トラブル大名再び
歴史というものを一方向からしか見ないのであれば、それは歴史を知ったという事にはならない。
一人称、二人称、三人称の視点で考えれば正確ではないにしろ、概ね正しいものが出来上がるのではないだろうか。
とはいえ歴史というものは当事者でなければ数多の資料を照らし合わせて最終的には『私はこう思う』までにしか到達しないのだが。
そういえば、メギロメギアとの戦争は我々の勝利に終わった(地球人は何もしてないが)。
そして驚くべきことに、貰えるはずのないと思われていた賠償が転がり込んできたのだ(何もしてないのに)。帝国の計らいだろうか(何もしてないんだよ?)。
大量の貴金属類やエネルギー、宇宙艦隊を日英は等分し、宇宙軍を新設せざるを得なくなる。
当然、地球社会の混乱は避けられないだろうが、まあその辺りは政治家のお偉いさん方が何とかしてくれるだろう。
近日には横須賀にて賠償艦の命名式と宇宙戦闘艇数隻の一般展示が行われる。
全国はおろか全世界から人間が集まると予想され、その賑わいはオリンピックなどを遥かに超えるものだろう。
宇宙港でも大いに宣伝され、旭日の周りを太陽系惑星が回る様子を模した旭日星系旗なるものが飾られている。これが超かっこいいのだ。
客人たちも口々に「戦勝おめでとう」との言葉をかけてくれる(何度も言うが、我々は何もしていないのだ!)。
そして、客の来ない空いた時間に急に呼び出しを受けた。なんでも、ターミナルに物凄く怒っている客がいるそうだ。
誰かが何か粗相でもしてしまったのか、とラスも連れて大急ぎで向かうとエビ型人種が座り込み(どういう身体の構造をしているのか?)をしていた。
どっかで見た顔だな、と思っていると彼が話しかけてきた。
「一体どうなっているのか!?」
はぁ、何がでしょうか、と尋ねる。彼はいつぞやのトラブル大名だ。今度は一体なんなのか。
「お前たちの歴史観はどうなっているのだ!?この、地球の!」
イマイチ話が見えてこない。前回と似たようなことで怒っているのは確からしいが。
「これを見るのだ」と差し出された冊子には、彼が独自研究したと思われる地球の近代史の情報が並べられていた。
つまるところ彼が言いたいのは、国によって言ってることが食い違ってたり明確な誤りがあったりする、という事だろうか?
「ああ、この日本も大いに悪辣外道なる真似をしてくれているではないか!」
逆に知らずに前回騒いでいたのか?だとするとスゲー馬……というかピュアというかなんというか。
「この……なんでしたっけ、ヴィクトール人でしたか。この人何なんですか」
私はラスを肘で小突くと彼に、歴史書など大抵はプロパガンダではないのか、と問いかける。
「そのようなはずが無かろう、一体君たち地球人は何を考えているのかね」
地球人的には(とはいえ、歴史書=プロパガンダというのは地球人的にも穿ち過ぎた見方だが)そっちこそ何考えているんだという話だ。
「全く信じられん、前に言った事も嘘なのではないだろうな!?」
嘘なのである。しかしこれは参った、まさか再び訪れるとは。前回と同じ手は通用しない(しそうだけど)だろう。
「なんだか話が見えないんですけど~」
袖をやたらめったらと引っ張るものだからしょうがないので事の次第を説明する。
皆さんも覚えているかどうかわからないので簡単に説明すると、この大名エビは以前に所謂ネトウヨっぽいこと吹き込まれて主に日本の敵対国に怒っていたのを私がてきとーに窘めて追い返したのである。
「はぁ……」呆れた表情をするラス。実際私も呆れた。
「全く、貴族たるものが情けなやというものです」自分のマズルを一撫でするジェスチャーをした。
「何だね君は、私は今この人に話をしているのだ、わかってるのかおい!」
ちょいと口を挟ませてもらいますがね、とラスは口を開いた。
「歴史ってのは多角的な見方が出来ますやんか、それで食い違う事自体はよくある事ですよ実際」
そんな事もわからないのか、とでも言いたげにまたマズルを撫でる。
「いずれかの一方の視点からしか見ない方が、偏ったものになるって話ですよ、あんたホントに政治家です?」
「待て、わかった、もう言うな」
彼はキチキチと音を立てているが、少し落ち着いた様子だ。やったねラスちゃん!
さあさ、水でも飲んで、と彼のガードマンからペットボトルの水を受け取り、彼の手に渡す。
蓋を開けると、口から細長い触角のようなものが出て来て、ペットボトルの中を掻き回している。
はて、どうしたものだろうか、と思案するも、今度ばかりは妙案(まあ前回もアレだったのだが)も思いつかない。
そもそもがデリケートで複雑な問題である。例えば南京事件、『30万人殺した』と言えば明確な嘘であるし、『民衆の被害は全く無い』と言ってもこれもまた真っ赤な嘘である。
陸海軍将兵の大陸における非道行為は日本軍憲兵の資料にも記されてある、しかし中国市民が日章旗を振り笑顔で日本軍を迎え入れる写真も残っている。
どうも一筋縄ではいかぬ、彼の思っているように二元論的な歴史であればどんなに世界は単純だろうか(そしてどれほど多くの考古学者が職を失うだろうか)。
「難しい事考える必要がありますか先輩、追い出しゃいーんですよ。帝国の公務員は皆そうしてます」
え、えー、そうなの……帝国でそういう手続きしたくね~……。
「ふん、だとすると、我が艦隊もお前たちの国に向けなくてはならぬようだな」
何故なのか。それは実に困る。まるで私が外患誘致でもしたかのようではないか。
「どうぞご自由に。帝国に勝てる自信があればですが」
ら、ラスちゃん!激しく煽らないで!とはいえ今の日本は以前の日本ではない。宇宙艦隊を持っているのだ。
宇宙艦隊と言っても、帝国から譲り受けた都合上連中が宇宙艦隊の人事を握っており、なぜか陸上自衛隊から指名した(まあ海自でも宇宙となると艦隊運営はままならないだろうが)のでてんやわんやな状態ではある。
だが規模はそれなりで、戦艦6隻に巡洋艦3隻、駆逐艦9隻、小型戦闘艇31隻と、これは天の川銀河でも中の下ぐらいの戦力である。
このエビ宇宙人らの艦隊にも多少の損害を与える事も可能なのだ(しかし全部賠償艦だし、棚から牡丹餅のようなものなのである)。
メギロメギアの一件で帝国が割と簡単に動いてくれる事も判明し、もはやこんな大名の事は怖くも何ともない。怖いのは外患誘致罪だけだ。
そんな気も知らずにラスはドンドコ突いて回る。
「あまり脅しをかけるようでは、あなたを拘束しなくてはならなくなりますねぇ、大名さん?」
すると彼は触角をうにゃうにゃ動かして再び怒り出した。ちょっとキモい!
「ふん!我が艦隊は手強いぞ!」だがそんな彼とは違いガードマンらは慌てふためいている。
二人のうち片方が大名を窘めようとし、もう片方は私とラスの方を向いた。
「あまり刺激せんといてください、この人すぐ怒るんだから」
ラスも割とすぐ怒るのでおあいこってヤツである。「なんですって先輩?」
しかしながら、あまりこの星でゴチャゴチャして欲しくない。こんなのでも、私の故郷だ。
「それはわかります、すぐ何とかしますから」
そう言ってガードマンの一人はもう一人の加勢に入る。
「閣下、お聞きください。彼らにはガウラがついてますから」
「その通り、きっとガウラの仕業でしょう。取り乱しては奴らの思う壺です」
そうして彼らはないことないことを吹き込み、そしていとも簡単に大名は落ち着きを取り戻した。この人物は大丈夫なのだろうか?
「えへへぇ、実はこの間のあなたの説得術を見て、修行したのですよ」
術って程でもなかった気がするけど……まあ、宇宙には色んな種族がいるし、文化レベルも様々なのでこういう事もあるのだろう。
しかしながら神輿が軽い方がいいというのは地球と彼らの国との共通点らしい。
彼の境遇を思い少々アンニュイな気分になりつつも、私たちは業務へと戻った。




