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『ウサギ印の暗殺屋』シリーズ

獅子座の野良少女

作者: 三ツ葉きあ

挿絵(By みてみん)




 少女は、苛立っていた。


 歳の頃は十程であろう。伸びっぱなしで乱れた黒髪は、艶を失くし、四方へ広がっている。足元は裸足。服は着ているが、黒の膝上丈で、破れとほつれと汚れが目立つワンピース。


 少女は、飲食店であろう建物の陰に置いてある大きなポリバケツの陰に隠れて、辺りを伺った。小刻みに呼吸をする度に、白い息が顔の前を舞う。


 先程まで追いかけてきていた、この土地の担当らしき巡査の姿がない事を確認し、少女はポリバケツに背を預けて脱力した。


 足元を見る。真っ赤な霜焼けの中に小さなすり傷が無数に出来ていた。少女は小さく、舌打ちした。


 更に彼女の苛立ちを増幅させているのは、空腹だ。

 もうかれこれ二日間、公園の水しか口にしていない。


 少女は、ポリバケツの蓋を開けて中に頭を突っ込んだ。




◆◇◆




 “呪術医”というと、呼び名は様々だが、世界各国に存在する。まじないを使って、病気や怪我を治す職業だ。


 その昔、西洋では“まじない”が危険視され、国の統治者によって排除する運動が行われたこともある。だが文明の発達していない国や地域では、今も人々の救いになっているし、医療の発達した国であっても、そういった“まじない”にすがる人々は多い。




 何代前になるか――日本に、ある一家が移住してきた。ゲルマン系の呪術医だ。当時の日本に外国人は珍しかったが、その“まじない”で人々を疫病から救い、山に閉ざされた小さな村で神の如く崇められることとなった。




 月日は流れ、その呪術医の子孫である男は、初の子どもを儲けることとなる。女の子だった。

 男は酷く落胆したが、妻に叱咤され、それなりに良い父親を演じてきた。


 今のご時世、『跡取りは必ず男』という考え方も古臭く、子どもの性別に関しては、男はたいして気にしないようにしていた。だが、問題は性別ではなかった。娘は、呪術医である自分の後を継ぐのに必要不可欠な“まじない”をする能力が、著しく低かったのだ。


 それでも、男は『“まじない”の能力がないなら、身体能力だけでも』と、娘を鍛えた。

 そして娘が九歳(ここのつ)の時、待望の男の子を授かった。


 男は大層喜んだ。同時に、娘に対する関心の一切を失ってしまう。娘を疎ましくさえ、感じるようになった。

 七月二十八日。娘が十歳になった日――よりにもよって、誕生日に。男は娘をすてた。




◆◇◆




 昨日の雪が、嘘のように晴れている。


 積もった雪は溶けだし、かわいかったであろう雪だるまは体が溶け、パーツが所定の位置から大分ズレて無残な姿を晒していた。




 年末。


 クリスマスが終わり、息つく間もなく、人々は年越しの準備に追われていた。

 そんな周りの喧騒など、この少女には関係がないし、本人も混ざりたいとは思ってはいない。


 ただし、周りの視線がやたらと突き刺さるのは――少女も痛いほど感じていた。憐みや侮蔑の混じった、そんな類の視線だ。


 背中まで伸びた髪は手入れされておらず、枝毛だらけで方々(ほうぼう)へ広がっている。前髪は眉のあたりで切られているが、毛先は揃っていない。纏っている衣類は、膝丈の黒いワンピースのみ。足元には靴も靴下もない。骨と皮だけのような細い脚が、小さなすり傷や切り傷痕にまみれていた。


 警察には、本日三回呼び止められていた。その度に、逃げている。


 なにせ、少女はまだ十一歳なのだ。疑問視されることは、少女にも理解できていた。だがそんな中途半端な関心は、今の彼女にはただのお節介というものだ。


 少女の口から、白い息が吐き出された。

 その白い息の向こうで、やけに目につく赤が横切った。




 人で賑わう商店街。


 ここは、年末になると正月に必要なものを安売りすることで有名な場所だった。故に、年末にはいつもの数倍――否、数十倍という人々が押し寄せる。


 黒や茶色、黄色に紫。様々な色の頭が、盆後の海に発生したクラゲの如く、ひしめいている。そんな中、染髪で傷んだ髪とは違うビロードのような髪が、人の波をすり抜けて行った。敢えて色の名前を挙げるなら、アイボリー。薄いミルクティーのような色をした髪だ。


 様々な色に髪を染めることが出来るようになった現代では、極薄い茶色い髪色などは、別段珍しくもない。それよりも目立つのは、真っ赤な瞳だろう。白いマフラーに覆われているので、顔全体は見えないが……。


 少女は反射的に、その真っ赤な瞳を追った。




◆◇◆




 彼、二条(にじょう)(じゅん)はじゃんけんに負けた結果、ここに居る。十三歳の少年がひとりで歩くにはなかなかに酷な場所だが……。彼がここへ来た理由も、少年のおつかいにしては珍しいものだった。


「十キロの(ぶり)を一本」


 鮮魚店で、潤はひと言そう発した。


 鰤を買う。それを、誰が実行するか――というのを、同居人全員で、じゃんけんで決めたのだ。


「お嬢ちゃん、可愛いから六万円のトコを五万五千円にまけとくよ!」


 『お嬢ちゃん』と呼ばれた事に少し反応したが、潤は黙って頷いた。


  身長もそれなりにあるが、声変わりはまだだ。そして鼻まで白いマフラーに隠れているので、店主は男か女か判断がつかなかったのだろう。こういう場合『女の子』と言っておけば、大抵丸くおさまる。『可愛いから』というのも、取ってつけただけの文句で、この時期は値引き後の価格が“通常価格”なのだろう。と、考えた。


「部位別に切り分けようか?」


 店主が訊くと、潤は首を横に振った。


「一本丸々。尻尾の付け根を持つので、シュリンク包装で良いです」


 店主は目を丸くした。鰤をシュリンク機にかけながら、「鰭の所が破れちゃうかもしれないよ」と言ってきたが、潤はまた頷いた。


「冷たいよ。気を付けてな」

 店主から凍った鰤を受け取る。手袋をしているので、冷たさはあまり感じない。「まいどあり!」という、元気な声を背中で聞きながら、潤は店を後にした。


 視線に気付いたのは、鮮魚店にいた時だ。


 敵意とも殺意とも違う、だが、良い感情ではない。それは、潤の背中に妙な違和感を突き付けていた。

 緊張と期待と戸惑いと――とにかく、複雑な感情が感じ取れた。


(いっそ敵意なら……まだ対処しやすいんだけどな)


 潤は胸中でひとりごちると、雑踏を離れて裏路地へ入った。

 足音はしない。気配を消すことに関しては未熟だが、息を潜めることはできている。

 潤は後ろをついてくる気配に気付かぬふりをしながら、少し開けたところで止まった。


 さぁ、どんな奴かと振り返る。そこには、黒く汚いワンピースを着た少女が立っていた。手にはバタフライナイフが握られている。


 潤は、普通に生活している人間よりも人から恨まれる比率が高い。なにせ、彼が身を置く組織は人を救いもするが、人を傷つけることも行う。彼自身、無意識とはいえ八歳の時に多くの人を殺めている。特異な身体だと“普通”に生活することも困難だ。


 昔、ある組織に誘拐――今いる組織とは別のものだ――され、ある存在の血清の被検体となってから、彼の身体は大きく変わったのだが、それは、今は脇に置いておこう。


 つまるところこの少女は、潤をピンポイントで狙ってきた相手にしては何というか――、


「身なりが汚いな……」


 声に出すつもりはなかったが、口をついて出てしまった。


 その言葉に、少女は「身なり?」と、疑問符をつけて反復した。震える手でナイフを握っていることから、人に刃物を向けるのには慣れていないようだ。


 少女は弾けるように叫んだ。


「そりゃ、汚いわよ! 一年以上、路上生活してんだもの。毎日毎日、スーパーやコンビニの廃棄処分になったお弁当をこっそり貰ったり、自販機に残った小銭を集めたりして、なんとか生きてんの! 身なりなんか気にしてらんないわよ!」


 今にも折れてしまいそうな、細い身体から発せられているとは思えないほどの声量だった。


 ただ潤は、納得がいかない。


 普通の少女――しかも、見る限り自分より年下だ。そんな少女が何故、自分にナイフを向けているのか。

 理由が分からない以上、危害を加えることは潤の選択肢には加わらない。


 距離は数メートル。


「それは、気の毒に。ただ、使い慣れていないのなら、そのナイフをおろして貰えると助かるんだけど」


 潤は控えめに言ったのだが、少女はナイフをしっかり握ったまま、地を蹴っていた。栄養不足の少女とは思えないほど(はや)く、力強い踏み込みだ。体幹もしっかりしている。


 何より、雪が残っていて所々凍っているような足場だというのにぶれない。


 潤は冷静に分析しながら、迫る切っ先を(かわ)す。

 空を切る音が、路地裏の閉鎖的な空間に反響する。


 それを数回繰り返した後に、乱れた息のまま、少女が呟いた。


「手首……手首だけでいいから……」


 相当疲れているようだ。

 だが、諦める様子は伺えない。


 このままでは(らち)があかない。


 潤は手に持っている鰤を少女の手元へ目掛けてぶつけた。十キログラムの大きな冷凍魚が、ナイフに突き刺さった。冬にしては高めの気温の所為もあり、表面が少し溶けはじめていた。そのため、刃は深く刺さっている。


 潤が鰤を引き寄せると、少女の手からナイフが離れた。


 じっとりと手袋が濡れている。鰤が自然解凍され始めていることをダイレクトに感じ、潤は嘆息した。


(これ以上鮮度が落ちると、……殺されるかもしれない)


 考えると、自然と眉根が寄った。早く終わらせて、帰らなければ。


 だが、素手になった少女はまだ諦めていないようで。


 片足を前に出し、少し膝を曲げていた。手は前に出ている足と同じ方を、指を少し曲げた状態で潤へ向けて構えている。少し脱力感を思わせる構えに、潤は更に眉をひそめた。


(システマ……?)


 考えていると、再び少女が跳んできた。


 確実に、潤の手首を狙っている。

 潤は体を捻ってかわすと、少女の手首を掴んだ。予想以上のしぶとさに、折れたのだ。潤が。


「手首が欲しいのか? 別に構わないが……理由は聞いておきたい」


「構わない……?」


 少女はポカンと口を開けて固まってしまった。まさか、頭がアンパンでできているヒーローが自分の顔をちぎって他人に分け与えるが如く、『手首あげるよ』と言われるとは思っていなかったからだ。


「あぁ。手首くらいなら。いや、なるべくなら切り落としたくはないが……痛いしな。でも、どうしても必要なら……」


 ポタポタと、水滴がアスファルトへ落ちて染みを作っている。ナイフは刺さったままだ。

 潤の本音は「早く帰りたい」だった。


「早くしてくれないか? 今すぐに言えないなら、(うち)まで一緒に来てくれ。鰤が溶ける」


 少女は、口を二・三度ぱくぱく動かしたが、黙って頷く。その時、少女の腹部から、雷鳴のような音が轟いた。


「おなか……すいた」


 その場にへたり込んでしまった少女に手を差し伸べながら、潤は「担いで行ってやりたいけど、自分で歩いてくれ。俺は鰤で手一杯だから」と告げた。




 余談だが、赤い瞳を持つ先天性白皮症(アルビノ)の体の一部は、薬として用いられる事がある。迷信の類いだ。残念ながら、潤はアルビノですらない。


 少女曰く、潤をアルビノだと思い、手首あたりを手土産にして家へ帰ろうとしていたのだとか。



 自分の影で日光から鰤を守りつつ、潤は家路を急いだ。バスに乗ればすぐなのだが、車内で暖房が利いていては面倒なので歩く。自分ひとりならば走ってでも帰るのだが、この状況ではそうもいかない。


 案の定、受け取った時にはカチコチに硬かった鰤は、尻尾を持っているとそこからちぎれてしまいそうな程柔らかくなっていった。




◇◆◇




 少女が連れて来られた先は、賑やかな街中から少し離れた場所にあるマンションだった。七階まであるようだ。古くはない。かといって、高級感もない。見事に田舎の景色に溶け込んでいる。


 それなのに、セキュリティは驚くほどしっかりしていた。網膜認証と暗証番号になっているようだ。


 階段で二階に上がる。ワンフロアに四部屋ずつあるらしい。一番奥の部屋へ案内された。


 玄関の扉を開くと、奥から灰色の髪の毛をした少年が現れた。

 目が合うと、少年は引っ込んでしまった。同時に、奥から叫び声が届いた。


「麗ちゃん! ちょお来て! 潤が女の子連れて帰ってきた!」


 潤。それが、鰤を持って先導して歩いてきた少年の名前らしい。少女はぼんやりと、目の前で動く人を眺める。


 少年が再び顔を出してきた。瞳の色も灰色だ。


 賑やかな声が増える。とても明るい女性の声で、


「あらぁー! お持ち帰りだなんてイヤだわぁー」


「違います。出先でちょっと……あ、泰騎(たいき)。濡れたタオル持って来てくれ」


 脱いだ靴を棚へ置きながら、潤が先程の灰色少年に鰤を渡す。

 あいよ。と返事を残し、泰騎(たいき)と呼ばれた少年は再び奥へ引っ込んだ。


 潤は手袋を外してマフラーを緩めた。思わず息を呑む。


 現れた顔は、ファンタジー映画に出てくる妖精のように、綺麗なものだった。左目におかしな形の傷跡が薄くあるものの、それを打ち消すインパクトを、少女に与えた。


「おんな……の、ひと……?」


 呟きを聞いた潤の顔が(しか)められた。うんざりしたような、呆れたような顔だ。出会ってから初めて、感情らしい感情が見えた気がした。


「男だ」

「え、あ……え?」


 少女が混乱していると、泰騎がタオルを持って現れた。


「はい。これでええ?」

「あぁ」


 潤がタオルを受け取り、床へ置く。


「足、拭いて」


「あれ、裸足なん? 昨日雪降っとったけど霜焼けとか大丈夫なん?」


 泰騎は首を傾げたが、少女が返事の代わりに無言で頷くと奥の部屋へ引っ込んだ。そして聞こえてきたのは、先程の女性の声だ。


「ちょっとぉー。鰤溶けてんだけど!」

「麗ちゃん、このくらいならまだ刺身いけるで! ええ具合の自然解凍っぷりじゃわ」


 そんな会話が奥から耳へ届く。


 足を拭き終わると、室内へ招かれた。


 先程から聞こえている声の主と対面する。ウエーブがかった黒髪を腰上まで伸ばしている女性だ。少し下がった目尻をしているのだが、とても美人だと思った。


「あら。あなたが、潤がお持ち帰りしてきた女の子?」

「俺、さっきから違うと言っていますよね」


 清々しいほど潤の言葉を無視して、黒髪の女性が少し腰を折った。少女と同じ目線になると、


「あたし、(れい)()っていうの。あなたの名前は何て言うのかしら?」


 にこりと笑って目を細めた。


「え、っと……恵未(えみ)……です」


 恵未はたじろぎながら答えると、麗華から顔を逸らせた。


 綺麗な顔を間近で見るのは、少しばかり気恥ずかしい。何せ自分は、もう数日風呂はおろかシャワーも浴びていないのだ。


 麗華はにやりと笑うと、恵未の手を引いた。


「そう。恵未、いらっしゃい。特別にあたしのシャンプー使わせてあげるわ」


 言いながら、半ば強引に風呂場へ恵未を引っ張っていった。




 まだ昼間だというのに、何故か麗華まで「ついでだし、あたしも入る」などと言いながら脱衣所に入ってきた。恵未が戸惑っていると、恥じらいなど微塵も感じさせず、麗華は服を脱衣所の籠に放り込んで「さぁ、いらっしゃい」と恵未を手招いた。


 シャンプーはシトラス系で、とても爽やかな香りがした。匂いに包まれるだけで、内面から癒された気になる。


 いつからぶりかの温かい湯船に浸かりながら、麗華から室内に居る面々について、少し聞かされた。




 恵未が不思議に思ったのは、一緒に暮らしているこの顔ぶれについてだ。麗華と、その双子の弟だという蓮華(れんげ)。蓮華は先程、麗華に促されてちらりと壁の向こうから顔を出してきた。それに、潤と泰騎。


 蓮華の顔は一瞬しか見ていないが、麗華と蓮華はよく似ている。だが、それとは別に『きょうだい』だという泰騎と潤は全く似ていない。そういえば、泰騎は方言を喋っていたように思う。どこかで聞いたような。


 麗華と一緒に足をこたつに突っ込み、恵未がそんな事を考えていると、泰騎が顔を覗かせてきた。


「麗ちゃん! 刺身と照り焼き用に切り分けたんじゃけど、残りは部位別に冷凍にすればええ?」

「冷凍しといてぇー」

「あいよ」


 そして引っ込む。


「広島弁……?」


 恵未が呟くと、隣に座っている麗華がくすりと笑みを零した。


「あいつのは岡山弁よ。あたしも違いがよく分からないんだけど。広島弁に詳しい奴に言わせると『似てるけど違う』らしいわよ。イントネーションとか、語尾も」

「そうなんですか……」


 呟く。


 台所の方から、バタバタと賑やかな足音が近付いてきた。急いで引き返してきました! といった感じで泰騎が、


「って、恵未ちゃんめっちゃ可愛いが! さっきまで乞食(こじき)みたいじゃったのに!」


「ちょっと泰騎。乞食は差別用語よ。使ったら駄目だわ」


「そうなん!? さべつって何!?」


「そこから? 今度教えてあげるから、引っ込んでなさい」


「分かりマシタ、麗ちゃんセンセー! あ、そうそう! 昼飯出来たって言いに来たんじゃったわ。こっちとあっち、どっちで食う?」


 麗華が「こっち。運んで」と短く言うと、泰騎は「りょーかい!」と元気よく答え、踵を返した。


 慌ただしく、泰騎はまたキッチンのある方へ走り去る。


 恵未はこの、少々へんてこな家族を「とても賑やかで、楽しそうだな」と思った。




◇◆◇




 あれから十年程の月日が流れ、それでも尚、恵未は潤の傍に居た。自身の大きなお腹を(さす)りながら。


「聞いて下さい、潤先輩。お腹の中が世紀末です!」

「あぁ。聞いてる。昨日も聞いたし、一昨日も聞いた」


 潤は恵未の隣で新聞を読みながら、ほうじ茶を(すす)っている。微笑は、湯呑みに隠れた。


 恵未が潤にもたれ掛って腹に手を当てていると、泰騎がハミングしながら、タンポポ茶を持って現れた。


「恵未ちゃんはホンマに潤が好きじゃなぁー」

「むふふ。泰騎先輩、それ、昨日も聞きました」


 恵未は潤から体を離し、湯呑みを受け取る。まっすぐ、白い湯気が上がっている。


「あーんまりくっついとると、嫉妬するで?」


 泰騎の言葉に、恵未は目をぱちくりさせて首を傾げた。


「泰騎先輩が、ですか?」


「間違いじゃあねーけど……恵未ちゃんの、旦那――」


「そうですね。私が潤先輩とこうしてお茶していると知れば、そりゃあ嫉妬もされますね! 嫉妬に狂うあいつを見るのが、私は結構好きです」


 意地の悪い笑顔を披露する恵未に、泰騎は、やれやれと肩を竦めた。


 泰騎の呆れ顔も見慣れたものとなった恵未は、泰騎の腕を掴み、自分の腕を絡め、満面の笑みを泰騎へ向けた。


「大好きなお義兄(にい)さんたちに囲まれて、私は幸せ者ですよ。泰騎先輩」



 

 二条恵未の胎内で、小さな小さな体が、寝返りをうった。








ここまで読んで下さり、有り難うございます。


『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』で少し触れた、恵未の話でした。

少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。

評価、感想などいただけると大変嬉しく思います。が、おぼろ豆腐並みのメンタル持ちなので、お手柔らかにお願いいたします。


最後の部分ですが、『ウサギ屋~13日の金曜日~』を読んでいる、察しの良い方は恵未の旦那が誰なのか気付いた筈(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恵未ちゃんおめでとうございます! 幸せになれたようで本当に良かった……! 彼女なら陣痛だって怖くなさそう。肝っ玉母ちゃんの姿が目に浮かびます。 [一言] 美少年が冷凍鰤を持って歩いている…
[一言] 「お腹の中が世紀末です!」  この感覚ってきっと男には永遠に理解出来ない謎なんだろうな、と感じています。
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