125話 魔神の目的
とんでもないことをさらりと言ってくれる。
あまりにもさらりと言うものだから、現実感がない。
冗談か? なんてことを思ってしまうくらいだ。
しかし、アニスは至って真面目な顔をしている。
冗談でもウソでもなくて……真剣に、本気で俺達を滅ぼすと言っているのだろう。
「……そんなことを、俺個人に話してどうする?」
「まあ、そうだね。普通ならば、この国の王や……あるいは、各国家のトップが並ぶ場所にでも乱入して、宣戦布告するべきだろう。ただ、そうした場合、面倒なことになるのは確定しているだろう?」
確かにそんなことをしたら、その場で戦いが発生する。
それを避けたいのだろうか?
「キミのような強者との戦いなら心躍るところであり、楽しいのだけど……雑魚と戦ってもね。つまらないだけさ。そういう時間の無駄は好かない」
「言ってくれるな」
「事実だからね。まあ、そういうわけで、まずはキミに伝えることにした。キミに伝えれば、自然と上にも伝わるだろう?」
俺とクラリッサさんの関係を知っているみたいだ。
こいつの情報源はどこにあるのか?
わからないが、侮れないものがある。
「それに、私を倒すために特訓をしたのだろう? その成果を発揮するいい機会だと思わないかな?」
こいつ、どこまで俺達のことを知っているのか……?
それよりも、なぜ、俺達にここまで強い興味を示すのか……?
色々とわからないことだらけだ。
敵であることは確定だが……
その目的がさっぱりわからない。
「そうだな……そちらの準備もあるだろうし、一週間後がいいだろう。私は君達に……君達の国に戦いを挑もう。領土を拡大するためではなく、資源を得るためではなく、ただただ破壊と混乱をもたらすだけの戦争。血で血を洗うような、泥臭い戦争をしようじゃないか」
「……わかった、一週間後だな?」
「理解が早くて助かるよ」
「お前のような相手に常識は通用しない、ってわかったからな」
ただ、目的を教えてくれたらありがたい。
まあ、そんなことは……
「私の目的が知りたいという顔をしているな」
「……なんでわかるんだよ?」
「君は非常にわかりやすいからね」
なにが楽しいのか、アニスは小さく笑う。
対する俺は憮然とした顔になる。
「まあ、いいだろう」
「なにがだ?」
「私の目的を教えておこうか」
「……本当か? ウソじゃないのか?」
「そんな意味のないことはしないさ。私とて、元は人間だ。相互理解に励むことくらいはする」
「人間らしさを語るなら、あんたの目的が平和なものであることを祈るよ」
「ふむ。期待されて申しわけないが、平和的ではないな」
やはりというか、ろくでもない目的らしい。
まあ、当たり前の話か。
こいつが始祖魔法使いで、魔神の転生体というのなら……
一度、世界を滅ぼしている。
そんなやつが平和的な思考を持ち合わせていることなんて、まずありえない。
さて、どんな目的なのか?
聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。
勝つためには、まずは敵を知らないといけないのだから。
「私の目的は、至極単純なことだよ」
「もったいぶらずに、さっさと教えてくれないか」
「やれやれ、せっかちだな……まあ、君の言うとおりにしよう。私の目的は、強者と戦うことだ」
「戦う……?」
こいつ、バトルマニアか?
一瞬、クラリッサさんを連想してしまった。
……本人に知られたら、手痛いおしおきを受けてしまいそうだ。
絶対に内緒にしておこう。
「あんたの言葉をそのまま捉えると、戦うことに意義を見出しているっていう感じなのか?」
「ある意味で正しいが、少し足りないな。より正確に言うのならば、戦うことで自身の力を世界に示して、自信の価値、有り様を証明する……ということになる」
「それは、つまり……」
少し考えて、
「……やっぱり、戦うことに存在価値を見出しているんじゃないか」
思わずため息をこぼした。
こいつの語る目的は、とことん厄介なものだ。
平和に生きる、なんてことはできない。
戦いの中でしか生きることができない、狂った兵士のようなものだ。
己の力だけに存在価値を示す……そして、求める。
一人で自己完結するならば、それはそれで構わないが、そういうわけにはいかない。
力を測るには、他者と比べる必要がある。
そして、激突する必要がある。
そうでもしないと、力というものを測ることはできない。
「つまり……あんたは、自身の欲求を満たすためだけに、戦いをしていると?」
「そういうことになるな」
「そんな目的なのか……」
「落胆しているようだな。しかし、私にとっては大事な目的なのだよ。私は、戦うために生まれたと言っても過言ではない。故に、戦いを否定することはできない。そのようなことをすれば、己を否定することになるからな」
戦うために……?
その言葉が引っかかる。
どういうことだろうか? 始祖魔法使いの生まれに、まだ俺の知らない情報が隠されているのだろうか?
不思議に思うものの、その間に、アニスは話を進めてしまう。
「さて……話はこのようなところでいいかな? それとも、まだ話しておきたいことがあるかな?」
「あー……ひとまず、これくらいでいいや」
アニスの出自は気になったものの、それを知ったからといって、どうこうなるとは思えなかった。
むしろ、余計なことを知ることで、戦いにくくなる可能性もある。
なので、今はなにも聞かないことにした。
こいつは敵。
魔神の転生体。
俺が倒すべき相手だ。
余計な感情は抱かないようにして、ただただ、打ち倒すことだけを考えないといけない。
「では、一週間後を楽しみにしているよ。君ならば、私を満たしてくれると思う。期待を裏切らないでくれ」
そう言い残して、アニスは消えた。
まるで最初からいなかったかのようだ。
できることなら幻覚であってほしいが……
そんな都合よくはいかない。
「まったく……変な期待をしないでほしいよな」
俺はため息をこぼしつつ、これからみんなにどう説明しようか? と頭を悩ませるのだった。




