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臣民の務め:一つの心


私は彼の部屋へと向かった。きっと閉じこもって考えを巡らせているのだろう。

ドアをノックすると返事が聞こえた。ノブを回すと、鍵は開いているようだ。

そのまま私は部屋に上がり込む。「あ、待って!」と聞こえたが、そんな気はさらさらない。



……入って一呼吸すると、待てと言った理由がわかった。

部屋が散らかっているとかそういうわけではないが、その、臭いが、動物臭が……仄かに畳の匂いもする。

「ああ、やっぱり……」としょげるメロード。いつもはそんな臭いはしていないが、やはり部屋だと籠るのだろう。

まあ別に臭いなんて今はどうでもよい、例の件について話し合いに来た。

私としては、こんな地球人一人なんかの為に、家族を引き裂かれる必要はないという事だ。

ましてやチンケな原始惑星、彼らの故郷から一体どれほどの距離があるというのだろうか。

こちらの文化との衝突もあるし、そもそもが異種族であって、そんな二人が共に暮らしていこうなどというのが無理があるというもの。

「……色々、考えているんだな」と彼は言う。

「こんな事考えもしなかった、今までは。自身の気持ちに正直に、生きていけるものだと思っていた」

そう世の中は単純ではない、ましてや今は宇宙時代だ。誰しも好きには生きられないものである。

「君も、そうなのか。だったら……」

と彼が言葉を続けようとしたとき、部屋の奥からピピピと音が聞こえ始めた。

「あ……お風呂……」

という事は風呂が沸いた合図だろう、呑気なものである。

「こういう時こそだ、私は風呂に入ると、あの旅行の事を思い出す……そうだ、あの時のように一緒に」

い、いや、それはちょっと……あの時ならいざ知らず今はちょっと恥ずかしいし……。

「さあ、遠慮せず」と強引に引っ張り込まれてしまった。危ないやつである。


そうして、そう大きくはない湯船に二人して浸かっている。恥より窮屈が先に立つ。

にしてもガウラ人というのは人間とも大きく異なる、見てくれは当然だが。

関節の位置も違う、指の数もよく見ると四本、そもそも毛皮があるし、明らかに地球人とは違う。

このような種族と私のような種族が一緒になる事自体が、大きな間違いだったのだろう。

「あの旅行は、楽しかったな……殿下も大喜びだったし……」

そういえば殿下もいた。元気にしていることだろう、地球を良いように扱ってくれると助かるというものだ。

「あの時の、君が、私の背中に……」

お、思い出させないでくれ!!

「えっ、ええ? いや、その時のだな、背中に伝わった鼓動が、あれが伝わった時、私は、君を……」

そんな事を臆面もなく言うのは卑怯である、ましてやこの状況。

「同じだと思ったんだ、鼓動がするなら同じ心を持っている」

もちろん、心臓があるなら鼓動もするだろうし、知能があるから考えが一致する事もあろう。だがその他大勢の部分が違い過ぎる。

「確かに身体の仕組みは違う、しかし心は同じ、一つになった」

むむむ、そういう言葉を使われるとそうかな……そうかも……ってなっちゃうじゃないか。

「鋼を鉄と炭に戻す事をどうして考えるだろうか。私は、私はね、これは運命か何かだと思ったんだよ。何か貴い存在に導かれたような……」

やけにふんわりロマンチックな事を言う。あの場には殿下もいたのである意味では事実である。

「だって、ね、君、私はガウラ人400億の中の一人だし、君は日本人1億の中の一人じゃないか。来世というものがあったとして再び出会う確率なんて一体どれほどだというんだ」

それはそうかもしれないが、それとこれとはまた別の問題である。

「君ならきっと、『あんなのの言う言葉を気にする必要は無い』と言うと考えたんだけど」

……まあ、ちょっとは思っているが。

「私だって、帝国の為に私を滅して子孫を残すのが臣民の務めだと思っていた……ましてや私は軍人だ、それは当然の事だ……だが」

そして彼は押し黙った……というか、クタッてなった。どうも逆上せたらしく、私は慌てて彼を湯船から引きずり出して水をぶっかけた。

きっと何かカッコいい事を言おうとしたのだろうが、失敗に終わったみたいだ。でもそれが彼らしいとも言える。

超能力は使えないが、もうこれ以上は言われなくても私にはわかる。


後日、改めてファミレスで彼の兄と対峙した。

「それで、例の話は考えてくれたかね」

この兄はなんだか数日割と楽しんでたみたいで大きな紙袋を3つほど持って来ている。こいつ口ほど伝統とか重んじてねーんじゃねーのか!?

「これは家族へのお土産だよ」

嫌味の一つや二つや百個ぐらい言ってやりたいものだが、本題ではないのでやめておく。

「断りに来たのだ」

兄は一瞬目を丸くしたが、すぐに「それはどうしてかね」と言った。

「どうしても何も、別に今は必要ないし、それに私には……」

メロードはちらりと私の方に目をやった。

「ほう……その日本人かね……」

明らかに以前とニュアンスが違うので、きっとここ数日で微妙に彼の中での日本へのイメージが向上してるのだろう。ちょっと面白い。

「つまりは、臣民の務めを、伝統を捨てるという事かね」

ギラリと睨みをきかせて言った。

「いや、別に捨てるって程でもないが、別の新しい文化を受け入れるって考え方もある」

そう言って、メロードは(どこで手に入れたかはわからないが)帽子を深々と被……ろうとしたが、耳の収まりが悪くて被れないようだ。

「なるほどこれだから、我が国にこの『ボウシ』が生まれなかったのだな」

今度は無理矢理被り、耳が潰れてペタッと、先が下を向いてしまった。か、かわいいぞ!

この様子を見て兄の表情は大いに曇った。

「……そうか。誰しも好きには生きられないように、お前の人生を私や帝国の好きなようには出来ない」

そう言ってスッと立ち上がると荷物を掴み立ち去ろうとする。

「では、さらばだ弟よ。これが最後かもしれんがね」

その声は微妙に震えていた。

「最後と言わずまた来ればいいじゃないか」とメロードは割と呑気な事を言ったが、ただ黙って首を振り、ファミレスを出て行った。先日の金払え!

結局家族の仲を引き裂いてしまったかのようで、私としてはなんだか気分が良くない。

「大丈夫、また落ち着いたら仲直りできる」と弟が言うので、とりあえずは安心させてもらおう。


数週間後、宇宙港に再びクラウカタ姓のガウラ人が現れた……。

「前回は失敗したが、今度の女性はもっと素晴らしいぞ」

引き下がる気が全く無くてある意味安心したよ。メロードも呆れとったわ。


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