126話 前夜
……瞬く間に時間が流れた。
アニスに宣戦布告をされた後、俺はみんなを集めて、その足でクラリッサさんに報告をしに行った。
俺の報告を受けたクラリッサさんは、最初は半信半疑という様子で、微妙な反応を見せていた。
しかし、最悪の場合は、アニスが攻めてきて国が……いや、世界が滅びるかもしれない。
そのリスクを無視することはできず、最終的にクラリッサさんは動いてくれた。
おかげさまで国も動いてくれた。
クラリッサさんがうまいことごまかしてくれたらしく、大規模な魔物の群れが迫っている、という体で迎撃体勢が整えられることになった。
同時に民の避難も行われた。
戦争などの有事に備えて建設されたシェルターに人々が避難して、今、街は静まり返っていた。
「これが嵐の前の静けさ、っていうやつか? ……ちょっと違うか」
そんな独り言をこぼしながら、俺は、屋敷の二階から街を眺めていた。
ここはシャルロッテの実家……クラリッサさんの屋敷だ。
いよいよアニスとの開戦が明日に迫り、俺達は、クラリッサさんの屋敷で待機することになった。
この屋敷は、有事の際は軍事拠点として利用されるらしく、明日の戦いはここが本拠地となる予定だ。
国の騎士や宮廷魔法使いなど、たくさんの人がこの屋敷、あるいは周辺の建物に集まっている。
ただ、いずれも緊張感はあまりない。
まあ、仕方ない。
突然、大規模な戦争が起きるかもしれないと言われても、そんな予兆は欠片もなかったため、納得する方が難しいだろう。
騎士や宮廷魔法使いと一緒にいても、厄介なことになるだけだ。
傍から見れば、俺達は普通の学生だからな。
なので、俺達は屋敷の一室を借りて、そこで待機していた。
部屋は広く、全員が寝泊まりできるスペースがある。
みんな、リラックスした様子で室内でのんびりと過ごしていた。
変に気負ったりしていないのはいいことだ。
一方、俺は、ベランダに出て夜風を浴びていた。
ぶっちゃけてしまうと、けっこう緊張している。
いよいよ明日だ。
アニスと……魔神と激突する。
前世からの宿願。
その結果が、明日、出る。
勝利か?
敗北か?
どちらに転ぶのか、まったく想像できない。
わからない。
故に、怖い。
「はあ……情けないな」
いよいよという時なのに、肝心の俺が、こんな状態なんて……
とてもじゃないが、みんなにこんなところは見せられない。
なんてことを思うのだけど、
「お兄ちゃん」
「エリゼか」
「どうしたんですか。こんなところに一人で」
「それは、まあ……ちょっとぼーっとしてた」
「ウソです」
間髪入れずに否定されてしまう。
「お兄ちゃん、緊張しているんですか?」
「……そんなことはないけど」
「ウソです」
またもや速攻でウソがバレてしまう。
さすが妹。
俺のことをよくわかっているみたいだ。
「大丈夫です、お兄ちゃん」
「えっと……なにが?」
「不安になったり緊張したり、それは当たり前のことだと思いますから。それに、そういう風になったとしても、心配することはありません。だって……私達がいますから」
「……エリゼ……」
「お兄ちゃんはすごい才能を持っていると思いますけど、でもでも、一人で抱え込むようなことはダメです。私達のことを頼る、って決めたんですよね? だから、色々と打ち明けてくれたんですよね? なら、ちゃんと頼ってください」
「……そうだな。うん、エリゼの言う通りだ」
ここまできて、隠し事をしても意味はない。
エリゼの言う通り、全て打ち明けるべきだろう。
「確かに、緊張しているよ。なにしろ、明日、全てが決まるからな」
「決戦ですね」
「いよいよとなると……やっぱり、平常心ではいられないな。覚悟していたつもりなのに、動揺してしまう」
「それは仕方ないですよ。どんな時も落ち着いている人なんて、普通、いませんから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「でもでも、私は安心していますけどね。心配することなんてありません」
「どうして?」
「だって、こっちにはお兄ちゃんがいますから」
エリゼはたっぷりの笑顔で、たっぷりの信頼を寄せて、そう言う。
「お兄ちゃんがいれば、絶対になんとかなります。なんとかならないなんてこと、ありえません」
「信頼してもらえるのはうれしいけど、そう簡単にうまくいくとは……」
「妹はお兄ちゃんを信じるのが仕事なんですよ」
きっぱりと言われてしまい、反論の言葉を失う。
というか、反論したり否定したり、後ろ向きなことを考える気がなくなる。
「ありがとな、エリゼ」
「どういたしまして。私はお兄ちゃんの味方ですから。あ、一番の味方ですから」
なぜいい直した?
誰かに対して張り合っているような感じだけど、誰に?
「お兄ちゃん」
「うん?」
「明日、がんばりましょうね」
「ああ、そうだな。がんばろう」




