無用問答
今朝は変わったものが配られた。即席らしき指名手配書である。
どうやら、太陽系方面へと逃げた指名手配犯がいるらしく、もしこちらに来たらここで食い止めようという魂胆である。
んで、その指名手配犯というのが、銀河でもダメな警察国家と名高いスパパ国という国の人間である。
容貌というのが、なんだろう、うーん……トカゲに猫耳を付けたみたいな……まあ人の容貌をとやかく言うのはよくない。
局長をして「かの外務省は指名手配書配るのが趣味だから」と言わしめる国なので厳しい国なのだろう。
まあ今まで来たことのない人種であるのですぐにわかるだろう。細かい特徴も書かれているし。
と、思っていたのだが。何の偶然か今日はスパパ国の人間が大勢押し寄せてくるのだ。
どうもツアー客らしい、なるほど、それでこのタイミングで地球に逃げてきたわけである。
「指名手配?ああ、いつもの事だよ……」
ただの観光客に聞いてもこれなので、日常茶飯事なのだろう。
「なんせ、インターネットにいたずらプログラムを貼り付けるだけでしょっぴかれるしなぁ、子供のいたずらだってのに」
それは確かに厳しすぎる話だが、はてさてどこかで聞いたことがあるような……。
ともかく、一人一人に目を凝らし、手配書に書かれた特徴と照らし合わせる。
名前は『ヘッタン』。身体的な特徴として『野暮ったい目』『暗そうな雰囲気』『右の鼻腔がやや大きい』、罪状は『アパファスダスの窃盗』。
いや……全然分からん!なんだこの手配書は!なんだアパファスダスって!盗む程のものなのか!
とりあえず、名前に注視しておこう、というかそれが私にできる限界である。見慣れた種族であればある程度はなんとかなるのだが……。
あとアパファスダスについても聞いてみたが、「それは凄くいいものだよ」「そう?私はそうでもないけど」「いや、そんなものには興味が無いね。反吐が出る」「ああ、素晴らしいよそれは!」と様々な意見があるので、結局何なのかが全く分からなかった。
そうして大体6割ほど捌いたところ、挙動不審な怪しい人物が現れた。
別に名前は『ヘッタン』ではなく、容貌についても書いてある特徴とはまるで違うのだが、かなりオドオドしていて、鞄を大事そうに抱えている。
まあ別にこの人物ではないはずなのでアパファスダスについても聞いてみると、ギョッとした表情になった。
「し、知りません!アパファスダスだなんて!」
一体何なのか。まあこの人物は指名手配犯ではないので別にいいのだが。
「いや私は盗んだりなんかしてませんアパファスダスなんてものはね!」
と言うと、ゴトッと物音がした。手を滑らせて鞄を落としたようだ。
「ああッ!」なんと鞄の中身が出て来てしまった。ゴロゴロと円筒状の物体が転がる。
それはなんです、と聞いてみると「アパファスダスです。いやいやいや間違った!違います!」
ますます怪しい……。
「これはアパファスダスじゃなくてあの、アパ、アパ、えーっと……物忘れが酷くて、アパで始まる奴なんだけど……」
……アパラチア山脈?
「そうそうそう!その、アパラチアサンミャクです!はい!」
一応、説明しておくが、アパラチア山脈はアメリカの山脈である。山脈である。大事なので二回言う。
「……これ、そのアメリカのアパラチア山脈の、アレね。アレ」
地球に入るのは初めてのようだが、これは一体どういう事だろうか。
「あ~……う、売ってたんですよ、そのアメリカ山脈のアパラチアが……」
米国は地球外輸出入を未だに解禁していない。日本の企業が販売した可能性もあるが、利益になるとも思えないので……。
「それは……あ~、じゃあ連絡が無かった、うん、連絡が無かったものですから……」
……他に何か持ち込まれるものは。
「いや、アパファスダスだけ。あー!いえいえいえ!何にもないです!」
何か、アパファスダスについて誤魔化そうとしている。まさか、偽名で入国しようとしているのだろうか。
しかしながら星間航行旅券の偽造はかなり難しいし、そこいらで手に入るものでもない。
何かを隠しているのだろうが……。
「いや、隠す物なんてそんなものはないですよ、ハハハ」
そう言ってその円筒状の物を拾い集めているが、何かの拍子でそれが振動をし始めた。なんなのか。
「ああっ、ああっ!違います!これはその!振動するヤツですよ!」
マッサージ器みたいなものだろうか。
「まあそんなところですかね!」
さっきはアパラチア山脈と言っていたが……。
「何かの間違いですよ!」
すると今度はボタボタと液体が垂れ始める。マジでなんなのか。
「ああっ…………もうダメだ…………」
そう言って彼は項垂れてしまう。
「すみません、これはアパファスダスです……」
危険なものではないのだろうか。
「そう、ご存知の通り、危険があるわけではありませんが……あなたの目は誤魔化せなかった……悪うございました……」
…………これがなんだというのか。
「そうですこれは、アパファスダス……」
いい加減にして欲しい、危険物でも何でもないなら一々申請する必要もないし、無意味に誤魔化そうとする必要もない。
「いやでもこれ!アパファスダスなんだってば!信用してちょうだいよ!」
どうぞお通り下さい、バカの相手をする暇はないんだ。
「ほらこれ!見てよこれ!」
と私の目の前に突き出した。円筒状のそれは振動していて、何か液が漏れている。水筒?
水筒なんて宇宙に行かなくったってどこでも売っているのだ。
「頼むから私が悪いんだって言ってよ!!」
全く、忙しいんだから、仕事の邪魔はやめてほしいな。
「私は悪人なんだ!私を逮捕しろ!私を拘束してくれ!」
ボタンを押して呼ぶまでもなく警備員が彼を引きずって連れて行った。
はぁ~、と深いため息が出る。時々こういう変なやつがいるのだ。
しかもよりによって指名手配犯の知らせが出ているというのに。疲れ果ててしまいそうだ。
「お疲れのようですね。ご苦労様です」
とそこへ次の入国者が来た。名前は『ヘッタン』である。
…………とりあえず、警備員が戻ってくるまで待とう。ていうか結局アパファスダスってなんなの!