文明人に非ずんば
地球上においても、深いジャングルの奥地に住む『非文明人』たちの文化や遊牧民らの独特な生活に魅了される先進国人の話はよく聞く。
つまりそれは宇宙規模においてもそういう話をよく聞く、という事に他ならない。全ては縮図なのだろうか。
近世以降の白色人種が黒人やアジア人を猿だ獣だと言って差別、侮辱しているのはもはや日常の一コマであり、取り立てて騒ぐようなことではないのだが、そうは思わない連中がいた。
他ならぬ白色人種である。
これはどういうことなのかというと、アメリカで宇宙人による差別に反対するデモが行われたという事だ。
しかし面白いのが有色人種の国でそんなデモは起きていないという点である。
つまりは白人種は自分たちがかつてそうしたというのに、『非文明人』扱いされているのを嫌がっているのだという。
私はこの報道を嬉々として吉田に報告したが「そんな事で笑えるとは、やっぱり歪んでるな」と言われてしまった。
それにしたって、非文明人扱いというのが今一ピンと来ない。さながら動物園を見に来たような、そういう感じだろうか。
「いやそのねぇ、そういう事聞いちゃうの」と映写機で投影されたような容姿(こうとしか言いようがない)の女性は言う。まあそれもそうか。
「そういう事聞かれると困っちゃうなァ、私は別に差別意識とか、非文明人だとかそういうのは無いよ。としか言えないんだけど」
確かにわざわざ面と向かって野蛮だ、という人もあるまい。他の入国者に聞いても同じような答えだ。
「ここは遅れているな、とか思う事はあってもね、そりゃあ、技術の進歩は一様じゃないから」
ユラリユラリと、漫画かアニメかの幽霊のような、人型の影のような身体を揺らして言った。
「私たちの立場を言わせてもらうなら、例え相手が劣って見えても侮るべきじゃないし」
宝石のように身体が透き通った彼女らの種族は、別の銀河から来たのだという。
地球人の言う、六分儀座A(あるいは『UGCA 205』としても知られている)であるその銀河では、同時期の天の川銀河よりも遥かに技術が進んでいたとか。
彼らは生物の観測された天の川銀河にも支配の手を伸ばそうとした。
しかし宇宙というのは広大なので、遠くの銀河に戦力を割く余裕は無かったのだろう、小規模の艦隊にて侵略を始めた。
いくつかのハビタブル惑星に植民した後、天の川銀河の星間国家に戦いを挑んだ。
最初は優勢だったが、徐々に天の川銀河の国家は鹵獲とリバースエンジニアリングにより力をつけ、侵略者を圧倒し始める。
その際に降伏し、寝返ったのが彼女のご先祖様だ。地球における18世紀の出来事である。
「私たちは手痛いしっぺ返しを貰ったのさ、『非文明人』に」と彼女は結ぶ、遠い目をしながら。
まるでイギリスとズールー族の話だ。ピサロやコルテスらコンキスタドールのようにはいかなかった。
彼女を見送った後も、何人かの入国者に話をしてみたが、いずれも差別感情や見下すような気持ちは抱いていないという。
しかしながら、では何故、差別と騒ぎ出した人々がいるのだろうか?
元より白人種というのは他国の文化相手でもやたらと騒ぎ立てるような人種ではある(まぁ一口に白人と言っても色々種類があるが)のだが。
一体何が彼らをイラつかせているのだろうか。
さて、帰宅してまずは服を脱ぎ散らかし、ノートパソコンを立ち上げた。
最近は宇宙人にも地球の通信機器が行き渡ったらしく、宇宙人同士のSNSが流行っているのだ。
いつぞや登録して一度も発言していないSNSアカウントを掘り出し、覗き見するのに使っている。
そういえばメロードもやっているからとアカウントを教えられたな、と思い返す。
宇宙人はどうやって交流しているのか、というと、彼らの言語は流石に入力できないので、アルファベットで代用している。
もちろん英語ではなく、ガウラ語とかの音に当てて使っているので知らない人にはさっぱりわからない。
ガウラ語の辞書なんて宇宙関係の人間でなければほとんどお目にかかる機会もないのだ。当然私はわかるが。
適当に覗いて、自身のいやったらしい写真を上げているカラカル型人種を見つけて軽く興奮していると、ある物が目に入る。
何の事はないアメリカの人々の写真だ、宇宙人が上げている。しかしどうもそのアメリカ人らから批判を浴びている様子だ。
曰く「極めて差別的」で「到底許されるものではない」らしいが、どう見てもただ人々が写っているだけである。
宇宙人の方もわけがわからない、という反応で、大いに困惑している。
差別っぽかったら何にでも噛みつくアメリカ人だが、ここまで意味が不明瞭な非難は初めて見る。
何を怒っているのか、と探ってみると、どうも構図が近代の白人らが撮った『野蛮人』の写真に似ているというのだ。
逆によく気が付いたものだ、無論彼らアメリカ人の総意では無いのだろうが(しかしアメリカ人は反宇宙人的ではある)、アメ公ならさもありなん、と言ったところか。
それにその『野蛮人』の写真を撮ったのが誰なのかを完全に忘れているらしい。
くだらない被害妄想に呆れ果てた私はさっさと他の記事を回る事にした。