第3話 熱きナイス・ガイ
今日も俺は絶好調だ!
重い荷物を運んでいる女子がいれば代わりに持ってやり、他校の生徒にナンパされている女子がいれば彼氏のふりで声をかけ、集団に詰られて縮こまっている女子がいれば割り込んで殴られてやる。
おかげで俺は女子にモテまくり。今やこの学校には俺のファンクラブができているほどだ。(見た事はないが)
モテる男は本当に辛い。放課後もクラスの女子は潤んだ瞳で俺に頼って来た。
「菅井くん、お願ーい!掃除当番代わってー!」
「お安い御用だ!!」
「わたし、理科室に資料返してこなきゃいけないんだけど、人体模型が怖くってー!!」
「行ってきてやる!!」
「嫌いな男子からラブレターもらったけど、断り辛いの!」
「俺に任せておけ!!」
「「「さっすがー!菅井くん頼もしいー!!」」」
「ナイス、お前それいいように使われてるだけだぞ…」
親友の元樹が溜息を吐いて忠告してくる。
ナイスと言うのは、俺の本名が「菅井騎士」なのであだ名がそうなった。自分では結構気に入っている。
「ふっふっふ…元樹よ、男の嫉妬は見苦しいぞ」
「…まあここ女子校だったらしいから、そこそこモテてもおかしくないけどな」
そうなのだ、ここ「私立華風院大学附属高校」が共学になったのは15年前の事。そこから少しずつ男子生徒が増えてきたが、全体から見てまだ女子の比率は高い。
「女子と言えばナイスは聞いた事ないか?最近流行りのVtuberの話」
「ぶいちゅーばー?ユーチューバーなら聞いた事あるぞ」
聞き慣れない単語に首を捻ると、元樹は説明してくれた。
ユーチューバーは基本的に生身の人間がネットの動画に顔出ししてパフォーマンスをする。対してVtuberはバーチャル、つまり架空のキャラクターがユーチューバーをやるのだそうだ。ちょっと前に萌えキャラをパッケージした音声ソフトが話題になってたが、似たようなもんだろうか?
「ほら、これだよ」
元樹に見せられたスマホの画面には、動画が流れていた。加工したらしき甲高い音声で、絵で描かれた女の子のキャラクターが喋っている。
「へー…」
「どうよ、かわいくね?」
「いやまあ、かわいいけど。でも、絵だろ?
こんなのに夢中になるとか、オタクっぽくないか?
元樹ってこういうの好きだったか?」
親友の意外な趣味に興味を引かれる事なく言ってやると、元樹はスマホを仕舞いながら答える。
「俺の趣味ってか、彼女に教えてもらっ」
「なにいいいぃぃぃ!!!」
元樹が最後まで言わないうちに、俺はヤツをガクガク揺さ振っていた。
「お前、いつの間に!?水臭いじゃねえか、相手誰だよ!?」
「おおお、落ち着け!2年の笛藤先輩だよ」
「年上かよおおおおお」
がくり。親友だと思ってたやつを放り出して蹲る。
何て友達甲斐のないやつだ、内緒で彼女作って二人で乳繰り合いながら俺を影で嘲笑っていたんだ。
「いや…嘲笑うネタにするほどお前にそんな興味ねえから」
「ちくしょおおおおおおお」
モノローグに追い打ちをかけてくる裏切り者に、廊下でゴロゴロ転がってのた打ち回る。
ファンクラブができるほどモテるのに何でそんなに悔しがるのかって?
そうだ、俺はモテる(はずだ)。それは女子に頼み事をされたり、その際のお礼や称賛の言葉といった形での接触による。
しかし、例えばラブレターを貰ったり、呼び出されて告白なんてものは一度も経験がない。
きっとそれは、引っ込み思案な子が多いとか、互いに牽制し合って抜け駆け禁止になっているからに違いないのだ。そうだ、俺に彼女ができないのは決してモテないからじゃない。むしろモテ過ぎるのが悪いのだ、うん。
それはそれとして、友達に先に彼女を作られるのは悔しい。俺の方がモテてるはずなのに、負けたような気分になる。やっぱり俺だって彼女が欲しい、周りに羨ましがられるほどいちゃいちゃしたい。
あー…誰かかわいい子が俺の事好きになってくれないかなー…
「なに廊下のど真ん中で寝っ転がってんだ、邪魔なんだけど」
元樹じゃない声がした。
そこには、不機嫌そうな顔で白衣を着た小汚いおっさんが突っ立っていた。
「ゴゴセン、こっちまで来んのって珍しくね?」
「てめぇらの学年主任に呼ばれたんだよ、あとゴゴセンっつーな」
ゴゴセンこと養護教諭の吾郷はそう言い捨てると、廊下に這い蹲ってる俺にしっしっと手で払うジェスチャーをして通り過ぎていった。白衣に煙草の匂いが染み付いてんぞ、不良教師め。
彼女と帰るという元樹を軽く叩いてから、俺は下駄箱付近に設置してある自販機で紅茶を買った。さっき元樹に見せられた動画の中で、女の子キャラがやたらこの紅茶を推していたから気になってしまったのだ。
と言ってもやっぱりバーチャルはバーチャル。生身の女の子に敵うわけがないのだ。