海の日
夏と言えば海である。という考えは陽の者に精神が支配されている。
私は決して好きではないのだが、まあ友人が行こうと誘うのであれば仕方あるまい。
このクソ暑い日に海水浴場に来るのはいつぶりであろうか。
以前来た時も佐藤に誘われて来たような記憶がある。即ち、学生時代以来ということになるだろう。
「最高の海日和ってやつだね」と佐藤は言う。
確かに、あまりにもクソ暑いので客が少なく、浜辺では快適に過ごす事が出来そうである。
日本人は当然として宇宙人らもいて、どこかで見たでっかいオウムガイやらヒトデみたいなヤツやら、如何にも海が好きそうな連中も遊びに来ているようだ。
「おほー!!これが海!」とラスは大興奮である。「広くて青い花畑みたいやね!」
彼女は海を実際に間近で見るのは初めてなのだという。確かに言われてみれば、農家の娘だから内陸出身なのだろうことが窺える。
メロードとエレクレイダーも同様に、目の前にするのは初めてのようでややテンション上がり気味である。
「こういう海の水は塩が入っているのだというが」「旦那ァ、そりゃあガセってやつだろ。川から降りてくるのにどっから塩が出てくるんだよ?」
……まあ、うん、言われてみればそうであるのだが。
そして忘れてはいけないのがバルキンである。
「海ってサイコー!全力で楽しむしかないよね!」
こういう場を楽しむのであればまさしくうってつけの人材である。
「さあさあ、みんな着替えよう!うん!」吉田はテンション上がりっぱなしである。
差し詰め、佐藤の水着姿がお目当てなのだろうが、彼女がどういう人間であるかを忘れているようだ。
「この俺は防水ボディーだからな、水着なんてのはいらねえ。ここで待ってるぜ!」そもそもお前は隠すものが無いだろう。
さて数分後、更衣室から出揃う。
「か、かっけぇ……」吉田は呆気に取られている。
それもそのはず、佐藤はウェットスーツを着こなしているからである。
「吉田くん、そんな水着じゃダメだよ!死にたいの!?」
いや、ただの海水浴場なので吉田の普通のサーフパンツの方が正しいのだが……。
「水生生物の観察の基本はまず死なない事、いいね?」「あ、はい」
磯遊びも出来るビーチではあるので生き物は見つかるだろうが、所詮は海水浴場なのでたかが知れている。
「……なーんてね!ごめんね、これしか持ってないんだ。期待してたでしょ?」
「い、いえ!全然大丈夫っすよ!はい!むしろカッコいいというか、惚れるというか……」
なんか敬語になってる。そうしているうちにバルキンが出てきた。
「どーお?似合ってるでしょ!」馬がビキニを着ている。馬の位置だとそこには乳房は無いだろってところ、胸筋辺りにトップスが来ていて、まあアンダーは正しい位置だろうか。
元々全裸なのに水着を着ると妙にエ……いや、そんな趣味はない!
「どーよ吉田!ドキっとしちゃったでしょ」「いや」「ガーン!」そりゃそーだ。
それで、次にラスが出てきた。
「さあ行くで!」上半身裸で。おっぱい丸出しである。一体何なのか。
「なんや、ちょっと遅くなっただけや、お尻んとこ尻尾の穴開けるの忘れてん」
そうではない、そうではない。
「あの、ラスちゃん、上も買ったよね?」
「あんなんつけんでもええわ、別に恥ずかしい訳でもなし」
恥ずかしいよ!地球人にとっては恥ずかしいのだ、そりゃあガウラ人にとっては違うかもしれないが。
「ラスちゃん、ほら、他の人をご覧。みんな上も付けてるでしょう?というか、私たちが恥ずかしいっていうか……」
そうなのだ。私たちがなんか恥ずかしいのだ。「っていうか私ですら着てるよ!?」とバルキンも言う。
ガウラ人がどういう進化をしてきたのかはわからないが、二足歩行で乳房も二つというヒューマノイドライクな体型だし、胸もちょっと膨らんでいるので色々と問題なのだ。
「そ、そう言われると、恥ずかしい気がしてきたなぁ……」
そう言うと慌てて更衣室に戻っていった。となるとメロードも心配である。
「ああ、それなら俺が教えたから大丈夫だよ……その、位置と大きさがネックだったから水着も選んでさ……」
あー……。
「え?何が?」「何でもないっす」
程なくしてメロードとラスと同じタイミングで出てきた。水着はちゃんと着れてた、よかったよかった。
浜辺に戻ると、綺麗に荷物が並べられて、パラソルも開かれていた。きっとエレクレイダーがやってくれたのだろう。
肝心の本人はと言うと、海水を舐めている。
「ほ、ホントにしょっぱい!そんなに海の底は塩だらけなのか!?」
ロボだから実際に舐めずとも成分分析とかネットで調べたりとか出来そうなものなのだが。
「お、戻ったか。そうだな、スマホが使えりゃこんな事にはなってねーんだよ」
そういえば触っても反応しないのであった。なんか接続とかして操作出来ればいいのにね。
「全くだぜ。俺はただの奉仕機械だからな、母星に帰ればアップデートも出来るが」
と彼と喋くっていると「話してないで、浮き輪の空気入れようよ!」と佐藤に呼び出された。
「いいぜ、俺のエアーコンプレッサー装置の出番だな」
ってそういう機能はついているのかよ!おかげで一分も経たずに浮き輪やらボートやら全てに空気を入れ終わった。
「あ~、もう出たくないわ~」「ほーんと」
とラスとメロードが海水にずっと浸かっている。まあこう暑いとねぇ。
泳いだりビーチバレーしたり吉田を埋めたり水に浮かんで流されそうになったり砂で芸術を作ったり吉田を埋めたりと一通り遊んで回ったが、二人はアレが一番気に入ったようだ。
「そろそろ掘り起こしてくれないかな!?」
「浜辺と言えば、あれでしょ?」と佐藤が鞄からスイカを取り出した。
そう、もちろんスイカ割りである。彼女は宇宙人らに日本の海水浴を嫌というほど思い知らせてやると意気込んでいたので抜かりはない。
シートが敷かれ、スイカが置かれた。「なんで俺の隣に置くの」海に漬かっていた二人が何事かと戻って来る。
「じゃあまずはラスちゃんからね」と佐藤は木刀をラスに手渡す。
「え?どうすりゃええの」オーソドックスなスイカ割りというのは、まず目隠しして回って……。
「こう?」とその場で回り出す。メロードは何の為にこんな事を……という表情だ。まあ遊びってのはこんなものである。
「もう目が、回って来た!わかって来たで、目隠ししてあのスイカ?をたたき割るんやな!」
飲み込みが早いようで彼女はフラフラと吉田の方へと向かっていった。
「ちょ、ちょっと!こっちじゃないよ!やめて!やめて!やめて!」
「ここや!たぁー!」と木刀を振り下ろすと、吉田の顔の横に落ちてへし折れてしまった。
「ひんっ」と吉田が声を上げた。「よ、吉田くん!」と佐藤が慌てて駆け寄る。
「な、なんとか……気絶せずに持ちこたえました……」
「あらぁー、すまんな、怪我はない?」「大丈夫……」
危うく事件になりかけたが、まあ無事だったのでよかったよくない。
ということでスイカ割りは中断となった、木刀も折れちゃったし、スイカは普通に食べることにした。
佐藤と吉田は磯の方に生き物を探しに行ってしまい、メロードは海に漬かったままで、エレクレイダーは相変わらず海水を舐めて不思議がっている、バルキンは男を見つけて追いかけて行った……。
一人取り残された私は、海を眺めながらぼんやりとしていたのだが、ふと気が付くと先程まで隣で座っていたラスがいない。
辺りを見渡しても、どこにも見当たらない。ガウラ人は彼らの二人しかいないので目立つはずなのだが。
まあ、ああ見えて彼女も大人なので別に心配するほどの事でもないのだが、ないのだが、凄く心配である。
とりあえずメロードを水から引き揚げて彼女を探そうとしたところで猛スピードでこっちに走って来た。
「はい!五分ピッタリ!」何の事だろうか。
「おっさんと追いかけっこしててな。五分逃げ切ったら何でも買うてくれるって!捕まえられたら何でもせなあかんねんけど」
しばらくすると、そのおっさんも走って来た。
「はぁ……はぁ……速すぎる……」「しゃばいなぁおっさん。あと1時間は走れるでウチ」
なぁーんだ、おっさんとかけっこしてただけか……いや、いやいやいや、ふ、不審者!メロード行け!
「う、うん!」と手をかざすとおっさんは宙に浮きあがった!
「ぐわああああ!」「へっ?」
おっさんはまあ未遂という事で、ガウラ人の恐ろしさをたっぷりと思い知らせる程度で解放してやった。
どういう状況だったのかをラスに説明すると「へぇー!そりゃ恐ろしいわなぁ」と反省しているのかしてないのかわからん感じであった。
「でもまぁ、地球人に身体能力で負けるわけないし」それはまあそうなのだが。
地球人が、というよりは、悪い人間はどこにでもいるので、ラスにはもっと気を付けて欲しいものである。
そうこうしているうちに佐藤と吉田の二人も帰って来た。
「吉田くんってば、ウミウシ踏んだんだよ!しかも裸足で!」「まだ足に感触が残ってる……」
もう十分に楽しんだので、まだ日が傾くには時間があるがもう引き上げる事となった。
片付けているとバルキンも帰って来た。
「楽しかったね!」「また来たいわなぁ」「いや、もっと涼しい時期にしよう」「しかし真水で身体を洗わないとな、錆びちまうぜ」
と中々の好感触のようで、楽しんでいただけたようで幸いである。
「また来たいねぇ、今度もこの、いち、にぃ……7人で!」と佐藤が妙に湿っぽい感じの事を言う。なんてことを言うんだ佐藤!
当然、また来る事になるだろう、今度はビルガメスくんも誘ってみようか、局長も意外と来るかもしれない。
ところで帰り際、更衣室から出たところに、呆然として座り込んでいる二人組の男性がいた。
「馬……馬と……俺ら……」「もういい、忘れろよ!」
な、なんというか、気の毒と言うべきか……。




