼっ、恐れずに踏み込みなさい! 相手よりも速く魔法を唱えるのよ!」
アラムがそんな応援をするが……
的外れもいいところだ。
詠唱速度は、どうみても相手の少女の方が上だ。
それを一朝一夕で……ましてや、この試合の間に上回ることなんてできない。
あと、恐れるなとか、そんな精神論を持ち出さないでほしい。
そんなもので勝負に勝てるようなら苦労はしない。
「一度退くんだ! 相手のペースに乗るな! 自分のペースに持ち込むんだ! 大丈夫っ、エリゼならうまくできる!」
「お兄ちゃん……はいっ!」
俺の声援は……エリゼに届いた。
エリゼはこちらをちらりと見て、笑顔を浮かべた。
それから、改めて対戦相手の少女を見る。
そして……
反転。
ダッシュで逃げた。
「え?」
これには少女も呆然としてしまう。
その間にエリゼは十分な距離を確保して……
それから、Uターン。
助走をつけてジャンプ!
ものすごい距離を飛ぶ。
「なっ!?」
とんでもない奇襲と、エリゼのとんでもない身体能力に動揺したのか、少女の手が一瞬止まる。
反応が遅れて……
慌てて魔法を唱えるものの、すでに遅い。
「えいっ!」
エリゼは、くるくると空中で回転。
器用に足を使い、少女の杖を蹴り上げた。
杖を失い、少女が無防備になる。
「風嵐槍<エアロランス>!」
地面に着地したエリゼは、間髪入れずに魔法を唱えて、少女の腹部に痛烈な一撃を叩き込んだ。
魔法だけで勝負するのではなくて、体術も取り入れるなんて……
しかも、誰にも習っていないはずなのに、なかなかの動きをしている。
これはすさまじいな……
エリクサーで身体能力が強化されたこともあるが、それだけじゃないぞ。
エリゼは才能があるのかもしれない。
「ぐぁっ……!?」
少女がうめき声をあげて倒れた。
その瞬間、試験官が手を上げる。
「そこまで! 勝者、エリゼ・ストライン!」
見事な逆転劇に、周囲の人々が沸いた。
そんな中、エリゼがこちらに駆け寄ってきて……
「やりましたっ! ありがとうございます、お兄ちゃんっ!!!」
再び、エリゼに押し倒されてしまう。
「見てましたか? 私、勝ちましたよ!」
「ああ、見てたよ」
「本当は少し危なかったんですけど……でもでも、お兄ちゃんのおかげで勝つことができました! あの応援がなかったら、ダメだったかもしれません! ありがとうございます、お兄ちゃん!!!」
「それはよかったけど……とりあえず、どいてくれないか? 重いぞ」
「むぅ、私、重くなんてありません!」
ぷくーっとエリゼが頬を膨らませた。
デジャブ。
さっきのやりとりを再現しているみたいだ。
「エリゼ」
「つーん」
女の子に『重い』は禁句らしく、今度は許さない、という感じでエリゼはそっぽを向いてしまう。
かまうことなく、そのまま言葉を続ける。
「おめでとう」
「あっ……」
「エリゼ、すごいかっこよかったぞ? なんていうか、女神みたいだった」
「い、言い過ぎですよぉ……えへへ」
デレデレだった。
ウチの妹がちょろい。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「勝ったから、なでなでしてほしいです♪」
「いいぞ。ほら」
「はふぅ♪」
言われるまま頭を撫でると、エリゼは心底うれしそうな顔をするのだった。
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