122話 自分だけのヒーロー
メル・ティアーズは平凡な家庭に生まれた。
両親は農民。
歳の離れた兄は商店を営んでいたが、そちらも特筆するようなものはない。
平凡な家庭に生まれ、平凡に育ち、平凡に生涯を終えるはずだった。
しかし、ある日運命の分岐点に出会う。
メルが10歳の誕生日を迎えた日のことだ。
10歳という一つの節目を迎えたメルは、なんでもできるような気分になった。
もう子供ではない、大人なのだ。
なにしろ10歳なのだから。
日頃両親からきつく村の外に出てはいけないと言われていたが……
ダメと言われると、子供は逆に気になるものだ。
10歳になったことで気が大きくなっていたメルは、両親の言いつけを破り村の外に出た。
初めて見る村の外にメルはわくわくした。
ちょっとした冒険気分だ。
川を見つけて、動物を見つけて、どんな小さな出来事も楽しんだ。
……しかし気がつけば見知らぬ場所に出ていた。
初めての外の世界に夢中になり、帰り道を忘れてしまった。
そして運の悪いことに魔物と遭遇してしまう。
小さな子供にできることなんてなにもない。
抵抗することは許されず、魔物に食われるだけだ。
……その運命を覆したのは、賢者と呼ばれている魔法使いだった。
メルに襲いかかろうとしていた魔物を一撃で仕留めた。
その時のメルは、大きな感動を興奮を覚えていた。
なにしろ、おとぎ話の白馬の王子が現れたように見えたのだから。
――――――――――
「……っていうことがあったんだ。このことがきっかけで、ボクは魔法使いになることを決めたんだよ」
「もしかしてもしかしなくても……それは俺だった、っていうオチか?」
「正解」
「なるほど……」
「覚えてないかな?」
「あー……ごめん。正直、覚えてない」
賢者と呼ばれていた頃は、今の話のような人助けはわりとしょっちゅうしていた。
その全てを覚えているというのは、さすがに難しい。
「残念。忘れられていたか」
「ごめん。メルにとっては大事なことなのに……」
「ううん、気にすることないよ。しょげてみせたのは、ちょっとからかってみせただけ。さすがにあれこれと覚えていてほしい、っていうのは難しいからね。それくらいはわかっているよ」
「そう言ってもらえると助かる」
しかし、メルが魔法使いを志したきっかけが自分だったとは……
500年前の自分は、ほとんど周囲のことを気にしていなかったんだけど。
でも、影響を与えることはあったのか。
こんな俺でも……
「ん? ちょっと待てよ?」
とあることに気がついた。
「メルが子供の頃に、すでに賢者と呼ばれている俺に会ったっていうことなら……転生前のメルは何歳だったんだ?」
「あ、そこに気づくか」
メルがいたずらっ子のような顔でニヤニヤと笑う。
「何歳だったと思う?」
「けっこういってるよな……?」
「あー、ダメだねえ。女の子に歳を聞くなんてダメだよ?」
「それはそうかもしれないけど、気になるだろ」
「まあ……それなりの歳はいっていた、っていうことで。だいたい、転生前に年寄りだったのは君も同じだろう?」
「そうだけどさ」
メルも同じような境遇だったのかと思うと、色々と考えるところはある。
こうして考えてみると、俺とメルってかなり似ているんだよな。
生きる時代は違えど、転生前の年齢はわりと近い。
魔法使いになることを志していて……
そして、同じ転生者。
ついつい共感を覚えてしまう。
「まあ……メルがいてくれてよかったよ」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味だよ。魔神のことを知るのは俺一人だけ。俺だけでなんとかしなきゃいけない、って思っていたからな」
誰の協力も得られないと思っていた。
一人で戦うしかないと思っていた。
そんな時、メルが現れた。
共に並んでくれる人がいるというのは、とてもありがたいことだ。
どこかで心細さを覚えていたが、それは消えた。
メルのおかげだ。
「感謝するのはボクの方だよ」
「なんでだ?」
「君が今言ったこととほぼほぼ同じ理由だね」
そう言って、メルが優しい笑顔を向けてきた。
今までに見たことのない顔だ。
正直に言うと、かわいいと思う。
思わずドキッとしてしまう。
「ねえ」
「うん?」
「一つ、聞きたいと思っていたことがあるんだけど……君は魔神を倒せると思う?」
「それは……」
「魔神を倒すために転生をした。そして、今の時代で12年を生きてきた。その結果……どう思った? 魔神を倒せると思う?」
「……」
難しい質問だ。
そもそも当初の予定とはかなり狂ってきているからな。
魔神が復活しているなんて思わないし……
俺はまだ数回、転生を重ねる予定でいた。
それなのに一回目の転生で魔神が復活していることを知った。
いきなりぶつかりあわないといけない。
なかなかにハードだ。
でも……不思議と絶望や諦観は覚えていない。
とても困難な道程で、うまく突破できるかどうかわからない。
それでも……
「倒せる」
「お」
断言してみせると、メルが驚いたように目を大きくした。
「俺一人なら無理だろうけど……でも、今はみんながいるから」
エリゼ、アリーシャ、フィア、シャルロッテ……そしてメル。
みんながいれば、魔神だろうとなんだろうとなんとかなるような気がした。
そう言うと、メルが小さく笑う。
「ふふっ、君らしい答えだね」
「そうか?」
「うん、君らしいよ。そして……ボクはそんな君の答えが好きだな」
メルは優しい顔でそんなことを言うのだった。




