鉄血仕事人
機械生命体の子供がアメリカで殺害された。犯人は、被害者が機械とあって罪に問われる事さえもなかった。
身体のほとんどが持ち去られ、残されたのは空間内にアップロードされた記憶の一部始終のみである。
この事件は地球が宇宙と交流し始めてからの初めての異星人殺人事件であった。
本日、そのアメリカで起こった殺人事件の遺族らがこの宇宙港にやって来た。
彼らの面持ちというのが見るに耐えないものである、というのは言わなくともわかるだろう。
他の客人らも雰囲気を察してか実に大人しく、さっさと業務は終えてしまった。
彼らは涙は流さないが、ロビーのベンチに座り込んで頭を抱えている。
そして彼らと同じぐらい暗い表情をしているのが、吉田だ。
今回の事件の被害者である子供を彼が入国させたのである。
私は彼に何と声をかけてやろうか、と考えを巡らせていた。
しかしながら以前の、私が辛うじて止めた不正入国未遂とは違い、実際に事件が起きてしまったのだから、彼も気分がよくないのだろう。
「あいつは、あいつとは話したんだ。この、初めての旅行を楽しみにしていたんだと」
俯いたまま吉田は呟く。「まだ子供だぞ、地球でなら9歳だったんだ」
不幸、と言えようか彼はその子と熱く語り合ったのだという。地球の事、将来の事、色々と。
そういう事で余計に感情移入してしまっている。
「俺、ちょっと遺族と話してくるよ」
結局、私が一言でも口を開ける前に彼はトボトボと行ってしまった。
吉田と遺族らが話しているのを遠目で見ていると、ロボットが近づいてきた。
「吉田の野郎は自分が入国させなければ、なんて考えてウジウジしてやがる」
エレクレイダー、ガウラ製の機械生命体で、吉田側の警備員だ。
「この俺様はここで実績を作って、将来は近衛師団に入るつもりなんだぜ、調子が狂ってヘマでもさせられちゃあ困るぜ」
やれやれ、とでも聞こえてきそうな感じに肩をすくめる。
警備員なんだからヘマも何もという気がするが要するに、私も吉田を立ち直らせるのを手伝え、と言っているのだと思う。
「それで、地球人ってのは何をしてやったら喜ぶんだ、特にこういう時はよ」
こんな口調だが、彼も吉田を心配しているのだろう。
私は、正直に今の気持ちを伝えればいい、とアドバイスをした。
「ケッ、そんな事出来るかってんだ。大体地球人はこういう事でいちいち感情的になり過ぎなんだよ」
仕方がない、それが地球人という種族である、ましてや被害者は子供。
「こんな事でウダウダ落ち込んでちゃ、身が持たないぜ、罪悪感を感じたってしょうがねーのによー」
それはその通りであるが……。
「ったくよぉー、あの調子じゃあ、こっちだって調子狂いそうだぜ……」
ブツブツ言いながらその辺をウロウロと歩き回っている。
彼も落ち着かないのだろう、口ではああ言ってはいるが、本当に吉田の事が心配なのだろう。
後日、かの被害者と同じ種族の機械生命体の男(と、言っていいものだろうか?)がやって来た。
彼がこちらに書類を差し出すと、武装関係の書類が一つも見当たらない。
私が彼に催促をすると、一枚の写真を差し出した。先日の殺人事件の被害者の写真である。
「私は『仕事』をしに来た。通せない、というなら引き上げるが」
つまり、彼はこの事件の加害者を始末しに来たのだろう。
「……こっちも、原始人に舐められては『面子』や『沽券』というものに関わるんでな」
ふと彼の後ろに目をやると、メロードが既に武器を抜いている。
男は振り返ると、メロードに語り掛けた。
「もしやり合うならどちらかが死ぬぞ、獣」
「警備員としての仕事は全うする、必要があればだが」
メロードも本気のようで、全身の毛が逆立っているように見えて、恐ろしい、まさに般若のような形相である。
「いいか……被害者はまだ産まれて間もないような子供だった。だが無残に殺され、死体さえも辱められた。お前たちとて許せはしないだろう、犯人を地獄に落としてやりたいと思うだろう」
それは、思っていないと言えば嘘になる。報道で見たが、あまりにも残酷な事件であった。
「獣もそう思うだろう」とメロードにも振ったが「私は職務を全うするだけだ」と一蹴される。
そうすると男は、ガウラ人は頭が固いんだから……とボソリとぼやいた。
この人物は確実に武器を持ち込もうとしている。入れてしまえば、間違いなく犯人を殺すだろう。
男に依頼した、恐らく被害者の両親が依頼したのだろうが、彼らの気持ちを無碍にするのは果たして正しい事だろうか。
復讐に意味はあるとか無いとかはよく言う話だが、彼らにとっては確かに意味のあることだろう。
しかしながら、地球に宇宙人の武装を持ち込ませるわけにもいかない、ましてや確実に犯罪を犯すと知っていながら。
そういう決まりだからである……決まりに沿って動けば責任は無い……。
そんな事が頭の中をグルグルと回っている、何が正しくて、間違っているのか……。
気が付けば、私の手は既に入国許可のスタンプを手に取っていた、私ってば何をやっているのかわかっているの!?
バレれば職を失うだろうし、他の地球人に何を言われるかどうかもわからない、待っているのは社会的な死だ!
だが私の手は入国許可のスタンプを押してしまった、押してしまったのである。
「入れてくれるのか、随分考え込んでいたが……」
男は安堵した表情を見せ、懐から一枚のコインを取り出した。
「もし追及された時、これを出すと良い」
何かの文字と模様が描かれている金属のコイン、何かの証になるのだろうか。
「任務は遂行される、正義は守られる。お前が気に病む事は無い、死ぬべき人間が死ぬだけなのだ」
そう言って彼は入国していった。メロードも「弾いたらどうしようかって思ってたよ」とか言い出した。人の気も知らないで。
しかし、これで確実に人が死ぬ、私のせいで……だが、自らの正義に従ったのだ、もし捕まっても悔いはない……はず。
どちらの選択をしたとしても何かしらの後悔やモヤモヤは残るのだろうが。
その日から私は何というか情緒不安定であったが、3日ぐらい経ったある日、かの被害者の遺族が訪れた。
「ありがとうございます、本当に、何と言えばいいか。規律も破らせてしまって」
私というのは、どういう言葉を出せばいいか迷っていた、というか困惑していた。
「そのような表情になるのも、無理はありません。それからこれは、感謝の気持ちです」
その人物は鞄から手帳のようなものを取り出し、私に差し出した。
「暮らすには十分なほど入っております」
差し出された手帳は、銀河市場で使える預金通帳であった。相当な額が入っているように見える。
これは受け取れない、と返そうとしたが、既にその人物は立ち去っていた。
仕方がない、貰える物は貰っておこう、とはいかない。明るい気持ちにはなれず、なんだか複雑な気分だ。
しかし、遺族の言葉を聞いて、多少は気持ちが楽になった。
のだが、この預金通帳については持て余してしまう……宇宙に出る予定もないし……。