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巨人の影


日本は、帝国による事実上の庇護下に入ってより豊かになった。

しかしながら、そうでない者、あるいは以前よりも貧しくなった者たちも存在している。



休日、特に用事もないので都市部をふらりと歩いてみることにする。

帝国が来てからそれなりに時間を経て、世相もガラリと変わったように思えたが、街はそんなに変わりないようだ。

宇宙人の姿が見られることを除けば、だが。

大部分の国内産業が潤い、バブル崩壊以降低迷気味であった国力は徐々に回復しつつある。

帝国向けの輸出品を作る産業(まあ、大半が軍需産業だが)も勃興し、圧力により法改正が行われ、金回りはかなり良くなったように感じる。

しかしながら、それでも暗い顔をしている人間や浮浪者なんかをちらほらと見かける。

原因が思い当たるとすれば、例えば自動車産業などはかなりかき乱されている。

銀河を股に掛ける星間企業は非関税障壁を越えることに関して優れたノウハウを持っており、また現地の自動車会社との技術提携などもしている。

例えば、南アジアでは高いシェアを誇るが国内ではそこそこ、という自動車会社はガウラ帝国の軍用装甲車工場と提携して高い安全性と走破性を持った軽自動車を開発、販売した。

この車は販売開始より半月ぐらい後、高速道路での運転中に逆走してきたドイツ車と正面衝突、ドイツ車をさながら挽肉のようにしてしまったが軽自動車とその運転手はほぼ無傷、という大事故が話題となり飛ぶように売れ始めたという。

英国でもスパイ映画で有名な高級車メーカーと星間企業提携し、宇宙的なデザインに既存のスーパーカーを遥かに超えた性能を併せ持った自動車が登場して車業界を賑わせている。

こういった事もあってか、自動車業界の勢力図は激変した。自身の強大さに胡坐をかき提携の波に乗り遅れた日本とドイツの大手自動車メーカーは今や見る影もない。

特に日本大手の方は主な客層である『金を持っているが車にはさほど興味が無い層』をも奪われ、燃費と安全性で大きく後れを取り、事業はやや縮小されてしまった。

ちなみにアメリカは宇宙人を嫌っていて徹底的に排斥しているのでさほど影響はないようだ。

邂逅前はあんなに宇宙人好きだったのに実に不思議である。

それに伴い、日英と米国(だけではなくほぼ全世界とだが)の関係は急速な冷え込みを見せている。

翻訳機の登場も、外国語産業に影響を及ぼしている。リアルタイムで大まかなニュアンスまで訳せるからだ。

外国語の学習本は徐々に売り上げが落ちているため、最近では宇宙の言語に関する本まで出している(こっちはそこそこ売れているらしい)。


さて、宇宙人が日本の社会に急速かつ大量に入り込んできた影響を受けたのは所謂ブラック企業らも同じようだ。

元々移民なんかのおかげで空気が変容しつつあったが、移民とは違い格上(いや対等なのだが)の人種の流入により既存の雰囲気や無意味なしきたりをやたらめったら破壊し尽くす事態になっているという。

やはり日本人の無意識か自覚してかの第三世界の人種に対する差別意識にも問題があったようだ。

そういった企業は事態を改善できなければ(元々死にかけの企業だからブラック化するのだから当然であるが)倒産し、それなりの数の失業者が出た。

また、汚れ仕事に偏見や嫌悪感を持たない人種などもいるため、清掃業などは彼らの独擅場である。

例え給料が安くても、大抵の場合祖国からの仕送りや首星外逗留者給付金などの副収入があり、あるいは元々の金持ちが道楽で働いているなどということもあって生活には困らないため辞める心配もない。

そういった、きつい、危険、汚い、給料が安い、休暇が少ない、カッコ悪い業種から日本人は放逐され、浮浪者となる他なかった。

ついでになんか変なマナーを広める連中も滅んだ。これに関してはいい気味といえばいい気味だ。

そしてそういった放逐された日本人たちからの風当たりが強いのが、我々宇宙産業の従事者である。

別に自分からそういう職業だと名乗ったりはしないから実際に危険はないのだが、ネット上での罵詈雑言は色々と堪えるものがある。

失業してしまったのは彼ら自身のせいとまでは言えないのだから、同情の余地はあるのだが、それにしても酷い。

売国奴とまで呼ばれる始末であり、まさに『愛国心は無法者の最後の拠り所』という言葉を強く噛み締めるような思いだ(ちなみに帝国では『愛国心無き者は法無き者』という格言があるので、やっぱりガウラ人と地球人は別物なのだろう)。

文化風俗面も若干影響を悪い方向に受けているようで、同性愛関連の書籍がやや忌避気味にある。

これはガウラ人が同性愛を蛇蝎の如く嫌うからだ。児童を死姦する事を教義とする新興宗教がある事を想像しよう、それくらいの嫌悪であるとか。

そして地球上にそのような宗教が存在しないのと同じように、帝国にも同性愛者は存在しない(訂正、より質が悪いのが実在するらしい)。

ただし、これに伴う表現の委縮ついては帝国側も憂慮しているようで、出版社などに掛け合っているというニュースも流れている。


そのようなことを考えつつも小腹が空いてきたので食事でもしようと店を探していると、何やら揉め事が起きているようだ。

日本人男性とガウラ人の女性が口喧嘩をしている。

無論、暴力となると日本人に勝ち目はないのだが、ガウラ人の方も手が出るタイプではないので(つまり、手を出す時は相手を殺す意志がある時である)どんどんヒートアップしている様子だ。

休日までこのような場面に遭遇したくはなかったのだが、ある意味職業病なのか自然と足がそちらに向かっていた。

何を言い争っているのかと割って入ると、日本人の男は怒り心頭といった様子でこう言った。

「こいつらさえ来なければ、俺がこんな惨めな生活を送らずに済んだのに!」

あー、そういうやつかーと、何と返答すべきか考えていると、ガウラ人の女も吐き捨てた。

「だから、気持ちはわからないでもないけど、そんな事をボクに言って君は何のつもりなんだ」

私の言いたいことを簡潔に言ってくれてしまった。だが日本人の男の怒りは止まらない。

「だったら帰りやがれキツネ野郎!!」「帰るとも、観光が終わったらね」

うーむ、どうにも収まりどころがない様子である。

詳しく話を聞いてみると、この男性は先日失業したのだという。

星間企業や宇宙人労働者の流入により、何年も勤めていた会社であったが、リストラの憂き目にあったのだ。

自分の状況を話して冷静になったのか、男はしょげかえったような顔をしている。

「わかっているんだよ、あんたに当たったって何の意味も無いってことぐらい」

なんだか今にも泣き出しそうである。

この様子を見てガウラ人の女は「じゃあ謝ってくれ、先に。ボクに色々と暴言を吐いたじゃないか」とこのタイミングで宇宙人な感じを出してくる。なぜ今なのだ。

「ご、ごめんなさい……」「キツネ野郎というのは恐るべき侮辱だ。君たちも猿とは言われたくないだろう」「はい……」

今にも消えてしまいそうなほど小さくなっている。そろそろやめたげてよぉ!

彼が一通り謝罪を終えると、彼女はニンマリといたずらっ子のような笑みを浮かべてこう言った。

「それじゃあ詫びという事で、どこか観光名所にでも連れて行ってくれよ」

呆気に取られている男の手を引っ張って、彼女はつかつかと歩き出した。

そしてそのまま二人は人混みの中に消えて行ったのである。

……ま、まあ、よいお友達になれそうな感じで、うん、よかったんじゃないかしら。

いつもと違って仲裁してもタダ働きになってしまったが、たまに良い事はしてみるものだ。

良い事をしたのだから、きっと今日は良い事が起こるだろう。

と、すぐさまスクラッチくじを買いに走ったのだが、なんと3000円がただ紙切れに変わったのである!食事はせずに帰った。


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