137話 そっと目を閉じて
光が全てを飲み込んだ。
世界の理を塗り替えてしまうような。
法則を書き換えてしまうような。
そんな圧倒的な光。
全てを包み込み。
全てを飲み込む。
その後に残るなんてものはいない。
あるのは無だけだ。
そのはずなのに……
「……ほう」
アニスは健在だった。
みんなの力を借りて放つ、ありったけの一撃。
魂すら振り絞るような、全力全開の一撃。
それを受けても尚、アニスはそこにいた。
「マジか……」
さすがに、この時ばかりは絶望を覚えてしまう。
残している手なんてものはない。
今度こそ、全部を出し尽くした。
力が抜けて、膝をついてしまう。
それでも、アニスから視線は逸らさない。
力は届かなくても、この魂が屈することはないと睨みつける。
「良い魔法だ」
「なんだよ、それ……勝者の余裕か?」
「純粋な感想だ。私の知る魔法であり、知らない魔法でもある。初めて味わうな、このような感覚は」
アニスは楽しそうな顔をして、自らの体を抱きしめた。
わずかに震えている。
「ふふっ……これが恐怖というヤツか。これもまた、初めて味わう感情だ」
「……なにが言いたいんだ?」
「見事だ、と称賛している」
ピシリ、と音がした。
ガラスにヒビが入るような、そんな音。
どこからそんな音が?
不思議に思い、周囲を見回してみるがなにもない。
ピシリ。
また音がした。
その音の発生源は……アニスだ。
よく見てみると、腕に亀裂が入っていた。
腕だけではない。
足や腹部、肩に太もも……あちらこちらにヒビが入っている。
それは、ゆっくりと大きくなり……
全身へ広がる。
「お前……」
「お前の勝利だ、人間よ」
俺が……勝った?
いまいちというか、まったく実感が湧いてこない。
でも、目の前の光景は変わらず……
アニスの体に入るヒビはどんどん大きく広がり、もはや、ヒビのないところを探す方が難しい。
「なぜだろうか?」
「……どうしたんだ?」
「今、胸の辺りがざわついている。心地いいものではないな。不快な感覚だ」
「……」
「落ち着かない、大きな声をあげてしまいそうになる。顔をしかめてしまいそうになる。なんなのだろうか、これは?」
そんなアニスの言葉を受けて、俺はキョトンとしてしまう。
そうか。
そうなのか。
こいつは自分のことを兵器と言い……
俺たちは、世界を滅ぼす魔人……あるいは、始祖魔法使いという認識で見ていたが……
なるほど、そういうことか。
「そいつの正体、教えてやろうか?」
「なんだ?」
「悔しい、っていう感情さ」
「……」
「つまり、あんたは……ただの人間だったんだよ。兵器でも魔神でもなくて、俺たちと変わらない、ただの人間だったんだ」
「……そうか。それは……」
その先の言葉を聞くことはできず。
アニスは目を閉じて……
その直後、全身が粉々になり砕け散った。
それが、魔神と呼ばれた者の最後だった。




