第4話 鏡の中の君
帰宅後、俺は居間の隅っこにデデンと置いてあるばかでかいモニターの前に座っていた。あまり裕福でない我が家ではパソコンは共同だ。おかげでネットを介してのエロ関連は俺には無縁だった。
動画サイトを開き、キーワードを打ち込んで検索する。
「祟堂レイ」
それが元樹から聞いたVtuberの名前だった。
人気は今のところトップクラスというほどではなく、知る人ぞ知るというレベルだ。ただ、ここ最近じわじわと再生数を上げているんだとか。そう言われてもユーチューバーにさほど興味のない俺にはよく分からなかった。だって、素人だろ?
「お、出た出た」
祟堂レイのチャンネルをブックマークする。どうせなら俺も登録してコメント残せるようにしようかな…そんな事を考えながら、さっき見た動画を最後まで目を通す。
何だかんだ言いながら、俺はこのキャラを気に入ってしまったようだ。
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【祟堂レイの、アフタヌーンちゃんねる☆ですわ。
皆様ごきげんよう、お久しぶりですの。
期間が空いてしまってごめんなさい。
最近私、試験が近くてネットは控えておりましたの。
皆さんはきちんとテスト勉強はされてますかしら?
まぁ、たまには息抜きも大事ですわね。
私はいつもの、『グレートアフタヌーン』のストレートをいただきますわ。
それでは前回のコメントの返信から…
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さて、今回お勧めするのはこちら、「薔薇の運命」シリーズの最新作ですわ。
いつもは学校の図書室で借りているのですけど、だんだん過激になってきたものですから、もう続きは入荷しないのではないかしら?w
仕方ないのでこれは通販で入手しましたわ…
それで前回ぶった切られた展開の続きですけれど、ついに悪役令嬢が動き出しましたの。正直言いますと私、綺麗事ばっかり言う少女小説の主人公よりも、自分に正直な悪役令嬢の方が好みでしてよ。いや、自分がお嬢様キャラだからとかには関係なくw
それから今回の花織様のイチオシ迷言集ですが…
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では、今週のレトロゲー実況プレイのコーナー!
今回のこれは私の生まれる前に発売されたゲームですわね。
例によって従兄の家に遊びに行った時に親戚みんなでやっていたのが、つい懐かしくてダウンロードしてしまいましたわ。
最大4人プレイですけど今回はぼっちプレイと言う事で。
誰にしようかしら…女の子ですわよね、やっぱり。
ピンクのおリボンの美奈子さんかしら?
でも加真子さんも可愛いので迷いますの。
…決めた!おしとやかな加真子さんでプレイ致します。
さっそくマシンの選択を…
そろそろ体力がやばくなってきましたの。
上手くルーレットが止まってくれるといいのですが…
まぁ!運よく銭湯に止まってくれましたわ。
私、加真子さんの入浴シーンを見るのは初めてですの。
美奈子さんは湯船に浸かる時もおリボンしてましたが、加真…
あら?加真子さんの表情が曇ってますわ………え、ぇえっ!?
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はぁ……まさかの衝撃の展開でしたわね。
このゲームは従兄たちともプレイしたはずなのですが、この事実には全く気付きませんでしたの。皆様はご存じ……なわけないですわねw
そろそろ時間ですので今日はお休みさせていただきますわ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、ごきげんよう!】
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「はー、笑った笑った」
『本日の配信は終了いたしました』の文字のバックに流れ続けるBGMを聞きながら、俺は満足げに息を吐く。
思ったよりも引き込まれる番組だった。この祟堂レイちゃんというキャラクターは中学二年生で、日々の学園生活について語ったり、図書室で借りた本のレビュー他、懐かしのゲームをプレイしたりする。
女の子だが少女小説のヒロインに対してはあまり感情移入するタイプではないらしく、独自の切り口での感想は興味深かったし、ゲームは古くて俺も知らないがリアクションは面白かった。(歳の離れた従兄がきっかけで、リメイク版等を入手しているらしい)
そう、お嬢様でありながらコアな分野にも手を出している、俺たちと仲の良い友達というコンセプトなのだ。
彼女の事をもっと知りたくなった俺は、リンクを辿ってTlitterも見てみた。呟きは動画で言っていたような学園生活と大して変わらなかったが、画像のページには彼女が撮ったらしき風景や動物の写真に溢れていた。流星群や修学旅行…レイちゃん、野良猫をよく撮ってるみたいだけど好きなのかな?
「……あれ、動画もある」
何気なく、クリックしてみる。
そこは、彼女の部屋らしかった。
勉強机に広げられたノートと参考書、紅茶の缶。古いタイプのごついプレイヤーからはラジオが流れ、歌に合わせて『やってる♪やってる♪』と小声で合いの手を呟いている。
窓の外には、夕焼けの中ちかちかとネオンを瞬かせるタワーが見えた。
彼女の手がドアを開ける。
赤い長袖の服を着た手が映る。
『おねえちゃん、なにしてんの?』
眠そうな声が聞こえ、視線を移すと、くすんだピンクのネグリジェ?を着たボサボサ頭の妹らしき小学生が赤い顔をして立っていた。
『かなちゃん!寝てなきゃだめでしょ』
さっきよりもはっきりとした声で、彼女は言った。
加工していない、「彼女」自身の声で。
どうやら「かなちゃん」は風邪をひいていたようだ。
背中を押されつつも、『撮らないでよ…』と恨みがましい声を上げられる。
部屋に戻る直前、キラリと画面が光った。
壁の端に鏡がかけられ、反射したのだ。
薄暗い廊下の中、一瞬鏡の中に彼女の姿が映る。
そこにはデジカメを構え、赤いワンピースを着た少女がいた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「はぁ……」
本日何度目かになる溜め息に、元樹はうっとおしそうな視線を寄越す。
「ナイス、その構ってアピールうざい」
「別にそういうつもりじゃ…」
「じゃ、何なんだよ。聞いてほしい事があるんじゃないのか」
「う~ん」
「はぁ…もうお前彼女作ったら?その子に聞いてもらえよ」
彼女、という言葉にぴくりと反応する。
「いや、でも……俺のファンクラブの子たちに悪いって言うか」
「ねぇよ、そんなエアクラブ!!
前々から思ってたけどナイスって、好きなやついないのか?モテたいとかモテてるとか以前にさ」
呆れたように言う元樹をじーっと見つめていると、昨日見た動画が思い出される。配信されたVtuberのキャラクターと同じ、ちょっと奇抜な髪型をした、赤いワンピースの……
「元樹、ちょっとスマホで祟堂レイちゃん出してくれ」
「は?何で…」
いいから、と無理矢理取り出させると、ぶつくさ言いながらも動画サイトを見せてくれる。
おれは、その画面を指さした。
「この子に、一目惚れした」
「え………マジ?」
「マジ」
「やばくね?」